第17話 「聖女の嫌がらせ」
シルヴァーナ近郊に拠点を構えてから、数日が過ぎた。
星屑の誓約は、少しずつ、この世界での活動基盤を固めつつある。
「マスター、大変だ!」
朝早く、リオンが、慌てた様子で拠点に駆け込んできた。
「どうした」
「例の依頼、横取りされた!」
「依頼?」
「ほら、シルヴァーナの外れにある村から受けてた、魔物討伐の依頼だよ!」
記憶をたどる。数日前、フィリアを通じて受けた依頼だった。
近隣の村を襲う魔物の群れを討伐してほしいという、村人たちからの切実な要望だ。
「横取りって、どういうことだ」
「神託連盟の連中が、先に依頼を受けたって言われてよ。村長が困った顔してた」
眉をひそめた。
「俺たちが受けてた依頼だろ。それを、後から割り込んで横取りしたのか」
「たぶんな。しかも、村人たちに『星屑の誓約は、依頼を放置している無責任なギルドだ』って、吹き込んでるらしい」
その報告に、メイが静かに口を開く。
「明らかに、意図的な妨害ですね」
「沙耶か」
低い声で呟いた。その名前を口にした瞬間、脳裏に、あの日の光景が蘇る。
(くだらねぇ真似しやがって)
単なる偶然とは、とても思えなかった。
「他にも、色々あるみたいだぜ」
リオンが、さらに続ける。
「街の商人たちが、うちのギルドに物資を売ってくれなくなった。理由を聞いたら、神託連盟が、先回りして買い占めてるらしい」
「買い占め」
「それだけじゃねぇ。うちのメンバーが宿屋の予約を急にキャンセルしたって話も聞いた」
ロビンが、腕を組みながら唸った。
「露骨な嫌がらせだな。しかも、ちゃんと理由をつけて、表向きは合法的に見せかけてやがる」
拳を握りしめる。怒りが、静かに、しかし確かに込み上げてきた。
だが、それと同時に、冷静な部分が、状況を分析している。
(ここで感情的になって、向こうと同じ土俵で喧嘩を始めたら、それこそ相手の思う壺だ)
「どうする、セロ」
ロビンが、判断を仰ぐように尋ねてくる。
「まずは、村の状況を確認しに行く」
静かに答えた。
「依頼が横取りされたなら、その村が、ちゃんと守られてるかどうかが問題だ。神託連盟の連中が、本当に魔物を討伐する気があるならいいが」
「そうじゃなかったら?」
「そうじゃなかったら、村人たちが、危険に晒されたままってことになる」
四人は、すぐさま、依頼のあった村へと向かった。
村に到着した俺たちの目に飛び込んできたのは、想像していた以上に、荒れた光景だった。
畑の一部が、魔物に踏み荒らされている。村の柵の一部も、大きく破損したままだ。
「全然、対応されてねぇじゃねぇか」
リオンが、呆れたように呟く。
村人たちに話を聞くと、神託連盟の冒険者たちは、確かに一度村を訪れたものの、実際の討伐作業は、まったく行われていないという。
「あの方々は、村の入り口で少し様子を見ただけで、すぐに立ち去ってしまいました」
村長らしき老人が、疲れきった表情で語った。
「魔物は、あれから毎晩のように現れて、もう、どうすればいいのか」
「俺たちが、討伐する」
迷いなく、言い切った。
「え、しかし、依頼は既に神託連盟の方々に」
「関係ねぇよ。あんたらが困ってるなら、それを放っておく理由はねぇ」
村長の目に、驚きと、そして深い安堵の色が浮かぶ。
「本当に、よろしいのですか」
「当たり前だろ」
剣の柄に手をかけながら、村の外れに広がる森を見つめた。
「困ってる奴は放っておけねぇ。それが、うちのギルドのやり方だ」
その日の夜、俺たちは、村を襲う魔物の群れを、徹底的に討伐した。
ロビンが前線で群れを引きつけ、リオンが的確に急所を突き、メイの魔法が広範囲を制圧する。
そして、俺が全体を指揮しながら、最も危険な個体を確実に仕留めていく。連携の取れた戦闘は、あっという間に終わった。
「終わったな」
剣を鞘に収めながら呟く。村人たちは、遠巻きにその様子を見守っていた。誰もが、安堵の表情を浮かべている。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
村長が、涙ながらに何度も頭を下げてきた。
「あなた方こそ、本当の意味で、私たちを助けてくださった」
「大したことじゃねぇよ」
素っ気なく答えながらも、胸の内には、確かな満足感が広がっていた。
だが、事態は、それで収まらなかった。数日後、シルヴァーナの街中に、奇妙な噂が広がり始める。
「星屑の誓約って、依頼をこなさない無責任なギルドなんだろ?」
「いや、この間、ちゃんと村の魔物討伐やってたって聞いたぞ」
「でも、最初は依頼放置してたって話じゃねぇか」
「本当のところは、よく分からねぇな」
街の人々の間に、事実とは異なる噂が、少しずつ浸透していた。
「これは」
街の様子を見て回っていたメイが、険しい表情で戻ってくる。
「神託連盟が、意図的に流している噂のようです。星屑の誓約が、依頼を放置する無責任なギルドだという印象を、街の人々に植え付けようとしています」
「くそ、ここまでやるかよ」
ロビンが、苦々しげに舌打ちした。
「反論した方がいいんじゃねぇか? このままじゃ、あることないこと言われっぱなしだぞ」
リオンが、苛立たしげに言う。しばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。
「放っておく」
「は? マジかよ」
「言葉で反論したところで、水掛け論になるだけだ。それより、俺たちがやるべきことをやる方が、よっぽど説得力がある」
「やるべきことって」
「困ってる奴を、片っ端から助ける」
迷いなく、言い切る。
「噂なんて、行動が全てを証明してくれる。俺たちは、これまで通り、目の前で助けを求めてる奴を、助け続ければいい」
その言葉に、三人は、しばし顔を見合わせた後、それぞれ頷いた。
「セロらしいな」
ロビンが、小さく笑う。
「分かった、それでいこう」
それから、星屑の誓約は、これまで以上に、街の人々からの依頼に精力的に応え始めた。
小さな困り事から、危険な魔物の討伐まで。誰かが助けを求めていれば、迷わず駆けつける。その姿勢は、決して派手なものではなかった。
だが、確実に、街の人々の間に、変化をもたらしていく。
「聞いたか、星屑の誓約が、また誰かを助けたって話」
「ああ、今度は、行商人が盗賊に襲われてたのを、助けたらしいな」
「無責任なギルド、なんて噂、本当だったのかよ」
「むしろ、逆じゃねぇか。あそこまで真面目に依頼こなしてるギルド、他に見たことねぇぞ」
街の噂は、少しずつ、しかし確実に、風向きを変えていった。神託連盟が流した悪評は、実際の行動の積み重ねの前に、次第に力を失っていく。
「マスター、聞いたか?」
ある日、リオンが、興奮した様子で報告してきた。
「街の商人組合が、うちのギルドを『信頼できるギルド』として、正式に推薦してくれるって話が出てるらしいぜ」
「マジか」
「マジだって! しかも、あの依頼を横取りされた村の連中も、街中でうちの評判を広めてくれてるらしい」
少し驚きながらも、静かに笑みが浮かんだ。
「人を助けるから、人が集まる。それだけのことだ」
その言葉に、メイが、静かに頷く。
「その通りです。力だけで人を惹きつけようとしても、それは、恐怖による支配にしかなりません。神託連盟のやり方が、まさにそれでしょう」
「対照的だな、確かに」
ロビンも、感慨深げに言った。
「あっちは力で押さえつけて、こっちは……」
「困ってる奴を、放っておかねぇだけだ」
静かに、しかし確かな誇りを込めて言う。その姿勢が、少しずつ、この世界における、星屑の誓約という名前の意味を、作り上げつつあった。
単なる強力なギルドとしてではなく、頼れる、信頼できるギルドとして。




