17.双子
秋の昇進試験にて、見事合格を果たした冴香は警部補となった。
即座に結婚式の準備を行い、12月に僕と冴香は夫婦になった。式そのものは簡素にしたかったけど、冴香の仕事関係のしがらみで招待客を招かざるを得なくなり、思った以上に盛大となった。その分、二次会では大学時代の友人を招いてアットホームなパーティにしたけどね。
昇進お祝いの夜から僕たちは子作り解禁としたこともあり、新年早々には妊娠が明らかになった。その翌月、驚くべきことに双子であることが判明した。
双子となると、通常の分娩ではなく帝王切開になると聞いた。僕は心配でならなかったけど、当の冴香は動じることなく「大丈夫だよ。私の母も双子で、叔母さんも双子を産んだ。どうやらそういう家系らしい」と言って笑った。母は強し。
お腹はどんどん大きくなっていった。通常分娩なら予定日の一週間前に入院するものだけど、冴香の場合は一か月前に入院となった。もっとも、本人はいたって元気で、僕が行くとよく体を動かしていた。
8月下旬、仕事から帰ってきて一人で夕飯の支度をしていたら、病院から破水したとの知らせが来て、急遽駆け付けた。すでに冴香は手術室に運ばれていた。僕は廊下で待機。夕食を食べ損ねてしまったけれどそれどころじゃなく、ひたすら出産がうまくいくことを祈った。
どれくらい待っただろうか。手術室のランプが消えていたことに気づかなかった。
「氷室さん! 無事に生まれましたよ!」
額に汗を滲ませた看護師が知らせてくれたのは日付が変わった頃だった。冴香は麻酔が効いて昏睡中だが体調に問題ないと聞いて、一度立ち上がった僕はその場でへたり込んでしまった。気が抜けたせいか急にお腹が鳴って、看護師さんに笑われてしまった。
翌日、新生児室の窓越しに寝ている我が子を目にすることができた。男女の二卵性双生児とのこと。新生児はみんな顔が赤らんでいて、しわくちゃだけど、なんとなくうちの双子はそっくりに思えた。
大仕事を終えた冴香は生まれた双子を眺めて満足した後はこんこんと眠り続けて、目覚めたのは昼過ぎだった。
それから冴香と話し合った。彼女が退院するまでに出生届けを出す必要があるからだ。
ネットも使いながら考えた結果、僕たちの名前の一文字を入れて男の子は孝輔。女の子は鞠香となった。
「本当は母乳で育てたいが、粉ミルクで育てることにするよ」
双子のせいか、少しばかり体が小さくて吸う力が弱いこと。二人同時に世話しなければならないことを踏まえての決断だ。当面は育休中の冴香が育児するが、僕もできるかぎり参加するつもりでいた。
なにせ片方が泣いたら、もう片方も泣きだす。授乳にオムツ替え、着替えなど全てが二人分。赤ちゃんは一人でも大変なのに、双子なので倍以上の負担だ。産前産後はどちらかの母が交代で手伝いに来てくれた。ただ、手伝ってもらうのを当たり前に感じるのは違う気がした。孝輔と鞠香は僕らの子供なんだから。
育児は大変だったけど、その分可愛さは二倍以上で寝顔を見ているだけで癒される。
毎日が忙しなく過ぎていった。夏が終わって秋になり、冬が近づいた。その頃、育休が明けたらどうすればいいのか。僕は頭を悩ましていた。
孝輔と鞠香が生まれて5か月経った。首も据わって、はいはいできるようになった。行動範囲が広がるのはいいが、危険性も高まるので片時も目が離せない。
2か月後には冴香の育休が明ける。僕は独自に保育所を探していたが、近いところでは見つからなくて困っていた。
ある日のこと、冴香から改めて話があった。
「孝哉、保育所に預けるのではなく、ベビーシッターを雇おうと思う」
「ベビーシッターか……。そういや、考えもしなかった」
「日本じゃ、あまり一般的じゃないみたいだからな」
海外では女子学生がベビーシッターのアルバイトをするという話を聞いたことがある。日本でも、短期間預けるケースはあるらしい。長い期間雇うことが珍しいのは、やはり信頼できるのかという問題と、費用的な理由もありそうだ。
「費用も大事だけど、信頼して任せられるかが重要だよね。実績とか面談でわかるかどうか」
「私にいい考えがある。任せてもらえるかな?」
やけに自信たっぷりに言われた。もしかしたら、職場で伝手があるのかもしれない。女性警察官御用達のベビーシッターなら、めちゃくちゃ安心感がある。
ベビーシッターとの面談は3月初めに決まった。わざわざうちに来てくれるらしい。
事前に僕と同い年の女性だと聞いた。なんとなく冴香が悪戯っぽい笑みを浮かべていたような。気のせいかな。
当日。やけに落ち着いている冴香と比べ、僕はなんだかそわそわして落ち着かなくて、朝から丁寧に掃除した。掃除中はベビーベッドで我慢させて抗議の声をあげていた双子を僕と冴香で手分けして抱っこしてあやした。
なんとなく、鞠香は僕、孝輔は冴香に懐いているような気がして、その組み合わせだとおとなしくなるのが早い。
双子が寝入った後、チャイムが鳴った。約束の時間ぴったりなので、ベビーシッターに違いない。双子は寝たままなので二人で迎えに行く。
玄関ドアを開けると、そこには頭を下げたままの女性がいた。黒いパンツスーツ姿で焦げ茶色の髪をショートにしている。たぶん初めて会うはずなのに、どこか既視感があった。
「ご無沙汰しております」
「久しぶりね」
「え……凛?」
凛が僕と冴香を見比べて微笑んだ。最後に会ってから二年弱。変化は髪が短くなったのと、化粧が薄めになっていたくらいか。偶然来たというわけないよな?
僕は冴香を振り返った。
「まさか、ベビーシッターというのは?」
「凛にお願いすることにした」
「え? えええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
玄関で僕が大声をあげたせいで、双子が目醒めて泣きだしてしまい、慌ててあやすことになったのであった。
「あぁん! たかくんと冴香さんのお子さん、なんて可愛いのぉぉぉぉぉぉ!」
久しぶりに再会した時は穏やかな微笑みを浮かべていた凛であったが、僕と冴香によって抱きかかえられた孝輔と鞠香を目にした途端、数オクターブ高い声をあげた。
アクセサリーや小動物を目にした時、年齢に関わらず女性は「可愛い⤴」と高い声をあげるもの。
でも、今の凛はもっと興奮しているようだった。目はうるうると潤み、頬は紅潮し、口は半開きで今にも涎が垂れそう。まるで推しのアイドルと対面したかのようだった。
「あはぁ……たかくんの遺伝子を受け継いだ子が一人でも至高なのに、それが双子ちゃんだなんて、感動で震えが止まらないようぅぅぅ……ふふ、うふふふふふふふ」
「こら」
「きゃん!」
なんか凛の様子がおかしかったので、僕は思わず頭をチョップした。
ようやく我に返った凛をソファに座らせたが、視線は双子に貼りついたままだった。
僕がお茶を用意する間、冴香が凛に抱かせてみようとした。凛は壊れ物に触れるかのような慎重さで、まずは鞠香を抱いた。鞠香が機嫌を損ねることはなくて、不思議そうな顔をして凛を見上げたようだ。その瞬間、凛の頬から涙がつつーっと伝い落ちた。
「え、凛?」
いきなりの涙に僕は慌てたけど、冴香は温かく見守っている。凛は涙をぬぐうことなく、鞠香を大事に抱いたまま、僕らに頭を下げた。
「冴香さん、たかくん。機会を与えてくださり、まことにありがとうございます。二人のお子さんは私が命に代えてでもお守りさせていただきますので」
「うん。今の凛なら安心して任せられそうだ。頼む」
「はいっ!」
僕は赤ん坊を抱いたままの冴香と凛が見つめ合っているのを呆然としたまま眺めていた。いったい、どうなっているんだ?
お茶菓子を出して、改めて凛の話を聞いてみた。時々冴香が補足したのをまとめると、こんな感じだった。
一昨年のゴールデンウイーク。僕に夜這をかけてきた凛は冴香に阻止された。その後、二人は食事をしに行ったのは知っている。店を出た際に手癖の悪そうなチャラ男にナンパされ、強引に連れていかれそうになった凛を冴香が助けたことに感謝し、その後スパリゾートに行って語り明かして二人は打ち解けたそうだ。
そして、冴香はある提案を持ちかけたのが、今回ベビーシッターとして雇われたことに繋がっている。
二人の話ぶりから、たまに連絡を取り合っていた様子がわかった。全然気が付かなかったよ。
「冴香さんから提案された後、すぐに保育士の勉強をして資格を取ろうと思った。でも、介護の仕事もあったから、専門学校や大学に通うわけにいかなくて。通信制短大に申し込んだの」
凛が言うには始めの一年だけは仕事しながら通信で勉強していた。翌年3月をもって仕事を辞めて勉強に専念したそうだ。そして見事に保育士資格を取得したということらしい。
凛は保育士としては新人ではあるものの、介護の経験によって培われた観察力や応用力は活かせるだろう。
それにうちの双子に対する凛の眼差しから慈愛を感じるし、なによりも大切に想っているのが伝わってくる。万が一の際に命に代えてでも守ろうという意思は確かに感じた。
ということで、凛をベビーシッターとして雇うことに同意した。
「ところで凛はアパートは見つかった?」
「それが……探し始めたのが遅かったせいか、近くだとなかなか見つからなくて」
「3月だと難しいな」
凛は今も実家で暮らしていて、今日はわざわざ来てくれたそうだ。正式な契約はこれからだが、僕らが出勤している時間に来てもらうことになる。実家のある梳出から2時間かけて通うのは辛いだろう。
冴香がしばらく腕組みをして考え込み、凛と僕を見比べてから口を開いた。
「だったら、うちに住む?」
「は?」
「え?」
今住んでいるのは豊島区にある2LDKマンションだ。広めのリビングに双子用のベビーベッドを置いて世話をしている。夫婦の寝室はあるのだが、新生児のうちは夜泣きに備えてリビングに布団を敷いて交代で寝ることにしていた。
もう一部屋は書斎兼趣味部屋だが、双子が生まれてからはあまり使っていない。整理すれば、そこで寝起きできないことはない。
「私としては非常にありがたいのですが、本当にいいんですか?」
「私は構わないよ。それに……」
凛に近づいた冴香が小声で囁いた。すると凛は顔を赤くし、僕をちらっと見た後、もじもじとしている。なんだかエロく感じてしまった。
とにかく、アパートが見つかるまでのしばらくの間、凛の同居が決まってしまったのであった。
今年、親戚の共働き夫婦で双子が生まれると聞いて、出産もそうですが、育児が大変そうだと話をしたこと、まさに今月生まれた写真を見せてもらった経験から今回の話に使わせてもらいました。
フィクションではよく双子が登場しますが、リアルだと育児が本当に大変でしょうね。
【訂正】
調べたら、一卵性ではほぼ性別が同じになり、性別が違うのは二卵性であるそうです。
ですので、一卵性ではなく二卵性双生児に訂正しました。
ちなみに私の親戚の例では二卵性双生児でどちらも男の子でした。




