03.交際(孝哉・高校時代①)
あの後、自宅に運ばれて寝ていた僕は起きるなり医者に連れていかれて治療を受けた。その翌日から積極的に動いた。
両親、凛の母、目撃した防犯パトロールのおじさん、さらに交番のお巡りさんまで巻き込み、学校にも連絡が行った。
中学生の僕ができることは限られている。力に自信が無い分、頭を使うしかない。難しいことは大人に頼ればいい。
詳しいことは略すけれど、親や学校で話し合いがもたれた。当然タクヤも呼び出されたが、家から出て逃げたらしい。不良仲間の家を泊まり歩いていたようで、しばらく捕まらなかった。
結論からすると、夜中に先輩のバイクに二人乗りして事故に遭った。ぶつかった衝撃で飛んで落ちた先が水が張られた田んぼだったために一命を取り留めたけど、ノーヘルだったせいで重傷を負って長期入院となった。治療しても頭に障害が残るとのこと。運転していた先輩は死亡したそうだ。
そんなわけで母親だけが治療費+αを持って謝罪に訪れた。どうやら凛と同じ母子家庭だったらしい。不良息子に振り回された母親はすっかり疲弊して老けて見えた。
8月になった。
「よろしくお願いいたします。ほら、凛も頭を下げて!」
「はいっ、たかくん、どうかよろしくお願いします……」
自宅のリビングで頭を下げているのは凛とその母。夏休みだというのに凛は制服を着て、母は白いブラウスに紺のスカートという仕事に行くような服装だ。
どうしてこうなった?
凛はソフトボール部で一年からセンターのレギュラーを掴み、打つ方でも2番で打率4割超え。凛の活躍で二年春は県大会ベスト8まで行けた。順調にいけばスポーツ推薦の可能性もあった。
それが怪我の後、部活に復帰しないで素行不良を繰り返して台無しにしてしまった。
もともと運動は得意だが勉強はろくにせず。学年順位は超低空飛行だった。二年後半からはろくに授業に出席しなくなったので、内申書の評価も悪い。中三夏時点の成績ではどの高校も難しい状況だった。
母としてはせめて高校くらいは行って欲しいと願うものの、自力では厳しい。塾に行ったら断られたそうだ。
一方で僕は学年順位一桁の成績を収め、近隣で一番の進学校である県立珠崎高を受験予定だ。幼馴染のよしみで勉強を教えて欲しいと頼み込まれたのだ。
「孝哉、昔は凛ちゃんにお世話になったよね? できる範囲で教えてあげたら?」
今まで散々迷惑をかけたことを詫びて、グレるのはやめて真面目になると宣言したのが効いたのか、僕の両親も凛に同情的だ。唯一、妹だけが不機嫌だった。妹の沙耶は昔から凛と相性悪かったからな。
とはいえ、こんな状況で断れるわけがなかった。
かくして僕は凛と一緒に勉強することになった。
勉強を教えるということはちゃんと理解していないと難しい。自分自身の復習にもなるからいい。
文系の凛は国語はそこそこできた。社会科も苦手意識はない。問題は理数が壊滅的であることだ。英語も中二の途中から全然勉強していない。
まずは基礎からしっかり身に着けるため、小学算数のドリルをやらせたり、英単語を覚えさせるところから始めた。
中一の復習は9月から始める予定だ。
親の前で心を入れ替えると宣言した通り、凛は真面目に勉強に取り組んだ。適度に休憩を入れたことで、部活で培った集中力を発揮できたようだ。
それはいい。問題は別にあった。
僕は普段の勉強は一人でやっている。友達と一緒に勉強した経験はほとんど無かった。女子なんて、なおさら無い。
それが部屋に同い年の女の子がずっといるのだ。中学生になった凛は顔の造形がくっきりとして目つきは凛々しく、肌は小麦色。いわゆるラテン系美女に成長していた。お母さんはごく普通の容姿だけど、凛は父方のお祖母ちゃんに似ているらしい。
特徴的なのがクラスの誰よりも胸が大きいこと。僕だって男子だから女の子に興味あるわけで、スマホで見たGカップのグラビアアイドルと比べても遜色ないくらい。
しかも、真夏で薄着である。部屋はエアコンが効いているのに、凛は暑がりな上、近所だからとTシャツまたはタンクトップにショートパンツという肌面積が大きい服装で僕を困らせる。焦げ茶色の長い髪は校則通り一つに結っている。後ろから見ると、きれいなうなじが目に入ってドキっとさせられた。
休憩になると、凛は僕のベッドに寝転んだり、ジュースを飲みながらぴたっと肩をくっつけてくる。
いくらなんでも無防備すぎだろ!? 僕だって男なんだからな!
「こうしてたかくんちで一緒に過ごせるのが嬉しいんだぁ。小学生に戻ったみたいだねっ」
確かに小学生の頃はお互いの家を行き来していた。男女はあまり意識していなかったし。
最後に凛がうちに来たのは中一の夏祭りの時だっけ。あの頃の凛は真っ黒に日焼けしていた。今年はそれほど日に焼けていないが、露わになった太腿、それに胸元に目が行ってしまう。
「ねぇ、たかくん」
「うん?」
ベッドから降りた凛は床にいた僕の正面から迫ってきた。顔が近い。
「私の胸、よく見てるよね?」
「っ!」
やっぱりばれていたか。しょうがないじゃん。目立つんだからさ。
僕は言い訳できずに俯く。顔から火が出るくらい熱い。
「触りたい?」
「え?」
目の前で凛は膝立ちしたまま近づく。今日は白いTシャツで、ピンクのブラジャーが透けて見える。僕の視界が胸だけになるほど迫ってきた。
「いいよ。たかくんなら。触っても」
「いやいやいや。そ、そういうのは、本当に好きな人同士で」
「好きだもん! 私、ずっと前から、たかくんが好き!」
「うお!」
僕の視界が塞がれるのと同時に今まで感じたことのない、とても柔らかでボリュームたっぷりな感触に顔が包まれた。凛は僕の顔を胸に押し付けながら抱いてきたのだ。
「たかくんは、私のこと、好き? それとも、この間までグレて彼氏がいた女なんて嫌?」
「むー!」
「あ、あのね! 周りから押されて、なし崩しにあの男が彼氏になっちゃったけど、キスも触らせるのもしてないよ! だって、本当はたかくんが好きだったから! たかくんが私のために本気で怒ってくれたのに、素直になれなかったこと、ずっと後悔してた。
だからこの前、たかくんが助けてくれて、本当に嬉しかったよ……やっぱり私、たかくんが好きなの。ねぇ、たかくん……たかくんなら、私は……」
何とか答えようとしたけど無理だった。胸で塞がれて息がつまるところだったと凛が気づくまで少し時間がかかった。
正直言うと、好きか嫌いかと聞かれたら、僕は凛が好きだ。初恋の相手だ。といっても、友達以上恋人未満という意識だった。付き合うとかまだわからない。もちろん性欲はあるけど、理性で考えたら、なし崩しに関係を深めるのはいけないとわかっている。
「受験が終わるまで、そういうのは無し! 高校に合格したら、ちゃんと言うから」
理性を総動員して凛を説得した。今は色恋にうつつを抜かしてる場合じゃなかった。
夏休みが終わり、2学期から凛は不良連中との付き合いをばっさり切り、態度を改めて授業に出席するようになった。すでに三年は部活を引退している時期だ。ソフトボールへの未練は断ち切って勉強に専念するようになってからは、徐々に成果が出るようになった。
中学の復習に入り、僕自身の見直しを含めて教えられるようになったのが大きい。
一緒に登下校して、勉強は僕の部屋か、図書館を使っていた。凛はたまには自分の部屋でと言ったが、ある理由で遠慮した。
凛のお母さんはフルタイムで仕事していて、家に二人きりになるとまずいのだ。二人きりになった途端に凛は積極的にスキンシップしてくる。具体的には胸を押し付けてくるのだ。僕の理性的に家の中に誰かがいた方が歯止めになった。
凛は勉強嫌いではあったが、毎日僕とする習慣をつけてからは成績が上がっていった。
10月の模試では偏差値40を切っていたが、12月には44に上がっていた。本当は市内の商業高校を志望したかったが、内申書は良くない。
安全圏として、市立珠崎女子高を志望。合格率80%まで上昇していた。
いざ受験本番を迎えて心配であったが、僕も同じ日に入試があったので健闘を祈るのみだった。
そして、合格発表の日。うちに両家の家族が集まり、ネットで確認することになった。
まずは僕が県立珠崎高校に合格したことを確認。凛も見事合格していた。
俺は事前に私立も受かっていたし、自信はあった。凛の方が万が一の不安を抱えていたものだから、合格の喜びは大きかった。お母さんと二人で抱き合って涙を流していたくらいだから。
凛と母にお礼を言われたが、酷い成績だった凛が自分自身の努力で持ち直したのが大きかったと思う。
このまま両家で夕食を食べに行く流れになったが、その前に僕は凛を誘って部屋に入った。
俺がベッドの上に座ると、凛は立ったままもじもじしていたので、手招きして隣に座らせた。
珍しく凛が緊張しているのがわかって、思わず笑ってしまった。
「なによもう」
「ごめん。凛が可愛くて」
「え……」
僕を見つめた凛はほんのりと顔をピンクに染めたかと思うと、目を逸らした。両手を膝の上に置いて握りこぶしを作っている。
あんまり焦らしてもよくない。8月のあの日から、いや違う。ずっと前から僕の気持ちは変わっていない。むしろ、ひたむきに頑張る彼女をそばで見ていて、想いは募るばかりだった。
凛の方へと向き直り、その手を握った。凛が僕を見つめる。焦げ茶色の長い髪はいつものように束ねず、背中に流したままだ。凛は中学に入ってから日に日に美しくなっていった。そんな彼女と僕が釣り合うのかという気持ちを抱くこともあったけれど、この想いは止められない。
「凛、好きだ。僕と付き合って欲しい」
「……っ! う、うれひぃ……たかくん、私も……好きっ!」
「おふっ」
いきなり抱き付かれて、その勢いでベッドに押し倒された。僕の胸に凛が顔を摺り寄せる。長い髪が垂れてきて、とてもいい匂いが鼻腔をくすぐった。それに冬用の制服であっても、ボリュームある胸の重みを感じるほどだ。
「あはっ、たかくん、たかくん、たかくん! 好き好き大好き! 絶対離さない!」
「り、凛……んん!?」
目を潤ませた凛に唇を奪われた。しかも続けざまに何度も。告白してファーストキス。展開が早すぎないか。放っておくとエンドレスになりそうだったので、10回くらいキスされたところで止めた。下に家族がいるし。突然来るかもしれないし。
ともかく、幼馴染の凛とはめでたく恋人になった。僕の彼女はかなり積極的で、とても愛情が深いようだ。




