第24話 「食事も戦力」
ギルドハウスの修繕作業は、数日がかりの仕事になった。
崩れた屋根を直し、割れた窓ガラスを入れ替え、壁の亀裂を埋めていく。
トムたち新人冒険者も加わり、慣れない作業に四苦八苦しながらも、少しずつ、建物は見違えるように整っていった。
「腹減ったな」
作業の合間、ロビンが、腹をさすりながら呟いた。
「同感だ」
額の汗を拭いながら答える。正午を過ぎ、朝から動き続けていた体は、確かに空腹を訴えていた。
「飯、どうする?」
「保存食で我慢するしかねぇだろ」
苦笑しながら、袋の中から干し肉を取り出す。決して美味とは言えないが、空腹を満たすには十分だった。
その時だった。
「あの」
遠慮がちな声が、背後から聞こえてくる。振り返ると、一人の女性が立っていた。
年の頃は、二十代前半だろうか。質素な服装で、手には、大きな布包みを抱えている。
「どうした?」
尋ねると、女性は、おずおずと口を開いた。
「わ、私、この近くに住んでいる者なんですが……皆さんが、毎日、保存食だけで過ごしていらっしゃるのを見て……」
「見てたのか」
「す、すみません、覗き見するつもりはなかったのですが……その、見かねてしまって」
女性は、恐縮しながら、抱えていた布包みを差し出した。中を開けると、湯気の立つ料理が入っている。野菜と肉を煮込んだ、素朴だが温かそうな一品だった。
「これ、よければ……」
「おお、マジか!」
リオンが、真っ先に反応する。
「うまそうだな、これ!」
「い、いえ、たいしたものではないのですが……」
女性は、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
受け取った料理を、早速、皆で分け合って食べてみる。素朴な味付けだったが、丁寧に作られていることが、一口で分かった。
「うまいな、これ」
率直な感想を口にすると、女性が、嬉しそうに微笑んだ。
「よろしければ、また作らせてください。実は、料理だけが、ちょっとした特技で……」
「料理だけって?」
その言い回しが、少し気になって尋ねた。女性は、少し表情を曇らせる。
「私、戦闘能力は、まったくないんです。魔物も倒せないし、剣も握ったことがなくて」
「だから何だよ」
率直に尋ね返した。
「戦えないから、役に立てることなんて、料理くらいしかなくて……」
その言葉に、込められた自己卑下のようなものを、はっきりと感じ取った。
「戦える必要ねぇだろ」
きっぱりと答えると、女性が、驚いたように顔を上げる。
「え?」
「うちのギルド、戦う奴だけで成り立ってるわけじゃねぇ」
改めて、修繕中のギルドハウスを見渡しながら続けた。
「拠点の管理、情報収集、そして飯を作ること。どれも、ギルドが回っていくために必要なことだ。戦闘能力だけが、価値があるわけじゃねぇよ」
女性は、しばらく、呆然とした様子でこちらを見つめていた。
「あの……」
「なんだ」
「もし、よろしければ……私を、ギルドに加えていただくことは、できますか」
その問いに、仲間たちの顔を見渡す。ロビンもメイもリオンも、特に反対する様子はなかった。
むしろ、先ほどの料理の美味しさを思い出しているのか、どこか期待するような表情すら浮かべている。
「ああ、構わねぇよ」
迷いなく答えた。
「名前、聞いてなかったな」
「エマ、と申します」
「エマか。よろしく頼む」
頭を下げると、エマは、目に涙を浮かべながら、深く頭を下げ返した。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
その日の夜、エマが腕を振るって作った夕食を、全員で囲んだ。これまでの保存食とは比べ物にならないほどの、温かく、満足感のある食事だった。
「うめぇ……!」
リオンが、頬を膨らませながら、幸せそうに料理を頬張っている。
「本当ですね」
メイも、珍しく表情を緩めながら、食事を楽しんでいた。
「エマ、お前、料理の腕、相当なもんだな」
ロビンが、感心したように言う。エマは、恥ずかしそうに微笑んだ。
「戦えない分、せめて、皆さんの力になれたら、と思っていたので……」
「十分、力になってるよ」
静かに答えると、エマは、嬉しそうに頷いた。
食事を終えた後、エマが、改めて口を開いた。
「あの、セロさん」
「なんだ」
「さっき、言ってくださったこと……戦える必要はない、って。あれ、本当に、嬉しかったです」
「別に、特別なこと言ったつもりはねぇけどな」
肩をすくめながら答えた。
「でも、私、これまで……戦う力がないからって、冒険者の仲間に入れてもらえなかったことが、何度もあって」
エマの声には、静かな、しかし確かな痛みが滲んでいた。
「この世界、強さが全てだと思われがちなので」
その言葉に、少し考えてから答える。
「強さだけで世界が回るなら、とっくに神託連盟が、この大陸を支配してるはずだ」
「……そうですね」
「でも、そうなってねぇだろ。強さだけじゃ、人の心は動かねぇんだよ」
エマは、その言葉を、噛みしめるように頷いた。
「私も、このギルドの一員として、頑張ります」
「ああ、頼りにしてる」
短く答えながら、改めて、仲間たちの顔を見渡した。
ロビン、メイ、リオン、そしてトムたち新人、エマ。少しずつ増えていく仲間の輪が、何よりも、この世界で生きていく力になっていると、実感せずにはいられなかった。
星屑の誓約は、強さだけではない、もう一つの価値を、確かに積み重ね始めていた。




