16.覗視
Side:凛
(暑い)
私は声に出さないように心の中で呟いた。汗がつつーっと胸の谷間を伝って落ちていく。
今、私がいるのは部屋のクローゼットの中。この時間帯、外は涼しいのに、人が入るのがやっとの狭い空間のせいか、息苦しくて暑く感じた。
扉の下半分は空気を通すためか、横長の隙間が段々にある。お尻をついて姿勢を低くした私は隙間から室内を注視していた。なぜなら、冴香さんとたかくんが密着して抱き合っているから。
冴香さんは私に試練を課した。その一つとして、冴香さんとたかくんがセックスしているのを見届けること。それができたら、近い将来に機会が来た時、私は二人のそばにいることが許される。
冴香さんから聞かされた時、私は覚悟を決めて「できます」と返事した。でも、現実に二人が抱き合っているのを目の当たりにしたら、焼けるような妬みと突き刺すような痛みが胸に広がっていった。同時に不安が膨れ上がってくる。私、最後まで黙って見ていられるだろうか。
そんな私の胸中など知る由もなく、二人は息がかかるような至近距離で見つめ合っている。
「孝哉」
「さ、冴香っ……んむっ」
冴香さんはたかくんを抱いたままベッドに押し倒していく。その光景に声が出そうになって、思わず手で塞ぐ。
ここからでは、たかくんの顔は見えない。でも、上になった冴香さんの頭が動いているし、リップ音によって続けざまにキスしているのは明らかだった。
(うぅ……)
手の中で嗚咽が漏れる。胸が苦しい。大好きなたかくんが私じゃない女の人とキスしているのを見ているだけでこんな辛いなんて。
付き合っている頃の私は嫉妬深いのを自覚していた。といっても、たかくんが他の女にうつつを抜かしていたわけじゃない。
私がたかくんを独占したいばかりに、勝手に妄想して、妬んで、いじけてしまう。本当に嫌な女だったと思う。
目の前で進行している情景は、かつて抱いた妄想とは比べ物にならないくらい、私の心を鋭く抉る。まるで鋭い刃物で胸をぐさぐさと突かれているよう。
知らないうちに目が滲んでいた。でも目を逸らしちゃいけない。私は手で拭って二人が愛し合う様を見続ける。
「んっ、ちゅるっ……んふ。孝哉、可愛い」
「さ、冴香……今日はやけに積極的だな」
「ふふっ、まあね」
二人が大人のキスをしながら言葉を交わすのを耳を澄ませて聞く。たぶん、冴香さんは私を意識して、いつもより積極的になっているんじゃないかと思った。
冴香さんの頭が小刻みに動いてる。きっと、たかくんの顔にキスの雨を降らせているのだと思う。ショートヘアの頭をたかくんの手が撫でている。キスしている時に頭を撫でられるのは心地いいのよね。あぁ、羨ましい。妬ましい。
しばらくして、二人は上半身を起こした。すでにたかくんのTシャツは裾が乱れていて、すかさず冴香さんが脱がしてしまう。10年ぶりにたかくんの上半身裸を拝められて、私は思わず唾を飲み込んだ。
もともと痩せ気味だったたかくんだけど、ほどよく筋肉がついて逞しくなってる。細マッチョというのかな。付き合っていた頃よりいい体してる。不意にお腹のあたりがきゅんってなった。
二人は服を脱がせ合いながら、触れ合っている。冴香さんの胸は私みたいに大きすぎず、形もきれい。冴香さん自身も鍛えられた体をしていた。
ただ、私はたかくんから目が離せない。たかくんの肌に触れたい。触れたいのに届かない。
ここは私の部屋なのに。高校時代にたかくんと愛し合った部屋なのに。
こんなに近い距離で思う存分に触れ合っているのは私じゃない。抱き付いた冴香さんの手がたかくんの胸や背中を撫でまわす。たかくんが冴香さんの首筋を吸っている。たかくんの手がブラジャーを外した乳房を揉む。冴香さんの声が上ずってきた。
私もたかくんに触って欲しい。昔みたいに愛撫して欲しい。
悔しくて、切なくて、それでいてムラムラしてきた。昨日の昼間に抱きついた時の硬い肉の感触と匂いを反芻する。私はたかくんを凝視しながら自身の体をかき抱き、太腿を擦り合わせる。
(あぁ……たかくん……たかくん……くふぅ)
ついにたかくんが全裸になった。二人はベッドに座ったままこっちを向いているのでよく見える。それも冴香さんの意図なのだろう。
たかくんの股間は天を衝くように大きくなってる。気のせいかな? 記憶よりも逞しく見える気がする。
(はぁ、はぁ、はぁ……欲しい。欲しいよぉ。たかくんの、触りたいよぉ……)
頭が欲情に支配されそうになってる。下腹部が疼く。
悪戯っぽい表情をした冴香さんがたかくんの耳元で何か囁く。横から股間に手を伸ばしていく。たかくんがせつなそうな表情になっている。
「あぁっ! さ、冴香、そんなに……」
(あはぁ……たかくん……たかくん……たかくぅん……あんなに気持ちよさそうで……エッチな匂いまでしてきて、濡れる!
あぁ、私もしたい。それ、欲しいよぉ。絶対、気持ちいいんだから! たかくんと、セックスしたいよぉぉぉぉ……)
息が荒い。興奮が止まらない。涎が垂れてきた。アレが欲しい。欲しくてたまらない。
でも私は見ているだけしかできない。悔しさと妬ましさと切なさで心が千々に乱れてる。見ていることしかできない自分がみじめで、頭の中がぐちゃぐちゃ。それなのに興奮もしてて、右手は自然に股間へと伸びていった。
(ふー、ふー、ふー)
冴香さんとたっくんが交わっている間、私は声を出さないように左手で口を押さえつつ、右手を盛んに動かして自分を慰めていた。
大好きな彼が私以外の女と気持ちよさそうにセックスしてる。私はそれを見ているだけ。
頭が痺れて、まともに考えられない。
脳が焼け付くというのはこういうことを言うのかしら。
さっきから胸が痛い。涙も止まらない。こんなに近いのに、私の手は届かない。
同時に異様に興奮しているのを自覚してる。こんなの初めて。手が止まらなかった。
その最中に広げた足が何度かぶつかって音をたてていたけど、セックスに夢中な二人には気づかれなかったみたい。
ベッドの上で二人はビロートーク中。男って、射精した後はすぐに冷めるみたいで、離れてしまいがち。でも、たかくんだけは事後も優しく抱きしめてくれた。うっとりするような幸せな気分が続くの。たかくんとのセックスは最高だった。初めてがたかくんで幸せだったなぁ。失ったからこそ、本当に大事な存在だったってわかった。
今も冴香さんと離れずに抱き合ったまま、二人が囁き合っている。羨ましい。もうたかくんは私を抱きしめてくれない。
私は放心したまま、たかくんの背中やお尻を眺めていた。
しばらくして、冴香さんが起き上がった。
「もう一回、する?」
「でも、凛たちが帰ってきちゃうかも」
「平気よ。ちゃんと話は通してあるから」
「ええ……」
おもむろに冴香さんがベッドから立ち上がった。背が高くて鍛え抜かれた体はアスリートのように美しい。同時にしっとりと汗ばんだ肌が情事の跡を窺わせて、とても色っぽい。
冴香さんはそのまま私の方、つまりクローゼットに向かってくる。何のつもり? 私がここにいることを彼女は知っている。まさかクローゼットの扉を開けて見せつけるつもりじゃ……。
そんな心配は杞憂に終わった。冴香さんは少し足を開いて、扉に手をついてお尻をたかくんに向けた。そればかりか、お尻を振って誘っているみたい。
「ねぇ、たまにはこういうの、してみない?」
「は? え……」
「孝哉、き、てぇ?」
冴香さんは甘えた声で誘う。次第にたかくんが欲情を催した顔になってくる。股間のモノが復活してきた。
私は事態に頭がついていけず、口をポカーンと開けたまま。ただ、大きくなっていくおちんちんを凝視。無意識に口端から涎が落ちる。
胸がぎゅうっと疼いた。こんなに近い距離にいるのに、たかくんの視線の先は私じゃない。冴香さんのお尻。
獣のような目をしたたかくんが後ろからかぶりつき、冴香さんを攻める。扉を隔てたすぐそばで冴香さんの嬌声が伝わってくる。二人が繋がっている部分から粘っこくていやらしい水音が絶え間なく聞こえてくる。
ごく至近距離で始まった二人の交わり。私は二人が繋がっているのを無心になって見つめていた。もう、何も考えられない。心に生じた痛みと妬ましさと身を焦がすような欲情に心が翻弄される。
私にできるのは、ただひたすら自分を慰めるしかなかった。
前回からの流れでこの展開は予想がつきましたかね。
これを乗り越えられたら、凛は一皮剥ける!?
残り三話で完結予定です。




