第22話 「最初の新人」
ロビンと二人、依頼を片付けながら街道を歩いていた。
朝から数件の雑用をこなし、正午を過ぎた頃には、荷物袋もすっかり軽くなっている。
「次はどこ行くんだ、セロ」
「あと一件、西の森で薬草採取の依頼が残ってる」
依頼書を確認しながら答えた。その時だ前方の茂みから、慌てた様子で誰かが飛び出してくる。
「た、助けてください……!」
若い男だった。粗末な革鎧に、ところどころ破れた布の防具。手には、使い込まれた形跡のない短剣が握られている。顔は青ざめ、息も絶え絶えだった。
「どうした」
反射的に、剣の柄に手をかける。
「森の奥で……オークの群れに、襲われて……仲間が、まだ……」
「仲間がいるのか」
「はい、二人……俺一人だけ、逃げてきて……」
男の目に、恐怖と、それ以上に強い罪悪感が滲んでいた。
仲間を置いて逃げてきた、という事実が、彼自身を最も苦しめているのが、はっきりと伝わってくる。
「案内しろ」
短く告げると、男は、驚いたように顔を上げた。
「で、でも、オークは……」
「数は?」
「お、おそらく、五体ほど……」
「問題ねぇ。案内しろ」
有無を言わさぬ声に、男は、弾かれたように頷いた。
森の奥へと進むと、すぐに戦闘の痕跡が見えてきた。切り倒された木々。地面に残る、争った跡。
そして、木の陰に身を潜めている、二人の冒険者の姿があった。
「おい、無事か!」
駆け寄ると、二人とも、怪我こそあるものの、命に別状はなさそうだった。
「お前ら、動くな。俺たちが片付ける」
ロビンが、盾を構えて前に出る。オークの群れは、既にこちらに気づいていた。五体の巨体が、威嚇するように唸り声を上げる。
「オラァ!」
ロビンの盾が、先頭のオークを弾き飛ばした。その隙を逃さず、剣を抜いて斬り込む。
戦闘は、あっという間に終わった。レベル99の俺たちにとって、オーク程度の群れは、もはや脅威と呼べるほどのものではない。
「終わったな」
剣を鞘に収めながら、三人の新米冒険者たちを振り返った。彼らは、呆然とした様子で、その光景を見つめている。
「あ、あんな一瞬で……」
「まさか、オークの群れを……」
驚きと、安堵の入り混じった声が漏れた。最初に出会った男が、深々と頭を下げる。
「ありがとう、ございました……本当に、助かりました」
「大したことじゃねぇよ」
素っ気なく答えながらも、三人の様子を、それとなく観察していた。装備は粗末で、動きにも無駄が多い。
だが、仲間を見捨てずに助けを求めに来たあの行動力は、決して悪くなかった。
「お前ら、冒険者になって、どれくらいだ」
尋ねると、男が答える。
「半年ほどです……でも、恥ずかしながら、碌な戦果も上げられなくて」
「半年でオークの群れに勝てねぇのは、別に恥ずかしいことじゃねぇよ」
肩をすくめながら言った。
「むしろ、仲間を見捨てずに、助けを呼びに来た。その判断は、悪くなかったと思うぜ」
その言葉に、男が、驚いたように顔を上げた。
「……そう、でしょうか」
「ああ」
頷きながら、ふと思いついたことを口にする。
「なあ、お前ら、うちのギルドに興味あるか」
「え?」
三人が、揃って目を丸くした。
「星屑の誓約、知ってるか」
「も、もちろんです! 最近、街で評判のギルドですよね」
男が、興奮したように答える。
「そこに、俺たちが……?」
「強さは、今はまだ足りねぇ。だが、仲間を見捨てねぇ気概がある奴は、うちには向いてると思う」
ロビンが、横から頷いた。
「マスターの言う通りだ。うちは、強さだけで人を選んでねぇ」
三人は、顔を見合わせた後、一斉に頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
拠点に戻ると、早速、新人たちの簡単な訓練を始めることにした。
基礎的な剣の構え方、仲間との連携の取り方。一つ一つ、丁寧に教えていく。
「あの」
最初に出会った男が、おずおずと口を開いた。彼の名は、トムというらしい。
「なんだ」
「俺も……強くなれますか? あなたみたいに」
その問いに、少し考えてから答えた。
「俺みたいに、は無理だろうな」
「……やっぱり」
トムの表情が、分かりやすく曇る。それを見て、小さく笑った。
「早合点すんな。最後まで聞け」
「え?」
「俺が持ってる力は、正直、特殊な事情で手に入れたもんだ。それと同じようにはなれねぇよ。でも」
剣を握る手を、改めて見下ろす。
「努力すれば、強くはなれる。それは、誰にでも言えることだ」
現実世界で、鉄塔に登り続けた日々を思い出す。誰にも褒められなくても、地道に続けてきた仕事。
ゲームの中で、何千時間もかけて積み上げてきた経験。
どれも、派手さはないが、確かに積み重なってきたものだった。
「努力ですか」
「ああ。才能とか、特別な力とか、そういうのに頼らなくても、毎日ちょっとずつでも鍛え続けりゃ、確実に強くなる。俺は、それを知ってる」
トムは、じっとこちらを見つめていた。その目には、先ほどまでの怯えとは違う、何か熱を帯びたものが宿り始めている。
「俺も、頑張ります」
「ああ、頑張れ」
短く答えながら、内心では、少し懐かしい気分になっていた。
誰かに努力を認められること、誰かの努力を見守ること。
どちらも、現実世界では、あまり経験したことのないものだった。
星屑の誓約は、こうして、少しずつ、仲間を増やし始めていく。




