第9話 「星屑の誓約、再結成」
酒場の喧騒から少し離れた、隅の席。四人は、久しぶりに顔を揃えて座っていた。
誰からともなく、しばらく沈黙が続く。
それは気まずさからくる沈黙ではなく、むしろ、この状況を噛みしめるための沈黙だった。
「……なあ」
最初に口を開いたのは、リオンだ。
「実感湧かねぇよな、こうして四人で座ってるのがさ」
「同感だ」
ロビンが頷く。
「二日前まで、俺は一人でこの世界のどこかを、ただ闇雲に歩き回ってた。誰かに会えるかどうかも分からねぇまま」
「私もです」
メイが、静かに続けた。
「情報だけを頼りに、孤立無援で耐えていました。……でも、こうして皆さんと一緒にいると、それが遠い過去のように感じます」
三人の顔を、順番に見渡す。ロビンの大柄な体。メイの澄ました横顔。リオンの、まだどこか興奮を隠しきれない表情。
現実では、決して出会うことのなかった三人だ。それでも、確かに今、同じ空間で、同じ空気を吸っている。
「もう一度、確認しておきたいことがある」
改めて、口を開いた。
「ギルド名だ」
「え、今さらか?」
リオンが首を傾げる。
「今さらだからこそだ」
テーブルに指を置く。
「ゲームの中で作ったギルドを、そのままこの世界に持ち込んでいいのか。それとも、新しく作り直すべきなのか。一度、ちゃんと確認しときたい」
その問いに、三人はしばし考え込んだ。最初に答えたのは、ロビンだった。
「俺は、変える必要ねぇと思う」
「理由は?」
「あの名前には、俺たちがゲームの中で積み上げてきたもの、全部が詰まってる。今さら別の名前つけたって、なんか違う気がすんだよ」
力強い声だった。メイも、静かに頷く。
「私も同意見です。名前を変えたところで、私たち自身が変わるわけではありません。であれば、あの名前を引き継ぐことに、意味があると思います」
「俺も賛成!」
リオンが、すぐさま手を挙げた。
「あの名前、結構気に入ってたんだよな。語呂もいいしさ」
三人が揃って、同じ方向を向いている。その様子に、小さく笑みが浮かんだ。
「決まりだな」
改めて、口にする。
「星屑の誓約」
その名前が、酒場の喧騒の中に、静かに響いた。
「セロ、久しぶりに聞いたな、その響き」
ロビンが、感慨深げに呟く。
「そうだな」
頷きながら、ゲームの中で何度も口にしたスローガンを思い出していた。
「せっかくだ。もう一度、確認しとくか」
「スローガンをか?」
「ああ」
指を折りながら、一つずつ口にしていく。
「――困ってる奴は放っておけねぇ」
その一言に、リオンが頷いた。
「これは、まあ、そうだよな。マスターらしい」
「――仲間は絶対見捨てねぇ」
二つ目を口にすると、メイが目を伏せる。
「その言葉、身に染みますね」
彼女なりの、あの五日間への思いが滲んでいるようだった。
「――喧嘩売られたら買う」
最後の一つを口にした途端、リオンが吹き出した。
「最後だけ物騒!」
「全部大事だ」
真面目な顔で答える。
「困ってる奴を助けるのも、仲間を見捨てねぇのも大事だが、それを守るためには、時に喧嘩を買わなきゃならねぇこともある。売られた喧嘩から逃げてちゃ、仲間も、助けたい奴も、守れねぇ」
その言葉に、リオンは肩をすくめながらも、どこか納得したような表情を浮かべた。
「まあ、マスターがそう言うなら、そうなんだろうな」
「にしても」
ロビンが、腕を組みながら口を挟む。
「このスローガン、今の状況にぴったりだと思わねぇか」
「どういう意味だ?」
「だってよ、俺たちは今、まさに『困ってる奴』そのものだったわけだろ。それを、マスターが放っておかずに、探し出してくれた」
その言葉に、少し照れくさくなって、頭を掻いた。
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃねぇよ。マジで、放り出されて五日間、誰にも会えねぇまま過ごしてみろ。あんな心細さ、二度と味わいたくねぇ」
ロビンの言葉に、メイも小さく頷く。リオンも、いつもの軽薄な調子を潜め、真剣な表情でそれに同意していた。
三人の顔を見渡し、改めて実感する。
(俺一人の力じゃ、どうにもならなかった)
いくら剣の腕があっても、いくらレベルが高くても、この世界で一人きりだったら、きっと何かが足りなかっただろう。
仲間がいるからこそ、この状況に立ち向かえる。それを、痛いほど理解した五日間だった。
「さて」
改めて、話を切り出す。
「名前もスローガンも、変わらねぇことは確認できた。次は、これからどう動くかだ」
「方針か」
ロビンが、身を乗り出した。
「まず一番の懸念は、この世界がどういう状況にあるかってことだ。フィリアから少し話を聞いたが、まだ全体像は分からねぇ」
「フィリアさんとやらの話、詳しく聞かせてくれる?」
リオンが尋ねる。
「シルヴァーナのエルフ王女だ。俺がハーフエルフだって分かった時に、色々話をしてくれた」
「ハーフエルフ……? あ、そういやマスターって元々そういう設定だったな」
「単なる種族選択のつもりで選んだんだけどな。まさか、絶滅種扱いされるとは思わなかった」
「絶滅種!?」
リオンが目を丸くする。これまでの経緯を、簡単に三人へと説明した。絶滅種としてのハーフエルフ。世界崩壊率という不穏な数値。異界から来た者たちの噂。三人は、真剣な表情で耳を傾けていた。
「……マジで、想像以上にやべぇ状況みたいだな」
説明を聞き終えたリオンが、額に手を当てる。
「ああ。正直、俺たちだけでどうにかなる話じゃねぇと思う」
頷きながら続けた。
「だが、少なくとも一つだけ、はっきりしてることがある」
「なんだ?」
「俺たちは、この世界で確かに生きてる。だったら、ただ怯えて過ごすより、この状況をどうにかするために動いた方がいい」
メイが、静かに口を開く。
「賛成です。ただ待っているだけでは、状況は好転しません」
「よし、それなら決まりだな」
ロビンが、拳をテーブルに打ち付けた。
「まずは拠点作りだ。この町か、それともシルヴァーナの近くか」
「シルヴァーナの近くがいいんじゃないか? フィリアって王女様との繋がりもあるんだろ?」
リオンの提案に、少し考える。
「悪くねぇ案だな。情報も集めやすいし、何かあった時の後ろ盾にもなる」
「決まりですね」
メイが、地図を広げながら頷いた。
四人は、それから深夜近くまで、これからの方針について話し合った。拠点の場所。資金の確保。情報収集の方法。現実的な問題を、一つずつ潰していく。ゲームの中では考えたこともなかった課題ばかりだが、それでも、四人で話し合っていると、不思議と不安は薄れていった。
(一人じゃなかった)
改めて、そう実感する。あの日、緊急メンテの通知に混乱しながら、暗転した視界の先に何が待っているのか分からなかった。だが今、目の前には、確かに仲間がいる。
窓の外では、二つの月が、静かに夜空を照らしていた。
「よし、今日はここまでにするか。明日から、シルヴァーナに向けて出発だ」
そう告げると、三人が頷いた。
「星屑の誓約、再結成だな」
ロビンが、改めて口にする。
「ああ」
力強く頷いた。現実世界で何もできなかった男は、もういない。今ここにいるのは、仲間と共に、この世界に立ち向かう覚悟を決めた、ギルドマスターになった。




