第16話 「神託連盟」
シルヴァーナに戻った俺たちは、その足でフィリアのもとを訪れた。
「魔王剣ですか」
報告を受けたフィリアは、しばらく言葉を失っていた。
「絶滅種の生き残りというだけでも、十分な驚きでしたのに……まさか、伝説にしか残っていない魔王剣の適合者まで現れるとは」
「伝説にしか残ってない、ってことは、やっぱりあの剣、実在したんだな」
尋ねると、フィリアは頷く。
「ええ。千年前、勇者と魔王が相討ちになったという伝承は、この大陸のどこでも語り継がれています。ですが、その魔王が使っていたとされる剣の行方は、誰も知りませんでした」
「それが、あんな場所に隠されてたわけか」
「しかも、ゲームのデータには存在しない部屋に、です」
メイが、補足するように言った。
「その事実は、決して軽視できません。この世界が、単純にゲームの延長線上にあるわけではない、ということの証明でもあります」
フィリアは、深刻な表情で頷く。
「あなた方の報告、しかと受け止めました。そして、もう一つ、報告があるのですね」
「ああ」
神託連盟について、そして沙耶との再会について、簡潔に説明した。話が進むにつれて、フィリアの表情がみるみる険しくなっていく。
「神託連盟」
「知ってるのか」
「知らない者はいないでしょう。ここ最近、急速に勢力を拡大している組織です。表向きは、この世界の秩序を守るための互助組織を名乗っていますが」
「表向きってことは、裏があるのか」
「実態は、力による支配です」
フィリアの声には、明確な嫌悪が滲んでいた。
「彼らは、異界からの来訪者、あなた方のような存在を積極的に取り込み、圧倒的な戦力で、周辺の街や村を『保護』という名目で、実質的な支配下に置いています」
「保護ねぇ」
先ほど目にした光景を思い出す。土下座させられていた冒険者。その様子を、当たり前のように見下していた沙耶。
(あの女が所属してる組織なら、まあ、納得できる話だな)
「総帥は、レオンという男です」
フィリアが続けた。
「彼もまた、異界からの来訪者だと言われています。あなた方より、少し早くこの世界に来たとか」
「レオン」
その名前を、頭の中に刻み込む。
「どんな奴なんだ」
「実際に会ったことはありませんが、噂では、非常に合理的で、冷酷な人物だと」
フィリアの声が、わずかに低くなった。
「彼は、この世界の住人たちを、対等な存在としては見ていないと言われています」
「対等な存在として見てないって、どういうことだ」
「文字通りの意味です。彼にとって、この世界の住人たちは、目的を達成するための、道具でしかないのでしょう」
その言葉に、背筋を、冷たいものが這い上がった。
* * *
大陸の中央部に位置する、神託連盟の本拠地。かつての王城を改修して作らせた巨大な要塞の一室で、私は報告書に目を通していた。
「総帥」
扉が開き、沙耶が入ってくる。先ほどまで街道で見せていたであろう高圧的な態度は影を潜め、緊張した面持ちで、深く頭を下げていた。
この女は、私の前でだけは、こうして従順な仮面を被る。その処世術の巧みさは、評価に値した。
「報告があります」
「聞こう」
書類から目を離さないまま、短く答える。
沙耶は、街道で出会った、異界からの来訪者らしき男について、簡潔に報告した。絶滅種のハーフエルフであること。エルフの王女と接触していること。
そして、その男が、明らかに自分と何らかの因縁を持っていること。
最後の部分については、意図的に、詳細を伏せているようだった。声の調子と視線の動きで、それは容易に読み取れる。
「興味深いな」
報告を聞き終えて、初めて書類から顔を上げた。
「絶滅種の生き残りか。この世界の設定にも、そんな種族は記録されていたはずだ」
「総帥は、ご存知だったのですか」
「知っていた。ゲーム時代のデータには、確かにその種族が存在した。単なる選択可能な種族の一つとしてな」
口元に、冷たい笑みが浮かぶ。もし、その男が本当にハーフエルフとして転移したのだとすれば、この世界とゲームの因果関係を紐解く、重要な手がかりになるかもしれない。
「その男を、確保するのですか」
「いや、まだその段階ではない」
立ち上がり、窓の外を見つめた。眼下には、支配下に置いた街の様子が広がっている。整然と管理された街並みだが、そこに漂う空気は、決して自由なものではない。それでいい。秩序とは、そうして作られるものだ。
「監視だけしておけ。動くのは、その男の力を正確に見極めてからでいい」
「畏まりました」
沙耶が、深く頭を下げる。
「ところで」
ふと思い出したように、口を開いた。
「先ほどのお前の報告によれば、その男は知り合いであるようだったが」
沙耶の肩が、びくりと跳ねる。
「そ、それは」
「別に、詳細を話す必要はない。ただ、私情で判断を誤るなよ」
声に、感情の起伏は込めなかった。
「利用できるものは利用する。それが、この世界で生き残るための、唯一の合理的な選択だ」
「肝に銘じます」
沙耶が去った後、一人残された部屋で、再び窓の外の景色に目を向ける。
NPC。
この世界に生きる者たちを、私はそう呼び続けている。
彼らがどれだけ人間らしい感情を見せようと、どれだけ本物らしい振る舞いをしようと、結局は、このシステムが生成した、精巧なプログラムに過ぎない。
それが、私の揺るぎない持論だった。
もちろん、この世界が単なるゲームではないという可能性は、私自身も認識している。
だが、それでも彼らを「人間」として扱う必要性は、感じなかった。目的を達成するための、駒。
それ以上でも、それ以下でもない。その割り切りこそが、私をこの世界で最も合理的に立ち回れる者たらしめていた。
街の管理。資源の確保。軍事力の増強。全てを、感情を排して、効率よく進めていく。その結果として、神託連盟は、この短期間で、大陸有数の勢力へと成長した。
(あの男、セロ、といったか)
報告書に書かれていた名前を、改めて目にする。絶滅種のハーフエルフ。これまで確認された異界からの来訪者の中でも、明らかに異質な存在だった。
もし、こちらの理念に賛同するなら、有用な戦力になるだろう。
もし、そうでなければ、排除すべき障害になる可能性もある。いずれにせよ、セロという男の動向は、今後、注視すべき対象になった。
* * *
「レオンとやら、危険な思想を持ってそうだな」
フィリアの前で、ロビンが腕を組みながら言った。
「この世界の住民を道具と見てるって話、俺は正直、気に食わねぇ」
「私も同意見です」
メイが、静かに頷く。
「フィリアさんに申し訳ないのですが、この世界の住人が、単なるプログラムなのか、それとも意思を持った存在なのか。私には、まだ確証はありません。ですが……いつの間にか」
「関係ねぇよ、そんなこと」
遮るように言った。
「あいつらが、笑ったり、泣いたり、怖がったりしてるなら、それはもう、人間だろ」
その言葉に、フィリアが、驚いたように目を見開く。
「セロ」
「理屈とか、設定とか、どうでもいい。目の前で助けを求めてる奴がいたら、助ける。それだけだ」
自分でも、驚くほど迷いのない声が出た。
「レオンって奴とは、たぶん、根本的に相容れねぇ考え方だろうな」
「それは、私も同感だ」
ロビンが、力強く頷く。
「マスターの言う通りだよ。理屈がどうこうより、目の前で困ってる奴を助けるのが、俺たちのギルドのやり方だ」
リオンも、いつになく真剣な表情で同意した。メイは、静かに、その場の全員を見渡す。
「星屑の誓約と、神託連盟」
彼女の声には、これから先の道のりを予感させる、確かな緊張感が滲んでいた。
「両者の理念は、明らかに対立するものです。いずれ、この二つの勢力は、衝突することになるかもしれません」
「上等じゃねぇか」
静かに、しかし力強く答える。
「喧嘩売られたら買う。それが、うちのスローガンだろ」
この世界で、確かに芽生え始めた対立の火種は、まだ誰も、その本当の大きさに気づいていなかった。




