13.謝罪
「たかくんと復縁したかったけど、断られちゃったし、結婚するって聞いて……でも私、たかくん以外の男は合わなかったし……。もう独身のまま生きようって決めたけど……せめて、たかくんの子供を産めたらって」
「でも、同意のないセックスは犯罪だから。凛だって被害者になったことがあるんだからわからないはずないだろ?
それに、下手したら冴香との結婚も白紙になるところだった。そしたら、僕は凛のことを一生許さない」
「あ゛っ……うぐっ……ふぇぇぇぇ……ごべんなさいぃぃぃ……」
場所は僕の部屋のままだ。僕は冴香と並んでベッドの上に座っていた。
服を着させた凛は床の上で正座し、涙を流している。いくら泣こうが、そう簡単に許せる気はしなかった。
ここに至るまでにいろいろあった。
なぜ凛が僕の部屋に入って来れたのか。道路に面する玄関は施錠してあったが、祖父母宅と行き来のために裏口が開いていたからだ。酔って退席した僕が入ったのも裏口で、鍵は閉めてなかった。
子供の頃の凛も、よく裏口から入ってきていたものだ。だから、昔と変わらぬ行動に出たのだ。
そのあたりは田舎特有の不用心さが裏目に出た。
沙耶は警察を呼ぼうと言い張った。昔から相性が良くなかったこともあり、凛に対して怒りが収まらない。両親は複雑な顔をしていた。
そこで冴香が間に入り、ひとまず通報は止めさせた。悪質な場合はすぐ通報した方がいいが、身内や近所の間柄で未遂であったら、まずは話し合った方がいいとのこと。
ひとまず冴香にも立ち会ってもらって、当事者同士で話し合うことになった。
冴香には幼馴染で高二まで付き合っていた彼女がいたことはずっと前に伝えてあった。
10年経った今、なぜそこまで凛が僕に執着するのか。それは別れた際の事情が事情だけに、昼間凛から聞いた話を冴香にも伝えた。
「そうか。若さゆえの過ちとはいえ、彼女も辛い経験をしてきたのだな。だからといって暴発して孝哉の同意なく襲ったのは許されない」
僕が襲われていたのを防いだ時の冴香は本気で怒っていたが、今ではすっかり落ち着いていた。それどころか、凛の事情を聞いて同情すらしている。菩薩か。
冴香は僕の方を向いて尋ねてきた。
「孝哉は、彼女をどうしたい?」
「どうって?」
「許さず被害届を出すか。それとも、示談という形で穏便に収めるか」
先ほどの「一生許さない」を聞いて、自分の罪の深さに気づいたのか。しくしく泣いている凛を見た。
すぐ隣で冴香が寄り添ってくれる。それだけで僕はもう落ち着きを取り戻していた。
未遂に終わったこともあって、怒りは鎮まってきている。
僕は凛をどうすべきか。腕を組んで考えてみた。このまま警察に突き出すのは簡単だ。
例えば、かつて凛を監禁・レイプした平野というクズ男なら、裁きを受けて当然だと思える。むしろ、そうでなければおかしい。
では、凛が平野と同列かというと、そこまでは思えない。僕は凛を前科者にしたいのかどうか?
幼い頃から長い年月を過ごした幼馴染で、付き合っていた時期は本気で好きだったんだ。甘いと言われるかもしれないが、不幸になってほしくはない気持ちもある。
でも、寝ているところを襲われた時の恐怖と嫌悪は抜けきっていない。
つまり、今すぐには結論は出なかった。
僕は率直な気持ちを冴香に伝えた。
逆に冴香がどう思っているのかが気になった。彼女は頬杖をついて考え込んでいた。
「ふむ。彼女と腹を割って二人で話し合ってみたい。その上で対処を考えよう」
「冴香がそう言うなら、任せようかな」
僕は頷いた。冴香がそう言ってくれるなら、きっと悪いようにはならない。そんな確信があった。僕は彼女に全幅の信頼を置いていた。
「急いで来たので夕食を摂っていないんだ。付き合ってもらうよ」
「え、えっと……はい」
冴香は凛の手を取って立たせた。さっき力づくで制圧された冴香を相手に凛はびくっとして怯えた態度を見せた。しかし、じっと目を合わせていると、表情を和らげてこくこくと頷いた。
冴香のキリっとしたスマイルと落ち着きのある声には人誑し(女性限定)の性質がある。それは凛にも効果があったようだ。
「この時間でも開いている店はあるかな? できたら、ファミレスみたいにくつろげる店がいい」
「あ、それなら……」
時刻は午後11時を過ぎていた。郊外に24時間営業のファミレスがあるので、凛の運転で行くとのことだった。
それから小一時間。ファミレスに到着した冴香から料理の写真付きメッセージが送られてきた。向かい合って座っているようで、映っていた凛は笑顔を浮かべていた。それは付き合っていた頃の屈託ない笑みに見えた。
続けて冴香からは「寝てていいよ」とメッセージが来た。
僕は二人の会話が気になって迷っていた。眠気が醒めてしまったのもある。汗をかいて気持ち悪かったのもあって、シャワーを浴びた。
その後、実家に残したままの漫画を読んだり、スマホでネット小説を読んでいた。冴香が帰ってくるのを待っているつもりだったけど、いつの間にか寝落ちしていたようだ。
明け方になって冴香からメッセージが来ていたことに気づいた。冴香と凛は食事の後、市内のスパリゾートに行っていたらしい。
初対面の元カノと今カノが僕抜きで楽しんでいたのがちょっと複雑だ。
明け方に凛の家に帰って、午前中は寝ているとのことだ。
「昨夜は本当に、申し訳ありませんでした! 私欲に駆られた行動で、たかくんをまた傷つけてしまったこと、深く反省しお詫びします」
お昼になり、冴香に付き添われた凛がやってきて、僕たち家族の前で90度近く頭を下げて謝罪していた。
昨夜凛は泣きながら謝罪していたが、改めて家族の前で謝罪したいとやってきたのだ。その後ろには凛の母もいて、同じように頭を下げていた。
僕は凛の側で付き添う冴香と目が合った。彼女は微笑して頷いた。
「兄いは本当に許しちゃっていいの?」
両親と沙耶が僕を見る。
起きてからいろいろと考えていた。僕は足を踏み出して凛に近づいた。
「凛」
「た、たかくん……」
顔を上げた凛と見つめ合う。沈痛な表情だが、涙は流していない。
「昨日も言った通り、僕の中で凛への恋愛感情は、もう消えているよ。10年という年月ははそれだけの長さがあったんだ」
「そ、そうだよね。私と別れた後、たかくんは冴香さんと巡り会えた。たかくんが立ち直れたのは冴香さんのおかげなんだよね。足踏みしていた私と違って、前向きに生きようとしていた」
昨日とは違い、凛の表情は澄み切っているように思えた。一晩かけて冴香と過ごして、そういう境地に至ったのか。どんなことを話していたのか、ちょっと気になるけど。
僕は凛を見つめたまま、口を開いた。
「謝罪は受け入れるよ。大ごとにはしない」
それを聞いた凛、そして凛のお母さんからも少し緊張が抜けた感じがした。
沙耶が何か言いたそうに見えたけど、冴香がすっと近づいて手を握ると、黙って頷いた。
「凛が僕の幼馴染だったのは変わりない。凛がこれから適切な距離感を保てるなら、友人として付き合えるかもしれない」
「……っ! あ、あ……ありがとう」
僕が右手を差し伸べると、凛の目からじわっと涙が溢れた。ハンカチで目を押さえた凛と握手する。凛の手は記憶の中と同じように柔らかくて温かかった。
男女逆にして、彼女を幼馴染の元カレに襲われた彼氏の立場が自分だったら、絶対許すまじってなりますね。
孝哉と冴香の対応が寛容すぎると言われても仕方ありません。
次回、冴香と凛の気持ちについて書きます。




