18.同居
冴香の妊娠を機に僕は比較的業務が忙しくない部署に異動させてもらった。
就業時間は安定していて、ほぼ残業なく定時にあがれるし、休みも取りやすい。その代わり出世とは縁遠い。
妻の冴香は30歳直前に警部補となってからも仕事をばりばりこなし、給料も高い。僕はサラリーマンとしての稼ぎや昇進よりも家庭を選び、優秀な妻を支える夫になろうと思った。
「ただいま」
その日も定時にあがれた。帰りにスーパーで買い物をしても、7時半には帰宅できた。
「「パパー!」」
「孝輔、鞠香、ただいま」
帰った瞬間に迎えに来てくれたのは双子の我が子だ。まだ完全に立っては歩けない。先月からつかまり立ちを始め、今はつたい歩きができるようになった。
結婚してからも僕の方が帰りが早くて、妻を迎える方が多かった。だから、灯りのついた我が家に帰り、迎えてもらえるのが嬉しくてたまらない。
両腕で双子を抱えあげる。だいぶ重くなった。片腕ずつで抱き上げられるのはいつまでだろうか。もっと鍛えないと。
10か月となる我が子たちは「ママ」「パパ」を始めとして簡単な単語を覚えて、拙いながらも会話できるようになった。両親の次に「りん」を覚えたのはベビーシッターとして世話してもらっているからだろう。同居している凛はすでに家族同然の付き合いだ。
「お帰りなさい。お仕事疲れ様。ご飯できているわよ」
「凛、ただいま。いつもありがとう。子供の世話だけじゃなくて、家事までやらせちゃって」
「いいの。私が好きでやっていることだから」
もともと凛にはベビーシッターとして僕と冴香が仕事中に双子の世話をみてもらう契約だった。
それ以外の時間は、忙しい冴香の代わりに僕が多く家事をこなすつもりだった。
しかし、住ませてもらっているお礼に凛は朝晩の食事、洗濯や掃除など家事の多くを肩代わりすると言い出したのだ。
中二で父を亡くし、母子家庭で育った凛は家事に慣れていたし、料理の腕も上達した。正直言うと、帰宅してから食事の支度をするより、凛に作ってもらった方が助かる。しかも美味しいし。悪いと思いつつ、つい甘えてしまっている。
その分、僕と冴香は契約料金を増額しようとした。
「たかくんのそばにいられる。たかくんと冴香さんの子供を世話できる。それだけで、私にはご褒美なの」そう言って凛は固辞した。
「先にお風呂に入れてからご飯にしようかな。今日はどっちの番だっけ?」
「鞠香よ」
「よーし、鞠香ぁ、パパとお風呂入ろうか?」
「あーい! パパおふぉー!」
とてとてと危なっかしい足取りで近寄ってきた鞠香を抱き上げてお風呂に行く。まだ髪は切ってなくて、二人とも同じくらいの長さ。声も顔立ちもそっくりで明らかな男女の違いは見られない。冴香に言わせると、二人とも僕にそっくりらしい。
とりあえず、服で区別しないと親でも間違える。孝輔は水色系、鞠香はピンク系の幼児服を着させるようになった。
双子は凛にも懐いているので、平日は僕と凛が交代でお風呂に入れる習慣となった。
「今日は何をしていたの?」
「あんぱまん! こーとぶぉっくしてー、りんとおそとー」
「そうか。楽しかったんだね」
「うん!」
仕事から帰ってきて、我が子とお風呂に入る。それだけで幸せだし、笑顔を見ているだけで癒される。言葉もハイペースで覚えていってる。
おそらく今日はアンパンマンを観て、孝輔とブロック遊びしたのと、凛に連れられてマンション敷地内にある公園で遊んだのだろう。
鞠香を洗ってあげる。鞠香がおもちゃで遊んでいる間に自分自身も素早く洗う。
その後、抱っこして湯船に浸かる。最後の60秒を一緒に数えたところで浴室のドアを少し開けて凛を呼んだ。
「出るよー」
「はーい!」
凛がバスタオルを広げて待ち構えていて、飛び出した鞠香を包み込む。凛は鞠香の小さな体を拭きながら、僕の方を見て頷いた。ほんの少し、頬が赤く染まっている。たぶん、僕が濡れたままの上半身を晒しているせい。
子供をお風呂に入れる時は誰かいてくれると助かる。裸を見られることなんて気にしちゃいられない。
一人となった僕はゆったりと湯船に浸かってから風呂から出た。
僕がパジャマを着て出た頃には、すでに鞠香の着替えも済んでいた。
「じゃあ、凛と孝輔も行ってきていいよ」
「わかったわ。こーちゃん、お風呂行こうね」
「わーい! おふぉ、おふぉ!」
ようやく赤ちゃんから脱して、喋ることも、できることが増えたといっても1歳未満である。聞くところによるとしっかり昼寝しているらしいが、夜も早い。
凛と孝輔がお風呂に入っている間、鞠香を膝に乗せて絵本を読んでいたが、すでに顔が眠そうだ。
しばらくしたら、呼ぶ声がした。
「こーちゃん、出るよ!」
「オッケー、今行く」
今度は僕がバスタオルを持って孝輔を迎える番だ。すぐ前で待ち構えていると、がらっと浴室のドアが開いた。飛び出してくる孝輔を抱き留める。
同時に視線の端に小麦色した裸体が目に入った。
「じゃあ、お願いね」
「お、おう」
30歳を超えているが、引っ込むところはちゃんと引き締まっていて、素晴らしいプロポーションを維持している。冴香と共にジムやエクササイズに励んでいる成果が出ているのだろう。それでいて胸の大きさも半端ない。凛が身じろぎするだけで大きな果実が揺れているようだ。
「たかくんのそばにいさせてもらう以上、女としての魅力を損なわないでいたいの。だからといって、もう変な下心とか持っていないから安心してね」と言っていた。
双子のお風呂の世話をしていると、凛は僕の前でも隠すことなく裸を晒す。直視したら男として反応せざるを得ない見事な裸身だ。でも子供の前だし、凛に欲情して変な行動したら、冴香を裏切ることになる。だから、僕は気にしていないふりをする。
孝輔をパジャマに着替えさせて、寝る支度を終えたところで玄関が開いた。冴香が帰宅したらしい。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「こーとまり、起きてる?」
「ちょうど寝かせようとするところ」
「良かった! 間に合った!」
7時台に帰ってこられる僕と違い、警部補に昇進して責任が増した冴香は9時を過ぎることもよくある。帰ってきても、子供の寝顔しか見られない日が多い。ひと昔前のお父さんと同じ立場だ。
寝落ち寸前の双子であったが、母親が帰宅したことで一時的にテンションが上がったらしい。「ママ! ママ!」と騒ぐので、スーツとスラックスを脱いだ冴香が添い寝することになった。
双子を寝かした後、冴香が風呂から出てくるのを待ってから一緒に夕食を摂った。凛も同席している。仕事に行っている間にあった出来事を凛から聞く時間でもあるからだ。
双子で見た目はそっくりとはいえ、性格はだいぶ違う。孝輔はちょっとヤンチャというか活発。鞠香はおとなしい性格で泣き虫でもある。でも、人をよく観察しているようで、言葉を覚えるのは鞠香の方が早い。もっとも、成長すれば変わってくるのかもしれない。
「明日も晴れるんだって。ここのところ、晴れの日が続くね」
「そろそろ梅雨が明けてもいいくらいだな」
「外に連れていく時は熱中症には気を付けないと」
7月に入ったばかりだが、暑い日が続く中、子供のためにエアコンは欠かせない。もっとも、温度は高めに設定している。
大人は半袖だ。薄着になると、なおさら凛の胸が大きく主張しているのがわかる。僕は直視しないように気をつけている。
「7月ということは、凛がベビーシッターになってから、もう3か月経つのか」
背筋を伸ばし、居住まいを正した冴香が凛に向かって口を開いた。
「毎日助かっている。凛にお願いして、本当に良かった」
「そうだね。夫婦だけじゃ、双子の世話はきつかった。凛がいてくれて本当に助かってるよ」
僕も同意すると、凛は慌てて顔の前で手を振った。
「とんでもない! 冴香さんとたかくんのおかげで私はやりがいというか、生きる喜びを得たのだから。今がとても幸せで充実してて……こーくんもまりちゃんもすごく可愛くて、私の方こそ、感謝したいくらいなの。ありがとう」
そう言って、凛は頭を下げた。




