04.破局(孝哉・高校時代②)
高校は別だったけど、交際は順調だった。
週に何回か駅前で待ち合わせしてブラブラした後、バスに乗って帰る。
土日のどちらか一日は会って過ごす。外でデートする時もあれば部屋でまったり過ごすこともあった。
凛は高校でソフトボール部に入った。市立珠崎女子は強豪じゃなくて弱かったけど、その分のびのびできるのが今の彼女に合っていたそうだ。
僕は部活には入らない代わりにデート代を稼ぐつもりでバイトを始めようと思っていた。
「珠高に可愛い子いた?」
「いや、いないよ」
8年前まで男子校だった関係で、珠崎高は女子が少ない。少しずつ増えている傾向にあるとはいえ、学年の¾が男子だ。ただでさえ少ない女子の中でも容姿に優れる子には多くの男子が集まる。校内で彼女を作るにはなかなか厳しい。
その点、僕は始めから校内の女子には興味なんてない。こんなに美人な彼女がいるのだから。
「僕にとって凛が一番だからね。他の女子なんて眼中にないよ」
僕が凛の目を見つめながらそう言うと、たちまち顔を赤くした。
「たかくん、ずるい」
「え?」
「たまにそういうこと言って、私のハートを打ち抜くんだから!」
「わっ」
凛に抱き付かれてベッドに押し倒される。そのまま、何度も何度もキスを交わす。
凛は付き合う前からスキンシップに積極的で、交際が始まるとさらに遠慮がなくなった。
正直、僕だって男だから興味はある。凛の体や髪からいい匂いがして、柔らかい体を感じていたら、下半身が反応してしまう。
このままでは、いつ一線を超えてしまうかわからない。
僕は勉強の合間に性的な予習を重ねると共に、避妊具を購入しておこうと思い立った。
そしてゴールデンウイークに入って5月1日の金曜日。駅前で凛と待ち合わせてまっすぐに帰宅した後、手を引かれて凛の家に寄った。
「今日、お母さん仕事の後に飲み会で遅くなるって」
部屋に入った凛はそう言うなり、制服のジャケットを脱いだ。僕を見つめながら大人びた表情で微笑む凛。僕は悟った。今日こそ大人の階段を登る日なのだと。
初めてのセックスはそう簡単にはいかなかった。愛撫はぎこちなかったと思うし、挿入する場所を間違えたし、凛はたいそう痛がった。それでも裸のまま肌を重ね、繋がった後の充実感というか、多幸感はすごかった。
初めて同士はうまくいかないもの。むしろ、その後が大事だと学んでいた僕たちは続けざまに体を重ねた。
凛は積極的だったし、脱いだらすごい。僕も歯止めが利かなくなって、溺れてしまうのだ。
凛のお母さんが出かけているのをいいことに、連休中の僕たちは毎日会って何度もセックスした。
もしかしたらお母さんは僕たちを気遣ってくれたのかもしれない。凛は前もってお母さんからコンドームの箱をもらっていた。「避妊だけはちゃんとしてね」と言われたそうだ。
さすがに一か月も経てば落ち着いた。飽きたというわけではなく、高校生になったばかりで溺れているわけにはいかなかった。
凛の部活や僕のバイトで合わない時を除き、学校帰りに待ち合わせて一緒に帰る。時々お出かけデート。週に二回以上の割合で凛の家でセックス。そんな日々を過ごしていた。
夏は両家の家族でバーベキューをやって、二人で夏祭りと花火大会に行った。
秋から冬にかけて遊園地や水族館に行ったり、山の方へ紅葉を見に行った。そしてクリスマスイブを一緒に過ごし、初詣にも行った。
凛は嫉妬深いところがあったし、僕には自信が足りないところがあった。
でも、僕たちは恋人らしく熱々の日々を過ごしていった。とても幸せだった。
高校において学力格差というのは確実に存在する。
ラブコメでは、優等生の女の子がぶっきらぼうだけど根はやさしい不良男が付き合うというケースもある。
でも、だいたいは学力が近い者同士が付き合うものだ。
近隣でも一番の進学校である珠崎高の男子にとって、市立珠崎女子は交際相手の対象外。略称・市女は卒業までに⅓はいなくなる底辺女子高・不良の巣窟と見られていた。
自分からおおっぴらに言ったりしなかったけれど、聞かれたら正直に市女に通っている彼女がいると答えた。そもそも地元で頻繁に会っていれば、ばれるものだからね。
「脅されて付き合ったりしていないよな?」
なんて心配する友人もいた。
そんな時、僕はケータイに大量保存してある凛とのツーショット写真を見せながら、幼馴染で初恋で、中三の終わりから付き合っていることを説明する。私服で化粧をした凛は高一に見えないほど大人びた美しさを誇っていたからね。
たいがいは凛の美しさに目を奪われて、羨ましいと答えるのであった。
一方で凛も高校で自慢はしないものの、友人には僕の存在を打ち明けていたそうだ。女子高の倣いとして、学外で彼氏を作るための誘いがよくあるそうで、断るための大義名分にするためだ。
凛は珠崎高の彼氏がいることを羨ましがられて、「男を紹介してよ」とよく言われているそうだ。
僕には彼女がいない男の友人はいくらでもいるけど、市女と知ると二の足を踏んでしまう。うまくいけばいいけど、男女の紹介というのは難しいものだ。だから、凛はのらりくらりと躱していた。
ずっと後になって知ったんだが、女子高に通う彼氏のいない女の子たちの感情を甘く見ていた。
僕は高一の夏からバイトを始め、何度か変えた後、高二の秋からはスーパーの品出しをしていた。
夕方の時間帯は学生が多い。他の高校や短大、大学の人とも知り合った。男子だけでなくて女子もいて、職場でカップルになる男女もいた。
まぁ、僕には関係ないことだ。学校でも特に仲良い女子もいない。
成績こそ上位をキープしていたけど、モテる必要なんてない。僕には凛がいるから充分。
交際2年目になっても僕たちは仲良く過ごしていた。ささいなことで口喧嘩をすることもあったけど、すぐに仲直りできた。
避妊には気をつけつつ、やることはしっかりやっていたのが大きいかな。マンネリにならないよう、いろいろチャレンジしていた。相変わらず凛は積極的で、甘えたがりで、時間の許すかぎり僕にくっついていた。
高二の冬を迎えても、なんの不安もなかった。僕は大学進学、凛は就職となるだろうけど、これからも付き合いは続くと思っていた。
その頃、バイト先で僕は市内にキャンパスのある律陵大学の二年生である高城さんと親しくなっていた。というか、彼女の方から近づいてきたんだけどね。
高城さんは仕事中に男性客から言い寄られていて、バイト終わりも待ち伏せされて困っていた。そんな中でちょうどシフトが重なっていた僕に一緒に帰って欲しいと頼まれた。他にも同じ時間の男はいたのに、僕が指名されたのだ。
その理由は彼女持ちで下心が無かったこと。確かに黒髪ロングで清楚美人な高城さんはバイト仲間の男にも人気があったからわかるっちゃわかる。
12月にシフトが重なって高城さんと一緒に帰ったのは5回。そのことは凛にも伝えてあった。帰りながら話をして、高城さんは実家が神奈川にあること、高校から付き合っている彼氏がいることを打ち明けられた。お互い恋人がいるし、3歳違いだし、おかしなことになるはずはなかった。
しかし、年の瀬が迫った頃、僕と高城さんが並んで歩いているところを凛が見かけたらしく、強く嫉妬したようだ。凛はたまに感情を抑えきれずに爆発することがある。
前から伝えてあった。浮気じゃない。ただのバイト仲間。嫉妬する方がおかしい。
そういう僕の態度も悪かったと後で思った。不安を抱えた凛の気持ちに寄り添うべきだった。
しかし、年の瀬に凛の感情が爆発して、嫌なことをたくさん言われて大喧嘩に発展した。
喧嘩が長引いて、年末年始はろくに会うことができなかった。年始の挨拶に行ったけど、凛は仏頂面したまま。お互い意地になっていたかもしれない。双方の家族としては、長い付き合いだから喧嘩もする。そのうち仲直りできるだろうと見守っていてくれた。
会うことも連絡も取らないまま冬休みが終わる頃、さすがにまずいと思った。つまらない意地など張ってないで、仲直りしなきゃと決意した。
始業式があった日は午前で終わったので、お昼を食べた後に凛の家に行ったけど留守だった。電話もメールも音沙汰無し。二年になってから仲良くなった友達と学校帰りによく遊んでいると言っていたから。今日もそうなのかもしれない。この時点で僕はまだ楽観していた。
しかし、さらに一週間が過ぎても凛に会えず、連絡も取れないままだとさすがに不安になった。土日すら家にいないのだ。お母さんに会って聞いてみると、友達の家に泊まると言って、ろくに帰ってこないらしい。お母さんも心配して何度も問いただそうとしたが、本人は黙ったままだし、電話にも出ないそうだ。何かトラブルに巻き込まれていなければいいのだが。
1月18日は僕の誕生日で、凛は付き合う前から直接会いに来て祝ってくれた。今年は家族に祝ってもらったけど、凛の姿がないから喜べなくて、不安な気持ちを抱えたままだった。
ようやく凛に会えたのが20日だった。学校帰りに寄ってみたら、凛が帰宅していることを知った。家じゃなくて、外で話がしたいと思って、近くの公園に誘った。中学三年の夏、襲われそうになった凛を守ったあの小さな公園だ。
公園までの道すがら、凛は僕と目を合わせようともせず、終始表情が暗かった。高校になって長く伸ばした焦げ茶色の髪は櫛を通していないのか、乱れていたし顔色も悪かった。
二人でベンチに腰かける。今日は晴れていたけれど、夕方にさしかかる時間に差し掛かると、急速に気温が下がった。寒い季節になると、凛は人前でも僕にくっついてきたものだ。でも、僕と凛の間には一人分くらいの隙間があった。それが今の心理的な距離を示しているようだった。
僕は隣の凛を見ながら声をかけそびれていた。凛は俯いたままで長い髪が垂れて表情も伺えない。
「なんか久しぶり。元気……していたようには見えないな」
「ん……」
ケータイで何度も連絡したのにも関わらず音沙汰なく、今もほとんど喋らない凛に僕は少し苛ついていた。
「そんなに友達と遊ぶのが楽しかった? 僕の連絡を無視するくらいに」
「っ! ち、ちが……」
「だって、そうじゃん。僕の誕生日すら忘れていたんでしょ?」
「わ、忘れてなんか……うぅ……ごめんなさい……私、最低なことを……本当に……ごめん……ぐす」
涙声の凛を見て気が沈む。まるで僕が悪いみたいじゃないか。
僕は凛の手を取った。ふりほどくかと思ったけど、そんなことはなかった。ただ、冷たかった。
しばらく僕は黙っていて、凛は泣いていた。とても悲しいことでもあったかのように。
やがて経って、僕の方を向いた。ただし、目は合わせず、辛そうな表情で言った。
「ごめん。私、たかくんとはもう付き合えない」
「なんで?」
「だって…………」
あれだけ好意を示してきた凛からそう言われたことに僕はショックを受けていた。
でも、三週間くらい音沙汰が無かったのだ。嫌な予感が無かったとは言えなかった。
「好きな人でもできた?」
凛は黙ったままで、肯定も否定もしなかった。顔を覗き込むと、頬には滂沱の涙。口を結び、膝の上でぎゅっと拳を握って堪えていた。
凛の中で、いろいろな感情が渦巻いているのがわかった。なぜだか、僕よりも凛の方が辛そうに見えた。
そして、凛は微かに頷いた。
「そっか……。じゃあ、お別れだね」
心の中はぐちゃぐちゃで、色んな言葉が浮かんでは消えていった。
「ふざけんな!」
「裏切り者!」
「浮気していたのかよ!?」
「大好きって言っていたのは嘘だったのかよ!?」
心の中で嵐のように荒れ狂う感情をぶつけたかった。でも、涙する凛を見ていたら、口にすることはできなかった。
こうして、僕は幼馴染で初恋の彼女と別れた。
次話でいったん現代に戻った後、凛視点での回想で何があったのか明らかになります。




