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今頃になって高校時代の彼女がNTRされていたと知ったけど、今の僕にはノーダメージ  作者: 遼魔


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08.先輩(孝哉・大学時代①)

孝哉の回想(大学時代編)が3話続きます。

 新宿にある東雲(しののめ)大学に入学した僕は大学デビューに失敗した。

 講義は真面目に受けている。ただ、休み時間も、食事も、帰りも、基本的に一人ぼっちだった。


 失恋の痛手を心の奥底にしまい、受験勉強に専念して志望大学に合格したまでは良かった。

 しかし、心の中では失恋で受けた傷が癒えてなかった。未だに凛のことを引きずっていたみたいだ。


 入学当初から話しかけてきた女子学生に対して、ろくな反応ができなかった。

 日が経つと共に形成されていく男女グループのどこにも加われなかった。サークルにも入る気になれなかった。


 5月以降の前期中、大学で話したのは僕と同じようなボッチの男子学生。あるいは宗教か政治絡みのサークル勧誘をしてきた先輩くらいだった。


 バイト以外は大学とアパートを往復するだけの生活。(まかない)目当てで決めた大衆食堂のバイトは親の歳に近いおじさんおばさんばかりで気兼ねなく済む。

 夢見ていたキャンパスライフとは少しばかり違っていたけど、別に問題ない。一人の方が気が楽さ。そう思って過ごしていた。


 残暑が和らぎ始めた9月下旬の金曜日。午後の講義が終わって帰りの電車に揺られていた。

 ちょうど帰宅ラッシュの時間に差し掛かっていた。電車は混んでいて、右手でつり革、左手にリュックを持っていた。電車内では背負うと迷惑になるので、前に回すか手に持つのがマナーらしい。


 その日はバイトはなかった。帰りにスーパーで買い物し、何か料理を作ろうか。一人暮らしに慣れたとはいえ、ちゃんと作れる料理は少ない。麺か炒めものが多い。

 そうだ。カレーで金土日を済ませてしまおうか。なんて考えながら、窓の外に流れていく街並みを眺めていた。


「この人痴漢です!」


 突然、左の方から声が聞こえた。さっきまでサラリーマンに挟まれていたと思っていたが、途中駅の乗り降りで人が動いたらしく、左隣には女子高生が二人いた。すぐ隣にいた長い黒髪の子が俺をまっすぐに見つめている。目元のきつい美人だけに僕を睨む顔が怖い。というか、僕のことを言ってんの?

 いつの間にか左手首を掴まれている。その手にはリュックを持っているんだが。


「なんだ?」「痴漢?」「痴漢だって!?」「その男か?」


 周囲がざわめいている。


「何を言っているんだ?」

「ひとまず、降りようか?」


 ちょうど電車がホームに滑り込むところで、減速していた。僕の右肩を後ろにいた背の高いサラリーマンが強い力で押さえた。


「なんで僕が? 痴漢なんてしてませんよ。だって両手塞がって」

「言い訳はいいから。ほら」

「ちょっ、待って。聞いてください!」


 さらに加勢したようで、僕は男性二人がかりでホームに引きずり降ろされた。


「だから痴漢なんかしてないって!」

「でも、彼女たちがしたって言ってる」

「勘違いか人違いでしょ!?」

「しらばっくれるなんてひどい!」

「この男、サイテーなんです! 私のお尻触ってきた!」


 逃走防止のためか、僕は左右から男性に掴まれていた。前に立つ女子高生二人組が勝手なことを言っている。

 暇人が多いのか、遠巻きにされた上、スマホで勝手に撮影している人たちまでいた。


 痴漢冤罪の話は聞いていた。一度疑いをかけられたら、それを晴らすのは非常に困難。留置所に入れられて、会社や学校や家族にばれて、人生が詰むって。

 確かに痴漢は卑劣な犯罪だ。でも、僕はやっていない。なんで被害者の言葉を鵜呑みにして、僕の意見は通らないんだ!?

 このまま駅員か警察が呼ばれたらまずい……。


「その人、痴漢してませんよ。冤罪です!」


 喧噪の中、その澄んだ声は意外によく聞こえた。誰もが声の主を見た。

 歳の頃は僕より少し年上に見えた。背が高くて黒髪ショートヘア。切れ長の美しい目は意志の強さを窺わせる、凛とした印象の女性だった。


「私、近くで座って見ていました。だいたい、彼は両手が塞がっていましたよね?」


 心強い援軍に僕はコクコクと頷いた。


「マジ?」「冤罪?」「本当か?」


 彼女の登場と発言により、場の雰囲気が変わった。慌てたのは女子高生たちだ。


「冤罪なんかじゃねーし! 本当にスカートめくられて触ってきたから!」

「そうだよ! あたしも見てた!」

「それこそ、嘘でしょ。あなたのスカートはめくれてなかった。そっちのあなたはスマホしか見てなかったでしょ。だいたい、乗ってすぐにあなたたちは彼を見て、こそこそ話をしていたわ。まるで何か企んでいるみたいに」

「なっ、なんで女なのに、男を庇うんだよ?」

「男女関係ない。あなたたちがやっているのは立派な犯罪よ。さぁ、警察に行きましょうか?」

「くっ!」


 女子高生二人組はその場から逃走した。

 痴漢騒ぎの時、僕はすぐに拘束されたのに、あの二人組は邪魔もされずに逃げ延びた。世の中は不公平だと思った。


 集まっていた人たちが散った後、僕は深く頭を下げて彼女にお礼した。


「おかげで助かりました」

「たいしたことじゃないわ。頭を上げて」


 痴漢冤罪をかけてきた二人組を糾弾していた時の鋭い目つきとはうって変わって、彼女は優しそうに微笑んだ。


「キミ、東雲大(うち)の一年でしょ?」

「えっと……先輩ですかね?」

「憶えてないからしら? 私、キミのおかげで助かったことあるの。やっと恩返しができたわ」


 大学に入って以来、女子の顔を見て喋れたことは皆無だ。ましてや自分より背が高い美女と目を合わせられずに下を見ていたのだろう。


 それは夏季休暇が明けてすぐの頃。彼女が言うには、学食でお喋りに夢中になっていたあまり、スマホを置き忘れたことがあった。彼女たちと入れ替わるように一人でやってきた僕はすぐスマホに気づいた。トレーをその場に置いて持ち主を探そうとしたんだ。スマホはプライバシーの塊だ。特に女の子にとって失くしたら大ごとになると思ったから。


 距離は開いていたが、長身の彼女は目立った。廊下まで追いかけて声をかけてきた僕に最初は警戒していたが、忘れてきたスマホを渡されて、驚くのと同時に感謝されて何度もお礼を言われた。


 僕としては当たり前のことをしただけで、たいして気に留めていなかった。

 トレーを置きっぱなしだったので、ろくに顔も見ず、すぐに踵を返して食堂に戻った気がする。


「あの後、何度かキミを見かけたわ。いつも一人ぼっちで、寂しそうにしてた」


 なぜだか彼女の目は慈愛に溢れているように見えた。大学に入って以来、そんな風に見つめられるのは初めてで、僕は頬が熱くなったようで……。

 それが一つ上の楠島冴香(くすしまさえか)先輩との出会いであった。





「孝哉くん。一緒にご飯食べようか」


 ホームで自己紹介し合って、なぜか連絡先まで交換することになって———大学に入って初めて女性の連絡先ゲットだった———その後、キャンパスでも冴香先輩から声をかけられるようになった。


 なぜか僕は気に入られたようだ。後から聞いたのだけど、一人ぼっちで寂しそうにしている僕が、昔保護して飼うようになった犬に重なって見えたそうだ。なんだそりゃ?


 まぁ、僕としても、きゃぴきゃぴすることなく、静かで落ち着いた冴香先輩の人柄は好ましく感じられたので拒むつもりはなかった。

 なにより、初めて女性の友人ができたのが嬉しかった。


 冴香先輩は美人だけど、男と一緒にいることは滅多になかった。友人は女性ばかり。


「冴香が自分から男に声をかけるなんて珍しいね」

「好みのタイプだったの?」

「ち、違う! ちょっと、放っておけないというか」

「彼氏というより、弟みたいな感じ? そういえば、孝哉くんは恰好いいというより可愛い感じよね」


 たまに冴香先輩と友人に囲まれて、僕は困惑するばかりだった。

 類は友を呼ぶという。全然派手じゃなくて真面目そうな先輩ばかりだったけど、冴香先輩と僕の組み合わせは興味を引いたらしい。女性はそういう話題が好きなのかな。


 話をしているうちに冴香先輩は都内の女子高出身だと知った。友人たちの中にも女子高出身者がいた。


「孝哉くんって陰キャかと思ったけど、そんなこと無かったのね。普通に喋れるじゃない」

「そうですかね。きっと、先輩方が優しくて性格がいいからですよ」

「そういう時はきれいな先輩に囲まれて、僕幸せですって言うものよ」

「そ、それは……否定しません。今の僕はとても幸せです」

「うふふ。可愛い」

「こらこら、孝哉くんを揶揄わないの!」


 気が付けば、冴香先輩含めた彼女たちと普通に話せていた。

 同い年じゃなくて、先輩だからだろうか。思えば高校時代のバイト先でも高城さんのような年上女性とも話していた。

 あるいは時と共に失恋の傷が癒えていたのかもしれない。


 10月後半には冴香先輩含めて数人の女性たちと過ごすのが当たり前になっていた。

 冴香先輩のグループの中でも、特に一緒に行動している同じ学科の二人がいた。


 一人は中野さんといって、冴香先輩と同じ高校出身の親友。小柄でショートボブ。童顔で小動物的な可愛さが特徴的だ。

 事情があって男性不信になりかけた。でも、僕のことは異性として意識しないのか可愛がってくれる。


 もう一人は立川さん。よくハーフアップにしている黒髪ロングの清楚美人。見た目通り、いいところのお嬢様であり、婚約者がいるそうだ。ほんわかした性格に見えるけど、実は辛口で僕はよく揶揄われたり諭される。


 美女の先輩三名に囲まれる僕。傍目にはハーレム状態だったかもしれない。

 同学年だけでなく、先輩含めて男たちから妬みの視線を送られた。

 でも、僕としては状況を喜んで受け入れた。なにより冴香先輩と出会えて、本当に良かったと思っていたから。


 ある日の帰りにカフェに連れていかれて、いろいろと聞かされた。

 冴香先輩は幼い頃から祖父がやっている剣道の道場に通っていた。

 その関係で中学高校と剣道一筋。高校の剣道部で主将を務めていた頃は後輩がファンクラブを作るほど人気があったらしい。


 大学に入ってすぐの新歓コンパで事件があった。途中で同じ高校出身の中野さんがいなくなっているのに気づいた。

 実は中野さんは男の先輩に酒を飲まされ、酩酊状態のまま連れ去られていたらしい。冴香先輩は友人たちと協力して探し回り、別の階の男子トイレに連れ込まれていた中野さんの貞操の危機を救った。


 その際、冴香先輩は男性相手でも屈することなく、力づくで制圧したのだという。

 さらに先輩のスマホを調べ、ハメ撮りで女性を脅迫している証拠を見つけたので警察に届けた結果、彼は除籍処分となった。

 そんな武勇伝が広まったことで女子に慕われ、男子に敬遠されるようになったという。


 ともかく、冴香先輩を始めとする女の先輩数人に囲まれた唯一の男子である僕。そんな奇妙な友人関係はしばらく続いた。

 そして冴香先輩が三年、僕が二年になってしばらくした後、契機となる出来事があった。







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