15.上書き
凛とお母さんが帰った後、冴香を交えて遅めの昼食を摂ることになった。今日は冴香を迎えるということで出前の寿司を取っていたようだ。母と叔母による手作りの料理もあって、テーブルいっぱいに色とりどりの皿が並んだ。
食べながら僕たちの暮らしぶりとか、今後の予定を聞かれて答えていたが、ハイになった女性陣によって話は脱線しまくり。料理を食べ終えた後も喧しく喋り続けて終わりが見えない。
ということで、僕たち男性陣はコーヒーを淹れて別の部屋に移動し、テレビをつけた。ゴールデンウイークらしい旅番組をやっているのを眺めながら話していた。
「それにしても冴香さんはしっかり者のいい嫁さんになりそうだなぁ」
「そうだな。孝哉にはもったいないくらいだ」
「実の息子に対して酷い言い草だ」
「ははは。冗談だ」
テレビに映る内容とは関係無しに父と叔父は軽口を飛ばす。
冴香を家族に紹介した時から歓迎されているのはいいが、同時に僕が揶揄われるのは困ったもんだ。
「まぁ、どっちにしろ、結婚したら孝哉が尻に敷かれるのは確定だろうな」
「確かに」
「うーん。否定はできないけど……」
「恋人なら守りたいくらい可愛い方がいいかもしれんが、妻となったら尻に敷かれるくらいしっかりした人がいいんだよ」
叔父の言葉に父は否定せず、うんうんと頷いた。曲がりなりにも長年夫婦として寄り添ってきた経験からくる言葉なんだろう。そういえば、うちの親も叔父さんちも妻の方が強い。
僕と冴香の歳の差はたった一つだけど、冴香の方が精神的に大人で姉さん女房、尻に敷かれるのは間違いない。それでも僕は全然嫌だとは思わなかった。冴香がいなかったら僕の人生は灰色のままだった。彼女と出会えたおかげで僕は幸せなのだから。
約一時間後、トイレから出たら、縁側に座った冴香がスマホを操作していた。僕の足音に気づいてこちらを見るや、穏やかな笑みを浮かべた。
「さすがに仕事ってわけじゃないよね?」
「違う違う。友達と連絡取っていただけ」
僕はほっとした。これまで月に数回は非番日に緊急呼び出しがあった。デートの最中だったり、いい雰囲気でホテルに入ったところを邪魔された時はさすがに凹んだ。
人々の安全を守る仕事に就いている以上は仕方ないことだ。きっと、自衛官や警察官と付き合ったり結婚した人は同じ境遇なのだろう。冴香はちゃんとアフターフォローしてくれるし、僕は彼女を支えたいと思っている。
「そろそろ、お暇しようか?」
「そうだね。叔父さんたちも帰ると思うし」
僕と冴香が帰ることを告げると家族はとても残念がった。
「兄いは帰っていいから、冴香さんはもうちょっと居てくださいよ」
「孝哉を放っておいたら、変な女に引っかかるかもしれないから」
「あー、そうかも。ちゃんと手綱を握っておいた方がいいかー」
酷い言われようだけど、実際のところ僕は他の女性に興味は無く、浮気しようなんて欠片も思っていない。僕の手を握る冴香だってわかってて言っている。女性関係のトラブルは、凛に襲われたのが初めてだった。
叔父さんから車で駅まで送っていこうかと言われたが、なぜか冴香の方が断った。二人で寄りたい場所があるとのことだ。そんな話したっけ?と疑問に思ったが、目で合図されて僕も合わせた。
玄関で見送られた僕と冴香は家の前の道を並んで歩いた。向かうのはバス停がある通りだ。僕の腕は冴香に取られている。どこに行くつもりなのか目で問うが、アルカイックスマイルを浮かべたままで何も言わない。
「こっち」
「え?」
不意に引っ張られた先は凛の家だ。冴香はチャイムを鳴らすこともなく玄関のドアを開けた。まるで開いていたのを知っているかのようだった。戸惑う僕をよそに勝手にあがってしまう。
「ど、どういうこと?」
「いいから」
土間にサンダルこそあるが、靴は見当たらない。車も……外構工事中で別の駐車場に置いているって言っていたな。その工事もゴールデンウイーク中はお休みらしい。家の中はひっそりとしていて、人の気配は無かった。
「もしかして、凛が?」
凛と会う約束をしていたのか。階段を上りながら聞いても冴香は答えてくれない。そのまま凛の部屋に入った。荷物を置いてしばらく中を眺めた。
ここに来たのは高二の冬以来だからおよそ10年ぶり。かつての面影が残っていなくて、ガランとしていた。それもそのはず。別の家族が暮らしていたのだから。凛たちが戻ってきてから日が浅い。
部屋に置かれていたのは学習机とベッドと化粧台、それに箪笥だ。箪笥は中学入学時に買ったもので見覚えがある。部屋に備え付けのクローゼットはそのままだ。壁には何も貼られていないけど、画鋲やテープの跡は残っている。
「あ……」
学習机の棚に写真たてが並べられているのに気づいて、思わず声が出た。どれも僕と凛のツーショットだ。小学校のソフトボール部に所属していた頃のユニフォーム姿。中学の入学式。高校に入ってすぐの頃に制服姿で撮った写真。夏祭りで浴衣姿の凛と僕。歳の順に並んでいる。写真の中の僕たちは屈託ない笑顔を浮かべていた。
写真を眺めていたら、凛と付き合っていた頃の思い出が頭をよぎり、胸が締め付けられそうになった。
同じ空間に婚約者がいるというのに、僕は何を考えているんだ? 頭を振って写真から目を離して振り返った。
「わっ!」
どうやらすぐ後ろに冴香がいたらしく、いきなり抱きしめられたのと同時に後頭部を抑えられた。さらに巻きつくように腰に腕が回されている。まるで拘束されているみたいだ。
当然ながら、僕の胸板に冴香の胸が押し付けられている。
いつの間にかブラウスのボタンがいくつも外されていたようで、少し見下ろしただけで胸の谷間が見えてしまう。
やけに積極的だな。僕が凛との写真を眺めていたせい?
ナチュラルソープの香りが漂ってくる。本来は冴香らしい清潔感ある香りだけど、密着されていることもあって、頭がクラクラしそうだった。
そのまま僕はベッドに押し倒された。冴香が僕の耳に口を添えて囁く。
「ここで、孝哉は凛を相手に童貞卒業したのね?」
「そ、そ、そう……だけど」
「その後も、いっぱいセックスしたんでしょ? 孝哉が上手なのは、凛と愛し合った経験が生きているわけね」
冴香は至近距離で目を合わせてきた。視界いっぱいに冴香が迫ってくるようだ。
元から目力が強い冴香だけど、今はさらに強い眼差しで僕を見つめてくる。
凛と付き合っていたこと、別れを告げられたことは大学時代に話してあった。初めて同士であったことも。
中学時代の片想いを除き、女子高出身の冴香はまともな恋愛はしたことなくて、僕が初めての相手だった。そのことを表には出していなかったけど、内心では意識していたのだろうか。
冴香は舌でぺろりと唇を舐めた。赤く濡れた舌が別の生き物のように見えたのと同時にゾクっとした色気を感じた。
「ここで、上書きしたいの」
「え?」
答える間もなく僕は口を塞がれた。
まるで捕食されているかのような抱擁と激しい口づけを交わす。
僕の下半身が反応していることを感じた冴香はにんまりと笑みを浮かべる。元カノの部屋で今カノとこんなことするのは正直気まずい。しかし、冴香に積極的に迫られた僕はどうしようもなく興奮もしていた。




