第13話 「ダークロード」
【魔王剣《終焉の黒刃》】
【所有者:セロ】
【適合率:100%】
その表示を見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。
「魔王剣って……」
リオンが、恐る恐る近づいてくる。
「魔王って、あれだろ? 千年前とかに、勇者に倒されたっていう、あの魔王か?」
「たぶんな……」
手の中の剣を、まじまじと見つめる。黄金と白銀に輝く刀身は、先ほどまでの禍々しい漆黒とは、まるで別物だった。
「見た目は完全に勇者の剣なのに、中身は魔王剣、どういうことだよ、これ」
「私にも分かりません」
メイが、警戒するような視線で剣を見つめながら言った。
「ただ、少なくとも今の状態からは、先ほどまでのような禍々しい魔力は感じられません。むしろ、浄化されたような、澄んだ気配すら感じます」
「浄化……」
剣を、軽く振ってみる。驚くほど軽い。まるで、最初から自分の手のために作られていたかのような、自然なフィット感があった。
その時、視界に新たな表示が浮かび上がる。
【職業変更を確認】
【エレメントソードマスター】 → 【ダークロード】
「……は?」
その文字を、二度見してしまった。
「職業まで、変わったのか」
ロビンが、痛む腕をさすりながら、興味深そうに覗き込んでくる。
「ダークロード……? なんつー物騒な名前だよ」
リオンが、少し引いたような顔をした。ステータス画面を、改めて開く。
【セロ】
【Lv99】
【種族:ハーフエルフ】
【職業:ダークロード】
【HP:14820/14820】
【MP:12440/12440】
【攻撃力:大幅上昇】
【魔力:大幅上昇】
【特殊スキル:闇属性適性・大】
数値の変化は、明らかに常識外れだった。HPもMPも、ほぼ倍近くまで跳ね上がっている。その圧倒的な数値を見て、ぽつりと呟いた。
「名前がダサい」
その一言に、部屋の空気が、一瞬止まる。
「――は?」
リオンが、目を丸くした。
「え、今、そこ? そこにツッコむところ?」
「いや、だって、ダークロードって、なんか、厨二病っぽくねぇか?」
「厨二病って!」
リオンが、耐えきれずに吹き出した。
「ぶはっ、あはははは! マスター、世界最強クラスの職業に変わって、第一声がそれかよ!」
腹を抱えて笑い転げるリオンを見て、ロビンも堪えきれずに肩を震わせ始める。
「いや、悪いけどセロ、それはさすがに笑うわ」
「なんでだよ! 大事なことだろ、名前!」
「大事なことかもしれねぇけど、優先順位おかしいだろ!」
メイが、額を押さえながら、深いため息をついた。
「マスター、世界最強クラスの職業に変わっておいて、第一声それですか」
「いや、だってよ、ダークロードって、こう、なんつーか」
「もういいです、マスターのそういうところ、今更ですし」
メイの冷たい視線に、口を閉ざすしかなかった。だが、その冷たさの奥に、確かな安堵が滲んでいることには気づいていた。
あれだけの反動を受けた末の変化だ。もし何か取り返しのつかないことになっていたら、そんな不安が、この場にいた全員の中にあったはずだった。
その緊張が、俺の間の抜けた第一声によって、一気に緩んだらしい。
「にしても」
ロビンが、笑いを収めながら、改めて剣を見つめる。
「本当に、セロだけが持てたんだな」
「ああ、正直、理由は分からねぇ」
改めて、剣を見下ろした。適合率100%。その数字が示す意味は、まだ何も明らかになっていない。
「メイ、お前の見立てだと、どうなんだ?」
尋ねると、メイは少し考え込んでから答える。
「先ほども言った通り、魔力の質が、私たちとは根本的に噛み合わなかったのだと思います。ただ――」
「ただ?」
「なぜ、マスターだけが適合したのか。それは、単純な種族や職業の相性だけでは説明がつかない気がします」
「どういう意味だ」
「感覚的な話で恐縮ですが、あの剣が求めていたのは、力の強さではなく、もっと別の何かだったように思えるんです」
メイの言葉に、剣を握った瞬間に流れ込んできた、あの映像を思い出した。
燃える街。崩れる城壁。誰かの、悲痛な叫び。
(あれは、何だったんだ……)
考えても、答えは出なかった。
「まあ、理由はともかく」
リオンが、気を取り直したように言う。
「マスターが最強クラスの力を手に入れたのは、悪いことじゃねぇだろ。むしろ、この世界を生き抜く上では、心強いんじゃないか?」
「それはそうだが……」
素直に喜べない自分に、気づいていた。得体の知れない力を手にしたことへの、漠然とした不安。それが、胸の奥に、小さな棘のように刺さっている。
「セロ、少し試してみるか? 新しい力とやらを」
ロビンが、興味深げに提案した。
「試すって、どうやって」
「軽く素振りでもすりゃ、感覚くらいは掴めるだろ」
少し躊躇いながらも、剣を構えてみる。驚くほど自然に、体が馴染んだ。
「――」
軽く一閃してみる。空気を裂く音が、想像以上に鋭かった。
「うおっ……」
リオンが、思わず後ずさる。
「今の、ただの素振りだよな? なんつー威力だよ」
「言われてみりゃ、確かに」
自分でも、その手応えに驚いていた。エレメントソードマスターだった頃とは、明らかに違う感覚だ。
より重く、より鋭く、そして、どこか、底知れない何かを感じさせる力だった。
「……悪くねぇな」
小さく呟く。得体の知れない不安はあるものの、この力が、これから先の道のりで、仲間を守るための武器になることは間違いない。
「よし、そろそろ戻るか」
剣を鞘に収めながら言った。
「この部屋のこと、成果のこと、フィリアにも報告した方がいいだろうしな」
「賛成だ」
ロビンが頷く。
「早いとこ、この痺れも治しときたいしな」
「あなたの怪我は、既に治療済みでしょう」
「気分の問題だよ、気分の」
軽口を叩き合いながら、四人は台座を離れ、隠し通路を戻り始めた。
その時だった。視界に、誰にも見えない小さな表示が、一瞬だけ浮かび上がる。
【魔王因子を確認】
一瞬のことで、すぐに消えてしまった。
「……ん?」
思わず、足を止める。
「どうした、マスター」
「いや、今、なんか変な表示が」
「変な表示?」
「魔王因子、とかいう文字が、一瞬見えた気がしたんだが」
その言葉に、三人の表情が、わずかに強張った。
「魔王因子って」
リオンが、掠れた声で呟く。
「確認しようとしたけど、もう消えてる」
改めてステータス画面を開いてみたが、そこには先ほど確認した通りの情報しか表示されていなかった。
「気のせい、かもしれねぇ」
そう言いながらも、胸の奥には、拭いきれない不安が、確かに残っている。魔王の剣。ダークロードという職業。
そして、魔王因子。一つ一つの言葉が、これから先の道のりに、何か大きな影を落としているような、そんな予感がしていた。
「とにかく、今は戻ろう」
その不安を振り払うように言った。だが、心のどこかで、確かに理解していた。
この剣を手にしたことで、自分は、何か取り返しのつかない道に、足を踏み入れてしまったのかもしれない。
四人は、無言のまま、隠し通路を戻っていく。その足取りには、先ほどまでの軽やかさとは、わずかに違う緊張感が滲んでいた。




