12.夜這
僕はベッドで仰向けになって寝ていた。
それは夢だ。冴香と離れて暮らしていた頃、寂しさと募る愛しさのあまりによく見た夢。仕事で遅くに帰ってきた冴香に襲われるのだ。
冴香はベッドに近づいてくると、僕を見下ろして妖艶な笑みを浮かべる。
「あぁ、孝哉。好き、好き、たまらなく好きだ……もう、我慢できない」
忙しない手つきでスカートとブラウスをその場に脱ぎ捨てて上下黒の下着姿となり、僕を跨いで覆いかぶさってきた。
引き締まった冴香の体から、ほんの少しの汗の匂いに加えて、甘い女の匂いがする。勤務中は香水などつけないが、それでも彼女に接するといい匂いがするのを知っている。
寝ている僕に構うことなく、冴香がキスの雨を降らしてくる。頭を撫でながら執拗にキスしてくる。色合いを抑えた赤いルージュによって僕の顔から首筋、首の付け根にキスマークが点々と増えていく。
冴香はキスしつつも、僕の肌を味わうように首筋を舐めてきたので、くすぐったくて目が醒めてしまう。
僕の瞼が開いたのを間近で認めた冴香は微笑んだ。
「孝哉……私の愛しい人」
「あぁ、冴香……僕も、愛してぅ」
言い切るのを待つことなく、冴香は僕の口を塞ぐのと同時に舌を入れてきた。
完全に目が醒めた僕は冴香の背に両手を回して抱きながら舌で応じる。寝ていたはずなのになぜか明るい部屋の中、互いの吐息とリップ音が続けざまに奏でられる。
「我慢できなくなっちゃったの?」
「だってぇ。最近忙しかったからご無沙汰で……起こしてごめんね」
「寂しかったのは僕だってそうさ。興奮してきちゃった。責任取ってもらうよ?」
「あんっ。孝哉ぁ……して欲しいのぉ」
ヅカの男役が似合いそうなくらい颯爽として、凛々しくて、格好いい冴香。男よりも年下女性に人気なのも頷ける。
そんな彼女と付き合うようになり、さらに体の関係になってわかった。セックスの時はとても甘えん坊になるんだ。初めての時は痛がったけど、回数を重ねる度に僕にいいようにされたせいか、閨ではただの女の子になる。
冴香の蕩けた顔を見られるのは僕だけだと思うと、途方もない優越感に浸れた。
彼女がキスをしながら僕の下腹部のあたりで尻をじりじり動かしたせいで、愚息はとっくに反応して大きくなっている。
彼女自らブラジャーのホックを外したことで、ボリュームたっぷりな乳房がまろびでてきた。いつの間にか脱がされていた僕の胸板に直接重みが伝わってくる。
まるで貪るように舌を絡めてきた彼女がいったん唇を離した。出したままの舌が糸を引く。
くすっと笑みを浮かべた彼女から柑橘系の香りがした。
「くふ。たかくん、今でも可愛いね」
あれ? 冴香は僕のことをいつも”孝哉”と呼んでいるはず。そんな風に僕を呼ぶのは記憶の中では一人きり。
「たかくん。おっきくなったね。私も久しぶりですごい感じてる。やっぱり、たかくんのこと、忘れられるわけないよ。10年経っても体が憶えてる。今でも大好きなんだもん。たかくん、ごめんね。悪いことだってわかってる。でも、もう止められない。私が入れてあげるから。たかくんは寝てるだけでいいから」
「え……は……?」
仰向けとなった僕に密着している女の言葉を信じられない思いで聞いていた。
浅い眠りの中での明晰夢を見ていると思っていた。微睡から意識が醒めつつある。
まだアルコールが頭に残っているせいか、ぼんやりとはしているけど、これは現実のようで……。
僕は酒宴を途中退席して、裏口から実家に戻った。台所で水を飲み、トイレを済ませた後、自室に入った気がする。
どうやら電気も消さず、シャツを脱いだだけで横になって眠ってしまったようだ。頬にすりすりされているようで、視界は焦げ茶色の髪で閉ざされている。僕にそんなことをしてくる相手は……。
鼻にかかったような甘え声、匂い、胸板に感じる柔らかくて重いもの、すべて記憶にある。高校二年の冬まで僕のものだった。
「もしかして、凛、なのか?」
「あはっ、たかくん、起きちゃったぁ?」
「ど、どうして?」
昼間別れたはずの凛だった。上半身裸になった凛は僕の首の付け根に鼻先を近づけて、すんすんと匂いを嗅いでいたようだ。
僕の言葉を聞くと、顔を少しだけ上げて近づけてきた。僕の視界いっぱいに凛の顔だけになる。瞬きもせずに僕をじっと見つめている。さらにお尻をぐりぐりさせて、僕の股間を刺激しているのがわかった。
「私、サイテーなことしたもんね。たかくんを傷つけちゃったもんね。復縁を断られちゃうのも仕方ないよ。だから、今付き合っている彼女さんから奪おうなんて思ってないの。
でもね……こんな私でも、生きていく希望が欲しいの」
「き、希望って……凛くらいの美人なら、男はいくらでも選び放題だろ。いい人を見つけて幸せに」
「ううん。たかくん以外の男はだめって、この10年でわかったの。たかくんほど愛せる男はいない」
「そ、そんなこと……」
唐突に唇を塞がれた。ねっとりとした舌が入ってくる。こんなこと、やめさせなきゃいけない。
もがいたけど、上から体重をかけられているせいで、跳ね除けることができない。単純な力なら僕が上回るはずなのに、力が入らない。
凛は僕の顔が動かないよう、両手でがっちりと固定している。
「はふぅ……やっぱり、たかくんとのキスぅ、気持ちいい……最高だよぉ……」
それから数分間に渡って僕の口内を蹂躙しながら凛は下まで脱いでしまったようだ。さらに僕のパンツを脱がそうとする。
「だめだっ、やめろって!」
「本当にごめんね。でもね、これっきりにする。たかくんの種をもらってね、たかくんの子供を産むの。それが私の生きる希望になるの。迷惑をかけないように、一人で育てていくから。安心して?」
間近で凛の口が三日月のように弧を描いた。その目は据わっているように思えた。
凛は僕の上半身を体重かけて抑えたまま、器用に足先でパンツを脱がしていく。意思とは裏腹に刺激を受けた僕の股間は元気いっぱいだ。
「たかくん、たかくん、たかくん、たかくん……うふっ。口じゃ嫌がっても、体は正直だね。嬉しいな。思い出すよ。たかくんとのセックス、最高に気持ち良かったんだよね。でもね、今日は邪魔なゴムは要らないよ。思い切り、私の中に注いでねっ」
「や、やめ……むぅ!?」
頭を抱え込まれて、僕の顔は凛の豊かな乳房に挟まれた。そのボリュームで口が塞がれて息が苦しい。アルコールが残っているせいか、煩いほど心臓が鼓動している。
同時に凛は腰を浮かしながら片手を背後に伸ばし、僕の股間に伸ばしたようだ。
このままでは本当に犯られてしまう。
凛の言葉を鵜呑みにはできない。逆レイプに近い形とはいえ、女性を身籠らせてしまったら……。
冴香に愛想を尽かされて結婚は白紙。すでに終わったはずの凛に対して責任を取ることになるだろう。そんなのは嫌だ!
僕は下半身を左右によじって抵抗する。挿入だけは防がなければ。
「だぁーめ。ずっと、夢見ていたんだぁ。たかくんの子供を産むの。それが、私の運命なの」
「むあぇんな!。あぇろ!」
何が何でも挿入したい凛と、挿入を防ぎたい僕の間で攻防が続く。萎えれば済むはずなのだが、豊満な女体に覆いかぶされた僕の股間は無駄に元気を維持している。
やがて凛は柔道の縦四方固めのように上半身と足先で僕を押さえつけ、大きな尻を下腹部に擦りつける作戦に出た。そのまま尻を動かしながら挿入するつもりなのだ。
マジでふざけんな! 凛に別れを告げられた後の僕は失恋の傷を長らく引きずり、冴香と出会い、やっと幸せを掴めると思っていたのに。
そんなことを叫びたかったけど、言葉が出せない。助けを呼べない。そもそも、家族は祖父母の家にいるはずで、よっぽど大騒ぎしないかぎり聞こえないだろう。
万事休すか、そう思っていた時だ。
「きゃっ!」
誰かの足音が聞こえてきたと思った瞬間、乗っかっていた重みが消えた。無言で凛を背後から引き剝がしたのは、部屋に入ってきた誰かだ。
すっかり表情が落ちたその顔を目にした僕は、彼女が相当怒っているとわかった。
「この不埒者めっ!」
「いだだだだだっ!」
「確保ぉ!」
「ひぃぃぃ」
彼女は素早く凛の背後を取り、右腕を捻り上げながらベッドの隅に顔面を押し付けた。それだけで凛は戦意喪失し抵抗を諦めたようだ。
高校時代は剣道部の主将として全国大会出場。警察官になってからは柔道や合気道も習得している。僕を含めて並みの男を組み伏せるなんて朝飯前である。まして不意をつかれた凛では敵わない。
心配そうな顔で僕の方を見やった彼女が女神に見える。
「ふぅ、どうやらぎりぎり間に合っただったようだな」
「あぁ、冴香……助かった……本当に、助かったよ。ありがとう」
スーツ姿の凛々しい彼女と目を合わせた僕は心底安堵した。
明日来る予定の冴香がどうしてこの場に現れたかという疑問はさておき、襲われていた僕にとって救いの女神であるのは確かだった。
「兄い!」
今になって沙耶と両親がやってきた。ただし、凛がほぼ裸なので、父だけは部屋に入ることは許されず、母によって戻された。
後から知ったのだが、冴香は勤務が終わった後、速攻で帰宅し着替えもせず支度だけしてこっちに向かってくれたらしい。
「どうして?」と聞いたら、小さな声で「早く会いたかったから」と恥ずかしそうに言った冴香はとても可愛かった。




