第20話 「星屑の誓約」
ガルドとの戦闘から、数日が経った。その一件は、想像以上の速さで、大陸中に広まっていく。
「聞いたか、神託連盟の四天王が一人、単独でやられたって話」
「ああ、星屑の誓約とかいうギルドのマスターに、だろ?」
「四天王を相手に、一対一で圧勝したらしいぜ」
街の噂は、これまでとは明らかに違う熱量を帯びていた。単なる「信頼できるギルド」という評判に、「実力も本物」という評価が、さらに加わっている。
拠点でその報告を受けた俺は、複雑な表情を浮かべていた。
「思ったより、話が大きくなってるな」
「そりゃそうだろ」
ロビンが、苦笑しながら言う。
「四天王っていやあ、神託連盟の中でも、かなり上位の戦力だ。それを単独で下したとなりゃ、注目されねぇわけがねぇ」
「面倒なことにならなきゃいいけどな」
呟くと、拠点を訪れたフィリアが入口の扉を開けながら口を開いた。
「もう、なっていますよ」
「え?」
「神託連盟は、今回の一件を、看過しないでしょう。四天王が敗北したという事実は、あの組織にとって、決して小さな出来事ではありません」
フィリアの表情には、明確な懸念が滲んでいる。
「今後、彼らは、あなた方を明確な敵として認識するはずです」
「あの女、沙耶が、嫌がらせを仕掛けてきた時点で、もう、後戻りはできねぇ道に入ってたんだろうな」
「覚悟は、できているのですね」
「ああ」
迷いなく頷く。
「あいつらのやり方は、俺の性に合わねぇ。力で人を支配して、住民を道具みたいに扱う。そんなの、見過ごせるわけがねぇ」
「私も、同意見です」
メイが、静かに続けた。
「神託連盟の理念と、私たちの理念は、根本的に相容れません。いずれ衝突するのであれば、今から、その覚悟を固めておくべきでしょう」
「賛成だ」
ロビンが、力強く頷く。
「四天王一人にビビって、大人しくしてるなんて、うちのギルドらしくねぇしな」
「俺も、異論なし!」
リオンも、いつもの調子で手を挙げた。改めて、仲間たちの顔を見渡す。その全員の目に、確かな覚悟が宿っているのが、はっきりと分かった。
「よし」
静かに、しかし力強く宣言した。
「星屑の誓約は、これから先、神託連盟と、正面から対立していく。それでいいな?」
「異存なし」
ロビンが、即座に答える。
「望むところです」
メイも、静かに頷いた。
「マスターについていくって決めた時点で、覚悟はできてるさ」
リオンも、いつになく真剣な表情で言う。その言葉を聞いて、胸の奥に、熱いものが込み上げてきた。
(この仲間たちがいるなら、どんな困難でも乗り越えられる気がする)
現実世界では、決して抱くことのなかった感覚だった。誰かと共に、同じ目標に向かって進んでいく。その確かな連帯感が、今の俺を、支えている。
「フィリア」
改めて、エルフの王女へと向き直った。
「これから、色々と世話になると思う。よろしく頼む」
「こちらこそ」
フィリアは、静かに頭を下げる。
「シルヴァーナも、この世界の一部です。あなた方の戦いは、いずれ、私たちの未来にも関わってくることでしょう。できる限りの協力を、惜しみません」
「助かる」
軽く頭を下げて、礼を返した。
* * *
セロたちが先日発見した、あの隠しダンジョンの最深部。
誰もいなくなったはずの円形の広間に、奇妙な変化が生じていた。
台座に、既に剣は存在しない。持ち去られた後だ。だが、その台座の周辺には、未だに、微かな魔力の残滓が漂っている。
その残滓がゆっくりと、脈動を始めていた。
まるで、心臓の鼓動のように。ドクンドクンと、一度、また一度。
鼓動が続くたびに、台座を中心に、赤黒い光が、じわりと広がっていく。
* * *
シルヴァーナ、フィリアの塔にいた俺は、ふと、視界の端に、見慣れた表示が浮かび上がるのを感じた。反射的に、ステータス画面を開く。
【世界崩壊率:確認中】
その表示に、思わず息を呑んだ。しばらくして、数値が確定する。
【世界崩壊率:0.11%】
「……」
その数字を、じっと見つめる。ダンジョンで魔王剣を手にした時、確認した数値は、0.03%だった。それが、この短期間で、既に三倍以上に膨れ上がっている。
「マスター、どうかしましたか?」
その異変に気づいたメイが、尋ねてきた。
「世界崩壊率が、上がってる」
「なんですって?」
ステータス画面をそのまま、仲間たちに見せる。
「0.03から、0.11……」
ロビンが、数字を見て、眉をひそめた。
「これは、どういうことだ」
「分からねぇ」
静かに首を振る。だが、心のどこかで、一つの可能性が、頭をよぎっていた。
「俺が、剣を持ったからか?」
その呟きに、部屋の空気が、一瞬で張り詰める。
「マスター、それは」
「確証はねぇよ。だが、魔王剣を手にした直後から、この数値が上がり始めてる。無関係だとは、考えにくい」
自分でも、表情に明確な不安が滲んでいるのが分かった。自分が手にした力が、この世界そのものを、蝕んでいく原因になっているとしたら。
(もし、そうだとしたら、俺は)
その先の考えを、あえて口にはしなかった。まだ、確証のない話だ。だが、その可能性を、完全に否定できないことも、また事実だった。
フィリアが、静かに口を開く。
「セロ。この世界崩壊率という数値については、私たちも、まだ十分な知識を持っていません。おそらく、この世界のどこかに、その真実を知る者がいるはずです」
「心当たりがあるのか?」
「明確な確証はありませんが、大陸の各地に、この世界の歴史を古くから見守り続けている、長命な賢者たちがいると言われています。彼らなら、何か知っているかもしれません」
「賢者か」
その言葉を、心の中に刻み込む。
「いずれにせよ、今の俺たちには、情報が足りなさすぎる」
「探すしかねぇな」
ロビンが、静かに言った。
「神託連盟との対立、世界崩壊率の謎、そして、魔王剣の真実」
メイが、指を折りながら、これから向き合うべき課題を、一つずつ確認していく。
「やることは、山積みだな」
リオンが、少し疲れたように、しかしどこか楽しげに笑った。
「だが、俺たちなら、なんとかなるだろ」
その言葉に、小さく笑みが浮かぶ。
「ああ、そうだな」
仲間たちの顔を、改めて見渡した。ロビンの頼もしさ。メイの冷静さ。リオンの明るさ。それぞれが、かけがえのない存在だった。
「星屑の誓約」
改めて、その名前を口にする。
「俺たちのやり方で、この世界に立ち向かっていく。困ってる奴は放っておかねぇ。仲間は絶対見捨てねぇ。そして」
「喧嘩売られたら買う」
ロビン、メイ、リオンが、同時に、その続きを口にした。
その瞬間、四人の間に、確かな絆が、改めて結ばれた気がした。
* * *
だが、その静かな決意の裏側で、誰も気づかないところで、世界そのものが、確かに、変化を始めていた。
大陸の遥か北方。人跡未踏の氷雪地帯に眠る、古びた遺跡の奥深く。
長きにわたって、深い眠りについていた、何か巨大な存在。
その瞼がゆっくりと、開かれようとしていた。
誰も知らない場所で。誰も気づかないうちに。
世界の均衡は、確かに、崩れ始めていた。
セロが、魔王剣を手にした、その瞬間から。




