第19話 「喧嘩売られたら買う」
「――ッ!?」
気づいた時には、既に剣がガルドの目の前に迫っていた。
「ぐぅああっ!」
ガルドが、咄嗟に戦斧の柄で受け止める。だが、その衝撃だけで、巨体が大きく後方へと吹き飛んだ。
「な、なんつー威力だ……!」
地面に着地したガルドが、驚愕の表情を浮かべる。
「これが、この男の力か……!」
「まだ本気じゃねぇよ」
低い声で告げ、再び地を蹴った。自分でも、その速度が常軌を逸していることは分かっている。
「くっ――!」
ガルドが、慌てて戦斧を構えた。俺の剣と、ガルドの戦斧が、激しくぶつかり合う。一合、二合、三合。金属音が、森の中に響き渡った。その一撃一撃が、これまで戦ってきたどんな敵よりも、遥かに重い。
(さすが四天王ってやつか)
内心で、そう評価せざるを得なかった。ガルドの膂力は、常人離れしている。単純な力比べでは、この俺でさえ、完全に押し切るのは容易ではなかった。
「はっはっは! いいぞ、その調子だ!」
ガルドが、笑いながら戦斧を振るう。劣勢に立たされているはずなのに、その顔には、隠しきれない歓喜が浮かんでいた。
「お前みたいな相手、久しぶりだ! 久しぶりに、本気で戦えるぜ!」
「気持ち悪ぃな、笑いながら戦うなよ」
「戦いってのは、楽しむもんだろうが!」
ガルドの戦斧が、地面を抉りながら振り下ろされる。それを紙一重で躱すと、そのまま横薙ぎに剣を振るった。
「ぐっ……!」
ガルドの脇腹に、鋭い斬撃が走る。浅くはない傷だったが、ガルドは、痛みすら快感のように受け止めているようだった。
「いいぞ、いいぞ、もっとだ!」
「本当に気持ち悪ぃな、お前!」
思わず、声を荒らげてしまう。これほどまでに戦いを楽しむ相手と対峙するのは、初めての経験だった。
だが、それは同時にガルドという男が、根っからの戦闘狂であることの証明でもある。
* * *
「何なのアイツ」
少し離れた場所で戦況を見守っていたリオンが、呆れたように呟いた。傷の手当ては、既にメイによって済まされている。
「大丈夫か、リオン」
「ああ、大したことねぇよ。それより、マスターの奴、めちゃくちゃ怒ってるな」
「当然でしょう」
メイが、静かに答える。
「仲間を傷つけられた怒りは、本物です。今のマスターの動き、明らかに、これまで以上の鋭さがあります」
と、後で二人から聞かされたのは、戦いが終わってからのことだ。戦っている最中の俺には、そんな会話に耳を傾ける余裕などなかった。
* * *
戦況は、徐々に、こちらの優勢へと傾き始めていた。ガルドの一撃一撃は、確かに重い。
だが、その動きは、単純で、直線的だった。対する俺は、剣の間合いと速度を活かし、確実にガルドの攻撃を捌きながら、着実にダメージを蓄積させていく。
「くっ……速い……!」
ガルドの呼吸が、次第に荒くなっていった。全身には、既に、無数の傷が刻まれている。
「まだ、続けるか?」
剣を構えたまま、尋ねた。
「無論だ! 俺は、負けを認めるまで、決して戦いをやめん!」
ガルドが、雄叫びを上げながら、再び突進してくる。だが、その動きは、明らかに精彩を欠き始めていた。
「終わりだ」
正確にガルドの懐へと飛び込み、剣の柄で、その鳩尾を強く突く。
「ぐはっ……!」
ガルドが、大きく仰け反った。その隙を逃さず、剣の腹で、ガルドの手から戦斧を弾き飛ばす。
巨大な戦斧が、地面に突き刺さった。ガルドは、そのまま、膝から崩れ落ちる。
「くっ……参った……」
荒い息を吐きながら、ガルドが呟いた。その顔には、敗北の悔しさよりも、むしろ、清々しいような表情が浮かんでいる。
「はは……本当に、噂以上の男だったな、お前は」
「もう戦う気力ねぇなら、大人しくしとけ」
剣を鞘に収めながら、低い声で言った。
「言っとくが、仲間を傷つけたことについては、許すつもりはねぇからな」
「分かっている。それについては、詫びよう」
ガルドは、意外にも、素直にそう言った。
「元々、そういうつもりではなかったんだ。お前を戦いに引き込むための、脅しのつもりだった。それが、結果的に、あの小柄な仲間を傷つけてしまったことは、事実だ」
「言い訳になってねぇよ」
「分かっている。だからこそ、詫びると言っている」
ガルドは、地面に額をつけるようにして、深く頭を下げた。その巨体からは想像もつかない、殊勝な態度だった。
「戦士として、卑劣な手段を用いたことを恥じる。すまなかった」
その様子を見ているうちに、少し毒気を抜かれたような気分になる。
「次はねぇからな」
「無論だ。二度と、卑劣な真似はしない」
ガルドは、そう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「セロ、と言ったな。お前の実力、しかと見せてもらった。噂以上の男だった」
「別に、褒められたくて戦ったわけじゃねぇよ」
「分かっている。だが一つ、言わせてくれ」
ガルドの表情が、真剣なものへと変わる。
「俺は、神託連盟の四天王という立場にいるが、レオン様の思想の全てに、心酔しているわけではない」
「どういう意味だ」
「あの方の合理性は、確かに、この世界を効率的に管理する上では、正しいのかもしれない。だが、俺は、戦士として、強者と全力でぶつかり合う、その瞬間の喜びこそが、生きている証だと思っている」
ガルドは、そう言いながら、地面に突き刺さった戦斧を、静かに引き抜いた。
「お前との戦い、悪くなかった。また、いずれ相まみえることもあるだろう。その時は、正々堂々と戦おうじゃないか」
「勝手に言ってろ」
素っ気なく答えながらも、口元には、わずかな苦笑いが浮かんでいたと思う。
ガルドは、そのまま、踵を返して森の奥へと去っていった。
「終わったか」
ロビンが、緊張を解くように、大きく息を吐く。
「マジで、化け物みてぇな強さだったな、あいつ」
リオンが、まだ興奮冷めやらぬ様子で言った。
「にしても、マスターも大概だけどな。あんな化け物、あっさりねじ伏せてたじゃねぇか」
「魔王剣の力、っていうのもあるだろうけどな」
自分の手を見下ろしながら、静かに呟く。確かに、剣の力は、これまでにない威力を発揮していた。だが、それだけではない、という実感もあった。
(仲間が傷つけられて、頭に血が上った瞬間、力の出方が、明らかに違った)
怒りが、力に変わる。それは、決して悪いことばかりではないのかもしれない。だが同時に、その感覚の中に、微かな危うさを感じていたのも、事実だった。
「メイ、リオンの傷は、大丈夫なのか?」
改めて、尋ねる。
「ええ、既に治療は済んでいます。数日もすれば、完全に治るでしょう」
「そうか……悪かったな、俺が油断してたばっかりに」
「油断していたのは、あなたではなく、私たちです」
メイが、静かに首を振った。
「油断させたのは、向こうの奇襲です。あなたが責任を感じる必要はありません」
その言葉に、小さく頷く。
「とにかく、無事で良かった」
改めて、仲間たちの顔を見渡した。ロビンが、力強く頷く。リオンが、いつもの調子で笑う。メイが、静かに微笑む。
「喧嘩売られたら買う、か」
ロビンが、改めて、ギルドのスローガンを口にした。
「今日ほど、あの言葉が似合う戦いはなかったな」
「まったくだ」
そう答えながら、拠点への帰り道を歩き始める。この戦いが、神託連盟との対立を、決定的なものにするだろうという予感は、確かに胸の中にあった。




