第6話 「最強タンク、ロビン」
シルヴァーナを出て、丸一日が過ぎた。草原はやがて岩肌の目立つ丘陵地帯へと変わり、さらに進むと、切り立った崖と森が入り混じる山岳地帯へと差し掛かる。
ゲーム時代の記憶では、この辺りは中堅プレイヤー向けの狩場だったはずだ。オークやコボルトが出現し、まれに盗賊のNPCパーティーが街道を襲う、そんな設定があったことを思い出す。
(設定通りなら、そろそろ何か出てもおかしくねぇな)
通信結晶を懐に入れ、周囲を警戒しながら山道を進んだ。
フィリアから聞いた話では、この辺りで「見慣れぬ装いの者」の目撃情報があったという。
もしロビンたちが転移しているなら、この山道のどこかにいる可能性が高い。
日が傾き始めた頃、前方の岩陰から、複数の人影が現れた。
「――動くな」
低い声が響く。粗末な革鎧を着た男たちが、五人。手には錆びた剣や棍棒が握られている。目つきには、隠しきれない飢えのようなものが滲んでいた。
「荷物を置いていけ。そうすりゃ、痛い目は見ねぇ」
リーダー格らしき男が、剣先をこちらに向ける。盗賊だ。ゲーム時代なら雑魚敵に分類される連中だった。
だが、その目に宿る本物の殺意は、モニター越しに見たものとは、まるで違う重さを持っている。
(……こいつらも、生きてる。この世界で、必死に)
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。だが、それとこれとは話が別だ。
「悪いが、荷物ってほどのもんは持ってねぇよ」
剣の柄に手をかける。
「舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!」
男の一人が飛びかかってきた。冷静に剣を抜き、振り下ろされる棍棒を半歩引いて躱す。空を切った棍棒が地面を叩き、土埃が舞い上がった。
「一人でこの数を相手にするつもりか、上等じゃねぇか」
剣を構え直すと、残りの四人が、じりじりと間合いを詰めてくる。
その時だった。
「遅ぇ!」
轟音とともに、巨大な影が横から割り込んでくる。鈍色の大盾が、盗賊の一人を弾き飛ばした。衝撃で、男の体が岩壁に叩きつけられる。
「な、なんだこいつ!」
残った盗賊たちが、明らかに動揺していた。巨躯の男が、盾を構えたまま、俺の前に立ちはだかっている。全身鎧に、大盾。その体格は、常人離れしていた。
「野郎、増えやがった!」
リーダー格の男が叫び、残る三人に指示を飛ばす。
「怯むな! 数はこっちが多い、一気に畳みかけろ!」
盗賊たちが、左右に散開しながら襲いかかってきた。一人がこちらへ、もう一人が巨躯の男へ。残る二人は、挟み撃ちを狙って回り込んでくる。
迫る剣を弾き返し、そのまま柄で相手の鳩尾を突いた。
「ぐっ……!」
男が膝をつく。容赦なく峰打ちで肩を叩き、剣を落とさせた。
一方、巨躯の男は、盾を構え、盗賊二人分の攻撃を同時に受け止めている。
「ちっ、硬ぇな!」
盗賊の剣が、盾に何度も跳ね返された。金属同士がぶつかる甲高い音が、山道に響く。巨躯の男は、盾で相手の体勢を崩すと同時に、空いた拳を叩き込んだ。
「がはっ……!」
一人が、地面に転がる。残る一人が、じりじりと後退していった。リーダー格の男も、状況を見て顔を青くしている。
「な、なんなんだお前ら……素人じゃねぇのか」
「素人だったら困るな、こう見えて結構鍛えてんだよ」
巨躯の男が、笑いながら答える。五人がかりの奇襲だったにも関わらず、盗賊側にまともな手応えは一つもなかった。剣を落とされた者、殴り倒された者、地面に転がった者。数の利は、完全に潰されている。
「て、撤退だ! こいつら相手にできるレベルじゃねぇ!」
リーダー格の男が叫ぶと、盗賊たちは倒れた仲間を抱えながら、我先にと山道の奥へ逃げ去っていった。あっという間の出来事だった。
巨躯の男が、盾を下ろしながら息を吐く。
「ったく、最近このあたり物騒でよ。三日でこれで五回目だぜ」
独り言のように呟いた後、男の視線がこちらに向いた。
「怪我はねぇか?」
「……ああ」
その顔を、正面からじっと見つめる。角ばった顔。人懐っこそうな目。ゲームの姿とは、また違う。だが、纏う雰囲気は、間違いようがなかった。
「お前……」
男が、少し不思議そうにこちらを見返す。
「ん? どうかしたか」
「……ロビン?」
その一言に、男の動きが止まった。
「――は?」
「ロビンだろ、お前」
男の目が、大きく見開かれる。セロの顔を確かめるように、両手で頬を触った。
「なんで名前……いや、待て、その声……その剣、月喰いの魔剣じゃねぇか!」
「セロか?」
「ロビン?」
互いの名前を呼んだ瞬間、時間が止まったような感覚に包まれる。
「マジかよ、本当に、お前……!」
ロビンの顔が、一気に崩れた。大男の目に、みるみる涙が浮かんでいく。
「遅ぇぞ、マスター! どんだけ探したと思ってんだ! メンテナンスの後、いきなりこんな場所に放り出されて、右も左も分かんねぇまま、もう三日だぞ!」
「……三日?」
「そうだよ! 最初は本当に何が何だか分かんなくて、それでも生き延びるために武器拾って、モンスター倒して、少しずつ状況把握してよ……お前が来てくれて、本当に……」
ロビンの声が、詰まる。照れ隠しなのか、それとも本当に感極まっているのか。どちらにも見えた。
「……うるせぇ、泣くんじゃねぇよ、みっともない」
わざと軽口を叩く。だが、自分の声も、わずかに震えていることには気づいていた。
「泣いてねぇよ! これはあれだ、砂が目に入った!」
「山の中で砂って、どんな理屈だよ」
「うるせぇ!」
ひとしきり軽口を叩き合った後、ふと、気になっていたことを口にした。
「そういや、お前、俺だって気づかずに飛び出してきただろ。なんで助けたんだよ」
「あー……」
ロビンが、頭を掻く。
「実はな、さっきからこの辺、あの盗賊どもの気配を追ってたんだよ。この三日、あちこち歩き回って情報集めてる最中に、こいつらの噂を聞いてな。旅人を襲ってる連中がいるって」
「それで、退治しようとしてたのか」
「いや、そこまで大層な話じゃねぇ。ただ、放っておいたら次の犠牲者が出るだろ? だったら、先に潰しといた方が早いなって、それだけだ」
ロビンは、盾を地面に突き立てながら続けた。
「で、崖の上から見張ってたら、ちょうど旅人が一人、囲まれてるのが見えてよ。誰だか分かんねぇけど、放っておけるわけねぇだろ」
「相手が誰かも分からずに、五人がかりの喧嘩に割って入ったのか」
「当たり前だろ。困ってる奴を目の前にして、見て見ぬふりなんてできるかよ」
その答えに、思わず笑ってしまった。現実でも、ゲームでも、この男は変わらない。
「お前らしいな」
「うるせぇ、褒めてんのか馬鹿にしてんのかはっきりしろ」
「褒めてんだよ」
ロビンは、少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「しっかし、近づいて声聞いた瞬間、まさかと思ったよ。その口の悪さ、絶対セロだろって」
「口の悪さで判断すんじゃねぇよ」
「事実だろうが」
軽口の応酬が続く。一人だった心細さが、少しずつ薄れていくのを感じた。
「なあセロ、お前は状況、どこまで把握してる?」
「大したことは分かってねぇ。ここが、あのクロノ・エッジの世界そのものらしい、ってことくらいだ」
「それだけでも十分な情報だよ。俺なんて、この三日、ずっと手探りだった」
ロビンは大きく息を吐き、崖の下に広がる山道を見下ろした。
「怖かったよ、正直」
ぽつりと呟く。その巨躯からは想像もつかない言葉だった。
「お前でも、怖いって思うことあるのかよ」
「当たり前だろ。俺はゲームの中じゃ最強のタンクかもしれねぇけど、現実じゃただの……」
ロビンが言葉を濁す。それ以上は、聞かなかった。現実での互いの姿を、詳しく語り合ったことは一度もない。それでいい、と思っている。ゲームの中での関係だけで、十分に信頼できる相手だったからだ。
「でもよ」
ロビンが、盾を地面から引き抜き、こちらを見た。
「お前なら来ると思ってた」
「……なんでだよ」
「なんとなくだよ。お前がマスターなら、絶対に仲間を放っておかねぇって、分かってたから」
その言葉に、一瞬、答えに詰まった。胸の奥が、じんわりと熱くなる。こんな風に、まっすぐ信頼を向けられることに、いまだに慣れない。
「……当たり前だろ」
短く、ぶっきらぼうに返す。それ以上の言葉は、必要なかった。ロビンが、にっと笑う。
「よし、それじゃあマスター。他の二人も探すんだろ?」
「ああ。メイとリオンも、どこかにいるはずだ」
「心当たりは?」
「フィリアって奴が――」
説明しかけたところで、ふと言葉を止める。
「フィリア? 誰だそれ」
「エルフの王女だ。長くなるから、歩きながら話す」
「王女って、お前……出会って早々、何やってんだよ」
「うるせぇ、なりゆきだ」
軽口を叩きながら、二人並んで歩き出す。仲間がいるという事実が、これほどまでに心強いものだとは、改めて思い知らされた。
(あと二人。必ず見つけ出す)
山の向こうに広がる空を見上げ、心の中で誓った。




