第10話 「最初のダンジョン」
翌朝、シルヴァーナへ向かう道中で、四人は近くにある小規模なダンジョンに立ち寄ることにした。
「拠点作りの資金も必要だしな」
そう切り出すと、ロビンが頷く。
「それに、この世界での連携も、一度試しておいた方がいい」
「賛成だ。ゲームの時と、体の動き方が違うかもしれねぇしな」
ダンジョンの入り口は、森の中にひっそりと隠れた洞窟だった。ゲーム時代の記憶では、初心者向けの狩場として有名な場所だ。
「懐かしいな、ここ」
呟いてから、ふと思い出して口元が緩む。
「昔、リオンがここで大転倒した記憶があるんだが」
「おい、蒸し返すなよ!」
リオンが慌てて口を挟んだ。
「あの時は、床が滑りやすかったんだよ!」
「お前、平坦な道でも転んでただろ」
「ロビンまで!」
軽口を叩き合いながら、洞窟の中へと足を踏み入れる。薄暗い通路にはひんやりとした空気が漂い、どこからか水滴の落ちる音が響いていた。
「先頭は俺だな」
ロビンが、盾を構えて先陣を切る。
「魔物の気配、俺が探る」
リオンが、耳を澄ませながら後に続いた。
「回復と援護攻撃は任せてください」
メイが、杖を手に構える。
「後ろは俺が固める」
最後尾についた。ゲーム時代と同じ陣形だ。言葉にしなくても、自然と体が動いた。
「来るぞ!」
リオンの声とともに、通路の奥から数体のコウモリ型の魔物が現れる。
「雑魚だな」
ロビンが、盾で一体を叩き落とした。メイの魔法が、二体をまとめて焼き払う。
「よし、この調子」
リオンが得意げに言いかけた、その時。
「うわっ!?」
足元で、何かを踏んだ感触があった。カチリ、という小さな音とともに、天井から網が落ちてくる。
「うわああああ!」
リオンが、頭から網に絡め取られた。もがけばもがくほど、網は複雑に絡みついていく。
「な、なんだこれ、動けねぇ!」
「……罠だな」
冷静に呟いた。
「お前、索敵担当だろ」
「わ、悪い……見落としてた……」
ロビンが、呆れたように盾を下ろす。
「相変わらずだな、お前」
「うるせぇ! 誰だって失敗くらいするだろ!」
メイが、深いため息をついた。
「あなたのその失敗、ゲーム時代から数えて何回目でしょうか」
「数えるな!」
笑いを堪えながら、網に絡まったリオンを助け出しにかかった。
「動くなよ、余計に絡まる」
「分かってるよ! 早くしてくれ!」
慎重に網をほどいていく。ようやく解放されたリオンは、地面に座り込んだまま、大きく息を吐いた。
「……危なかった」
「危なかったのはお前の索敵能力だろ」
「ロビン、それは言うな!」
賑やかなやり取りが、洞窟の中に響き渡る。誰も本気で怒っているわけではなく、むしろどこか楽しげな空気が漂っていた。
これが、この四人の関係性なのだ。失敗を責め立てるのではなく、笑い飛ばしながら前に進む。
「さて、気を取り直して進むか」
立ち上がりながら告げる。
「今度こそ、ちゃんと見ろよ」
「分かってるって!」
リオンが、少しふてくされたように索敵を再開した。
しばらく進むと、開けた空間に出た。中央に、大きな魔石を守るように、十体近いゴブリンが群れている。こちらの気配に気づいたのか、群れ全体が一斉にこちらを向いた。
「……数、多くねぇか」
リオンが、思わず一歩後ずさる。
「ゲーム時代のデータだと、精々五、六体の群れのはずなんだが」
剣を抜きながら言った。
「世界補正ってやつか、それとも単に運が悪いだけか……まあ、どっちでもいい」
「どっちでもいいのかよ!」
「数えてる暇があったら、削った方が早ぇだろ」
剣を構え直す。
「陣形はいつも通りだ。ロビン、リオン、前に出ろ。メイは後ろから支援。俺も後で戦いながら指示を出す」
「了解!」
ロビンが盾を構え、真っ先に前へと踏み込んだ。
「オラァ!」
盾を叩きつけるような突撃で、先頭のゴブリン二体が弾き飛ばされる。
「ギィッ!」
怯んだゴブリンの隙を、リオンは逃さなかった。低い姿勢で滑り込み、短剣で二体の足を斬りつける。
「そこ、動けねぇようにしといたぞ!」
「よし、そのまま押し込め!」
叫びながら、自らも群れの中へと斬り込んだ。
「風牙斬!」
青い斬撃が走り、三体のゴブリンが一瞬でなぎ倒される。だが、群れは怯まず、左右から回り込もうとしていた。
「メイ、右手の三体、頼む!」
「任せてください。アイスニードル!」
鋭い氷の礫が、正確に飛び、右手のゴブリン三体を貫く。同時に、視界の端で、左手から回り込もうとしている二体の存在に気づいた。
「ロビン、左! 二体来る!」
「見えてる!」
ロビンが即座に反応し、盾で受け止める。衝撃で盾が軋むが、びくともしなかった。
「くっ……こいつら、思ったより連携取ってきやがる!」
「群れなんだから、当然だろ!」
剣を振るいながらも、絶えず全体の状況を確認する。
ロビンの盾がどこまで持つか。
リオンの位置取りが危なくないか。
メイの魔力残量はどれくらいか。
自分自身も剣を振るい、敵を斬り伏せながら、同時に全員の動きを見渡す。
それは、ゲーム時代からずっと続けてきた、自分にしかできない役割だった。
「リオン、後ろ気をつけろ、一体回り込んでる!」
「げっ、マジか!」
リオンが慌てて振り返ると同時に、横から割り込み、迫っていたゴブリンを斬り伏せる。
「危なかったな」
「あ、悪い……助かった」
「集中しろ、まだ終わってねぇ」
前線に立ちながらも、声を張り上げ続けた。
「ロビン、そのまま真ん中で盾になってろ! 群れを一箇所に集めろ!」
「了解だ!」
ロビンが、あえて的になるように前へ出る。ゴブリンたちが、次々とロビンへと群がっていった。
「メイ、今だ、範囲でまとめて焼け!」
「ファイアストーム!」
メイの杖の先から、渦を巻く炎が放たれる。ロビンの盾の周囲に群がっていたゴブリンたちが、一斉に炎に包まれた。
「ぐああああ!」
断末魔の叫びが、洞窟に響き渡る。残ったのは、数体の負傷したゴブリンだけだった。
「よし、詰めるぞ!」
剣を構えて前に出ると、リオンとロビンも、その動きに合わせて左右から挟み込んでくる。
「はっ!」
「これで終わりだ!」
三方向からの攻撃が、残りのゴブリンを一気に沈めた。最後の一体が崩れ落ちると、洞窟の中は、再び静寂に包まれる。
「終わったな」
剣を鞘に収めながら息を吐いた。
「はぁ……ゲームの時より、疲れる気がするな」
リオンが、額の汗を拭いながら言う。
「体力も痛覚も現実準拠、だからでしょうね」
メイが冷静に分析した。
「にしても、マスター、めちゃくちゃ声出してたな。後で戦いながら、あんだけ指示飛ばせるのかよ」
ロビンが、感心したように言う。
「昔からの癖だ。全体が見えねぇと、落ち着かねぇんだよ」
肩をすくめながら答えた。
「それでも、体力の消耗が激しくなるでしょう。後衛と指揮を同時に、というのは」
メイが、少し心配そうな声で言う。
「慣れてるから平気だ。それに、お前らの動きを信頼してるからこそ、できることでもある」
その言葉に、ロビンとリオンが、少し照れくさそうに顔を見合わせた。
「それでも、連携自体は問題なさそうだ」
周囲を見渡しながら続ける。
「体は変わっても、動き方は染み付いてるみたいだな」
「そりゃそうだろ、何百時間一緒に戦ってきたと思ってんだよ」
ロビンが、誇らしげに盾を叩いた。
その時、部屋の奥にある壁の一部に、わずかな違和感を覚える。
「……ん?」
近づいてみると、壁の一角に、他の石壁とは微妙に色合いの違う部分があった。
「どうした、セロ」
「ここ、なんか変だ」
壁に触れてみる。石の質感が、他の場所とわずかに異なっていた。押してみると、かすかに動く感触が返ってくる。
「隠し通路か……?」
「マジか」
リオンが、目を輝かせた。
「ゲーム時代には、こんな仕掛け、なかったよな」
「ああ、記憶にねぇ」
慎重に壁を押し込む。ゴゴゴ、と重い音を立てて、壁の一部が奥へとスライドしていった。その先に、真っ暗な通路が続いている。
「……行くか」
仲間たちを振り返った。ロビンが頷き、メイが警戒の魔法を展開し、リオンが慎重に周囲を探る。四人は、未知の通路へと足を踏み入れた。
その先に何が待っているのか、この時はまだ、誰も知らなかった。




