第18話 「四天王・血戦士ガルド」
街での評判が、少しずつ好転し始めた頃。俺たちは、拠点の整備を兼ねて、シルヴァーナ近郊の資材集めに出かけていた。
「にしても、最近平和だよな」
リオンが、荷物を担ぎながら、のんびりとした口調で言う。
「油断すんな」
ロビンが、すぐさま釘を刺した。
「神託連盟が、大人しく引き下がるとは思えねぇ」
「分かってるって。ただ、なんつーか、久々に穏やかな日々だなって」
リオンの言葉に、内心では同意していた。依頼をこなし、村人たちに感謝され、街での評判も上向いている。それは、決して悪くない日々だった。
だが、その平穏は、あっけなく破られることになる。
「お前がセロか!」
突如として響いた、野太い声。森の入り口に、一人の巨漢が立っていた。
鋼のような筋肉を纏った体躯は、ロビンよりも、さらに一回り大きい。手には、人の背丈ほどもある、巨大な戦斧を携えていた。
「誰だよ」
警戒しながらも、素っ気なく答える。男の顔には、見覚えがなかった。
「俺の名を知らんとは、いい度胸だな! 俺は、神託連盟四天王が一人、血戦士ガルドだ!」
男、ガルドは、胸を張って名乗った。その全身から、隠しきれない戦闘への渇望のようなものが、滲み出ている。
「四天王」
ロビンが、警戒するように盾を構えた。
「聞いたことねぇな、そんな中二病の肩書き」
「聞いたことがなくとも、これから知ることになる! お前が、あの噂の者だな!」
ガルドの目が、獲物を前にした獣のように、爛々と輝いていた。
「俺と戦え! この大陸中で噂になってるお前の実力、この目で確かめたい!」
「嫌だ」
迷いなく、そう答えた。
「な……!?」
ガルドの表情が、あからさまに固まる。
「な、なぜだ!? 俺との戦い、恐れているのか!?」
「疲れる」
その一言に、ガルドだけでなく、仲間たちまでもが、思わず沈黙した。
「は……? 疲れる、だと……?」
ガルドの顔が、みるみる紅潮していく。
「俺との戦いを、そんな理由で拒むというのか!?」
「だって、理由もなく戦う意味がねぇだろ。お前とは初対面だし、恨みもねぇ。わざわざ喧嘩売られる理由、ねぇじゃねぇか」
淡々と返すと、ガルドは、明らかに困惑していた。どうやら、彼にとっては、想定外の反応だったらしい。
「お、お前、本当にあの噂の男か? もっと、こう、覇気に満ちた戦闘狂だと聞いていたが」
「誰がそんな噂流したんだよ」
「知らん、噂は噂だ!」
「適当だな、おい」
思わず、呆れた声が出た。リオンが、堪えきれずに、小さく吹き出す。
「悪ぃな、旦那。うちのマスター、こういう無駄な戦いは基本的に嫌がるタイプなんだわ」
「無駄な戦い、だと……!? 戦いに無駄などない! 俺にとって、強者との死闘は、この上ない喜びなのだ!」
ガルドが、熱弁を振るう。その様子は、どこか滑稽ですらあった。
「悪いが、俺は違う。戦うなら、ちゃんと理由がねぇとな」
「理由なら、俺が与えてやる!」
ガルドが、戦斧を構える。
「俺との一騎打ちで負けたら、神託連盟に忠誠を誓う! それでどうだ!」
「勝手なルール決めるなよ、誰がそんな条件飲むかよ」
あくまで冷静に、ガルドの提案を突っぱねた。その徹底した無関心ぶりに、ガルドは、次第に苛立ちを募らせていく。
「くっ、ならば、力ずくでも戦ってもらうまで!」
ガルドが、戦斧を振りかぶった。その矛先は、俺ではなく、一瞬、傍らに立っていたリオンへと向けられる。
「ちょ、おい」
リオンが、慌てて後退した。だが、避けきれない。巨大な戦斧の刃が、リオンを掠めた。
「うわっ……!」
リオンが、地面に転がる。浅くはあったが、腕から、確かに血が滲んでいた。
「リオン!」
メイが、すぐさま駆け寄る。
その光景を目にした瞬間、俺の中で、何かが切り替わった。
「――」
これまでの、飄々とした態度が、嘘のように消え去る。代わりに、静かな、しかし底知れない怒気が、全身から立ち上り始めた。
「仲間に、手ぇ出したな?」
自分でも驚くほど、低く、抑揚のない声だった。だが、その静けさこそが、何よりも恐ろしかったらしい。ガルドが、思わず一歩、後ずさる。
「な、なんだ、その目」
剣を抜きながら、ゆっくりとガルドへ近づいていった。
「理由もなく戦うのは嫌いだって言ったよな」
「あ、ああ」
「でも、今、理由ができた」
自分の瞳に、これまでとは明らかに違う、獰猛な光が宿っているのが分かる。
「仲間を傷つけた奴を、許す理由がどこにある?」
その言葉に、ガルドの中で、先ほどまでの好戦的な笑みが、少しずつ、恐怖に変わっていくのが見て取れた。
だが、それでも、戦士としての矜持からか、ガルドは戦斧を構え直す。
「面白い! それでこそ、戦う価値がある相手というものだ!」
その言葉と同時に、ガルドが、猛然と突撃してきた。巨大な戦斧が、唸りを上げて振り下ろされる。それを、正確に剣で受け止めた。金属同士がぶつかる、凄まじい衝撃音が響き渡る。
「くっ……!」
ガルドが、驚愕の表情を浮かべた。これまで、正面から戦斧の一撃を受け止めた相手など、ほとんどいなかったのだろう。
「言っとくが」
低い声で、告げる。
「手加減するつもりは、ねぇからな」
その言葉とともに、地を蹴った。ガルドの目には、俺の姿が、一瞬にして消えたように映ったはずだ。あまりの速さに、目が追いつかなかったのだろう。
「――ッ!?」
気づいた時には、既に、俺の剣が、ガルドの目の前に迫っていた。




