第6話
その夜、寮の自室で私はまだベッドにうつ伏せになっていた。
(学院を辞めてしまいたい……)
昼間の出来事を思い出す。
廊下での令嬢たちの視線にイザベルとの会話。
そして――
アレクセイのあの発言。
『彼女は特別だ。だから選んだ。』
私は枕に顔を押しつけた。
(何が特別よ……!)
完全に巻き込まれているだけだ。
心臓は未だに落ち着かない。
その時、コンッと窓が鳴った。
私は顔を上げた。
風かしら?
恐る恐る窓に近づきカーテンを開けた次の瞬間、私は声を上げそうになった。
窓の外、バルコニーに黒い外套の男。
「こんばんは、サラ。」
「アレクセイ様!?」
慌てて窓を開ける。
「な、な、何してるんですか!?」
「見て分からないか。きみに会いに来た。」
「窓から!?」
「何か問題あるか。」
大ありだ。
しかし私が何か言う前にアレクセイは軽く窓枠に手をかけ、するりと部屋の中に入ってきた。
「ちょっと待ってください!ここ、女子寮ですよ!?」
「知っている。」
「知ってて来たんですか!?」
「恋人だからな。」
私は言葉に詰まる。
その隙にアレクセイが一歩、そしてもう一歩と近付いてきて気付けば私は壁際に追い詰められていた。
「アレクセイ様。」
「何だ。」
「近いです。」
「そうか?」
そう言いながらさらに距離が縮まる。
(絶対わざとだ)
「今日は昼間だけで十分大騒ぎだったんですよ!」
「知っている。」
「私は令嬢たちに睨まれました!」
「そうだろうな。」
全然悪びれないどころか、むしろ少し楽しそうだ。
「どうしてあんなこと言ったんですか!」
「今度はどれだ。」
「『特別だから選んだ』ってやつです!」
「事実だ。」
「事実じゃありません!」
「きみは特別だ。」
「違うでしょ!」
私は真っ赤になったその時、ふっと腕を掴まれる。
「きゃっ!」
そのまま引き寄せられ――
私はベッドに座らされていた次の瞬間、私はアレクセイの膝の上に乗っていた。
「なっ……!?」
背中から腕が回り抱きしめられる形となり完全に逃げ場がない。
「アレクセイ様!?」
「静かに。誰か来る。」
確かに廊下の向こうで足音がする。
侍女だ。
もし見られたら完全に終わる。
しかしアレクセイは全く動かないどころか、腕が腰を抱き寄せる。
「ちょっと!」
「せっかくだから恋人らしくしていろ。」
「こんなの恋人でもしません!」
「するだろ。」
言いながら彼の手がゆっくり動く。
腰から――少し上へ。
私は慌ててその手を掴んだ。
「だめです!」
「まだ何もしていない。」
「してます!」
「顔が赤いな。」
「あなたのせいです!」
「そうか。」
次の瞬間、彼の指が私の顎に触れた。
ゆっくり持ち上げられ視線が合う。
近い、とても近い。
私は思わず目を閉じた。
すると、額に軽い感触。
「……え?」
目を開けるとアレクセイが私を見ていた。
「これくらいなら問題ないだろう。」
私は呆然とする。
心臓がうるさい、本当にうるさい。
「アレクセイ様。」
「何だ。」
「私、心臓がもちません。」
アレクセイは少しだけ笑い、そして耳元で囁く。
「慣れろ。」
「無理です!」
しかし彼の腕は離れない。
むしろ、少しだけ優しくなった。
廊下の向こうで侍女の足音が止まりひそひそ声が聞こえる。
「見た?」
「ええ。」
「本当に恋人の関係のようね。」
私は絶望した。
(終わった……)
しかし、その様子を見ながらアレクセイは静かに笑っていた。
まるで――
この状況を最初から狙っていたかのように。
そしてサラはまだ知らない。
彼がどれほど大きな策の中で動いているのかを。




