第5話
その日の夕方
王都の中央通りに面した大きな建物――
リーデル商会本店。
石造り三階建ての堂々とした建物は、王都でも指折りの大商会として知られている。
その最上階の執務室で、サラの父
リーデル商会の商会長は帳簿に目を通していた。
机の上には分厚い帳簿が何冊も並んでいる。
彼は静かにページをめくりながら秘書に言った。
「東部街道の商隊は無事に着いたか?」
「はい。問題ありません。」
「港行きの船は?」
「明日出航予定です。」
商会長は小さく頷いた。
リーデル商会は武器や鉱石、織物など幅広い商品を扱う。
その分、帳簿も膨大だ。
だが彼は一つ一つ確認するのを怠らないその時、彼の手が止まる。
「火薬だと?火薬樽が二十?」
帳簿の一行で商会長は眉をひそめ、秘書が首を傾げる。
「工房向けの注文だと思いますが。」
「工房にしてはやけに多い。」
火薬は危険物だ。
しかも二十樽も。
普通の工房では使い切れない量である。
商会長は指で帳簿を叩いた。
「これは誰が手配した?」
「物流責任者のゲオルグです。」
商会長は少し考えた。
ゲオルグは商会に二十年以上勤める古参の商会員で倉庫管理と物流を任されており、信頼も厚い人物。
「呼んできてくれ。」
「はい。」
秘書が部屋を出ていこうとしたその時、扉がノックされ別の商会員が入ってくる。
「商会長。」
「どうした。」
「王城から使者が来ています。」
「……王城?」
「はい。王妃陛下がお会いになりたいと。」
部屋の空気が少しだけ変わり、商会長は立ち上がった。
上着を整えながら返事をする。
「分かった。」
「馬車を直ぐに用意しろ。」
「はい。」
「王妃陛下とは……珍しい。」
その目には、わずかな警戒があった。
――――――――――
同じ頃
リーデル商会の倉庫街。
夕暮れの影が落ち、辺りは静まり返っている。
大きな倉庫の扉が、静かに開き中から一人の男が出てきた。
リーデル商会物流責任者ゲオルグ。
彼は周囲を確認すると、低く言った。
「来たか。」
暗がりから、王城の侍女服を着た一人の女が姿を現す。
「荷は?」
「予定通り火薬二十樽。」
「船は?」
「三日後に出る。隣国行きの商船に紛れ込ませる。」
「王妃陛下もお喜びになります。」
その言葉に、ゲオルグは薄く笑う。
「相変わらず気前がいい方だ。」
女は小さな袋を差し出した。
中には金貨。
ゲオルグはそれを満足そうに受け取る。
「商会長は?」
「気付いていない。あれは、帳簿ばかり見てる男だ。」
「ならいい。王妃陛下は、戦の準備を急いでおられる。」
「戦争か。」
「さあ。」
だがその時だった。
倉庫の屋根の上で誰かが静かにその会話を見ていた。
黒い外套を身に纏ったその人物は小さく呟く。
「……やはりだ。」
低い声。
アレクセイ・ヴォルグレフ。
彼は下を見下ろしていた。
リーデル商会ゲオルグと侍女、その二人の密会を。
アレクセイの目がわずかに細くなる。
「リーデル商会その内部に鼠がいるな。王妃と繋がる者が。」
風が外套を揺らし、アレクセイは小さく息を吐く。
「さて、どう動くか。」
その時、彼の脳裏に浮かんだのはサラの顔だった。
「……君の父上は潔白か。もしそうなら守る必要がある。そして同時に、調べる必要もある。この騒ぎ、思ったより大きいな。」
一方その頃
当のサラはというと、学園の寮の部屋で盛大に頭を抱えていた。
「どうして私が令嬢たちに睨まれてるのよ!」
廊下から聞こえる声。
「アレクセイ様の恋人ですって。」
「商人の娘らしいわよ。」
「信じられない。」
私はベッドに顔を埋めた。
(帰りたい……)
サラはまだ知らない。
自分の家の商会で――
王妃の陰謀が動き始めていることを。
そして、その騒ぎの中心に自分がいることも。




