第5話 「仲間はどこだ」
怪我人が運ばれていくのを見送った後、フィリアに一旦断りを入れ、人気の少ない路地裏へと移動した。
確かめたいことがあったからだ。
誰にも見られたくない、確かめ方で。
「……頼む、繋がってくれ」
小さく呟き、ステータス画面からギルドメニューを呼び出す。
【ギルド:星屑の誓約】
【マスター:セロ】
【メンバー数:3】
画面が開く。見慣れたギルドの一覧表示だった。メンバー欄に、三つの名前が並んでいる。
【ロビン】
【メ イ】
【リオン】
【(空欄)】
四人目の欄は、以前から空いたままだ。
ギルドを立ち上げた当初のメンバーは、この三人と自分だけだったのだから。
(生きてる……というか、データは残ってるみたいだな)
安堵とともに、指先が震えた。名前をタップすると、通常なら現在地やオンライン状況が表示されるはずだった。だが。
【ロビン:位置情報不明】
【メ イ:位置情報不明】
【リオン:位置情報不明】
三人とも、同じ表示だ。
「……位置情報不明、って何だよ」
眉根を寄せる。ログイン中かどうかすら、判別できない。フレンドチャットを試してみた。
「ロビン、聞こえるか?」
メッセージを送信する。だが、既読も、返信も、何も返ってこない。
もう一度。
「メイ、リオン。誰か返事しろ」
やはり、何も返ってこなかった。画面が、ただ静かにそこにあるだけだ。
しばらく画面を睨みつけていたが、状況は変わらない。
(……送れてないのか? それとも、送れてても返せない状況にいるのかわからない)
背筋に、冷たいものが走った。
これまでは、正直なところ、状況を面白がっている部分もあった。
ゲームだと思っていた世界が現実になった。自分が最強クラスの力を持っている。
興奮と好奇心が、恐怖よりも先に立っていたのだ。
だが、仲間の安否が分からないという事実は、それとはまったく別種の感情を呼び起こす。
「……くそ」
小さく舌打ちする。
ロビン。メイ。リオン。現実では顔も名前も知らない相手だった。
本名も、年齢も、住んでいる場所すら知らない。
あるのはただ、ボイスチャット越しの、ゲーム内でのやり取りだけだ。
それでも、間違いなく仲間だと言い切れる相手だった。
(考えてみりゃ、おかしな話だよな)
自嘲気味に笑ってしまう。
現実世界では、誰にも本音を話せなかった。職場の同僚とは、当たり障りのない会話をするだけ。
学生時代の記憶は、思い出すたびに胸の奥が軋む。誰かを信じることも、誰かに頼ることも、ずっと苦手だった。
なのに、画面の向こうにいるだけの三人には、なぜか素直になれたのだ。
ロビンが盾を構えて、「マスター、俺の後ろにいろ」と言ってくれた時。
メイが毒舌の合間に、「無茶しないでください、あなたが倒れたらギルドが困ります」と、素っ気ない言い方で心配してくれた時。
リオンが、「マスターがいるから、俺たちここまでこれたんすよ」と、珍しく真面目な声で言った時。
どれも、モニター越しのやり取りに過ぎない。それでも、あの瞬間だけは、確かに自分の居場所がある気がしていた。
(あいつらがいたから、俺は……)
思い出しかけて、頭を振る。感傷に浸っている場合ではなかった。
もし転移したのが自分だけだったら。もし三人が、この世界のどこかで、自分と同じように混乱し、危険に晒されていたら。
ゲームの中では、どれだけピンチになっても、最悪ログアウトすればいい、という安心感があった。だが、今この世界には、その逃げ道がない。
もし三人が、獣に襲われていたら。もし三人が、右も左も分からない状況で、怪我をしていたら。
(俺が助けに行くまで、保つのか?)
最悪の想像が、次から次へと頭を巡る。拳を強く握った。爪が、掌に食い込む感触があった。現実の痛みが、思考を無理やり引き戻す。
「……探す」
決意を口にした。迷っている時間が惜しい。考えるだけなら、いくらでもできる。
だが、考えているだけでは、誰も助からないのだ。
その事実だけは、鉄塔の上で何年も仕事をしてきた経験から、嫌というほど分かっていた。トラブルが起きた時、現場で必要なのは、悩む時間ではなく、動く時間だ。
路地裏から出て、フィリアのもとへと戻る。
「フィリア」
「セロ、何かありましたか」
フィリアが振り返る。
「聞きたいことがある。俺のような……異界から来た者が、他にもいる可能性はあるか?」
フィリアの表情が、わずかに強張った。
「……なぜ、そのようなことを」
「俺には仲間がいた。あっちの世界で、な。もし同じようにこっちに転移してるなら、探さなきゃならねぇ」
フィリアは少し考え込んだ後、口を開いた。
「実のところ……最近、この大陸のあちこちで、奇妙な報告が上がっています」
「奇妙な報告?」
「見たこともない装いの者が現れた、という噂です。ただの旅人の噂話として片付けられていましたが……あなたのような存在を目の当たりにした今、無視できません」
「場所は分かるか」
「正確な場所までは……。ただ、東の山岳地帯や、南の街道沿いで、そういった話をよく耳にします」
頭の中で地図を思い浮かべる。ゲーム時代の記憶にある地形と、フィリアの言葉を重ね合わせた。東の山岳地帯。南の街道。
(ロビンなら、盾使いだ。もし転移したなら、真っ先に戦える場所に向かうはずだ。あいつは、そういう奴だ)
脳裏に、ロビンの姿が浮かんだ。どんな状況でも、真っ先に前に出て仲間を守ろうとする男だ。
あの巨大な盾の向こうで、ロビンはいつも笑っていた気がする。どれだけピンチでも、「大丈夫だ、俺がいる」と、根拠のない自信で場を明るくする奴だった。
(メイは、状況を分析しようとするだろうな。安全な場所を見つけて、情報を集めながら動くタイプだ)
クールで理知的な魔法使い。パニックになるより先に、頭を働かせるはずだ。
だがと思う。あいつは口ではクールぶっていても、根は誰よりも心配性だった。
パーティーの誰かが怪我をすると、真っ先に回復魔法を飛ばしてくるのはいつもメイだった。その優しさを、絶対に素直には認めない奴でもある。
(リオンは……あいつはあいつで、なんとかやってそうな気もするが)
軽薄で調子者だが、索敵と危機察知には長けている。どんな状況でも飄々としている姿が思い浮かぶ。だが、本当にそうだろうか。
あいつが飄々としていられるのは、いつだって後ろにロビンやメイ、そして自分がいたからだ。一人きりで、右も左も分からない世界に放り出されたら――あの陽気な仮面の下で、案外弱っているかもしれない。
三人の性格を思い浮かべながら、拳を握った。
(三人とも、俺と違って、この世界じゃ何の後ろ盾もねぇ)
自分は、たまたまハーフエルフという種族のおかげで、フィリアという後ろ盾を得られた。
他の三人が同じように運が良いとは限らない。
もし人間の姿のまま、見知らぬ土地に放り出されたのなら。もし怪我をして、誰にも助けてもらえずにいたら。
(考えるだけ無駄だ。行くしかねぇ)
自分にそう言い聞かせる。
「フィリア、悪いが世話になってばかりもいられねぇ。俺は、仲間を探しに行く」
「……今すぐに、ですか」
「今すぐにだ。悠長にしてる時間はねぇ」
フィリアは、こちらの表情を見て、それ以上引き止める言葉を飲み込んだ。代わりに、こう言った。
「では、せめて装備を返却させましょう。あなたの武器は、まだ門で預かったままのはずです」
「ああ、助かる」
「それと、これを」
フィリアが懐から、小さな結晶を取り出した。
「通信の魔道具です。この石を持っていれば、危険が迫った際に、私に連絡が取れます。今のあなたには、この大陸の詳しい地理も、常識も足りていないでしょう」
「……いいのか、こんな大層なもん渡して」
「絶滅種の生き残りに、何かあっては困ります」
フィリアはそう言ったが、その口調には、単なる調査対象への配慮以上の何かが滲んでいた。
礼を言って、結晶を受け取る。門へと戻り、預けていた武器を受け取った。月喰いの魔剣を腰に差した瞬間、ようやく体の一部が戻ったような感覚があった。
「――探すか」
里の外れに立ち、東西南北を見渡す。どこから手をつけるべきか。脳裏に浮かぶのは、三人の顔だった。
いや、顔は知らない。浮かぶのは、声と、言葉と、共に過ごした無数の戦闘の記憶だけだ。それでも、それだけで十分だった。
画面越しの縁だと笑う奴もいるかもしれない。
あの三人がいなければ、社畜だった瀬口健一は、とっくに心が折れていた。
現実で誰にも認められなくても、あの世界では、自分は「頼りになるマスター」だった。
誰かに必要とされているという感覚を、初めて教えてくれたのが、あの三人だったのだ。
(今度は、俺が助ける番だ)
拳を握り直す。あの日、水たまりに突き飛ばされて、何もできなかった自分とは違う。今の自分には、力がある。剣がある。そして、守りたいものがある。
(待ってろ。絶対に見つけてやる)
剣の柄を握りしめ、東の山岳地帯へと足を向けた。その足取りに、迷いはない。現実の職場で、上司の指示を待つだけだった男とは、まるで別人のようだった。
仲間を探すという、たった一つの目的のために、俺は歩き出した。




