第16話
ヤグディンも同じ方向を見ており、その笑みはいつもの軽さとは少し違っていた。
――その一瞬だけ。
周囲のざわめきが遠くなったような気がした。
(……なんで?)
見慣れているはずの家の商会の紋章入りのただの荷馬車なのに、どうしてこんなにも胸がざわつくのだろう。
「気のせいかもしれませんけど……最近、本当にあのような荷が多いのです。」
「どれくらいだ。」
すぐに返ってきたのは、アレクセイの声だった。
「毎日、見ている気がします。時間はばらばらですけど。」
「……そうか。」
短い返事。
それきり、アレクセイは何かを考えるように視線を細めた横でヤグディンが軽く言う。
「商売が繁盛しているんだろう。リーデル商会なら不思議じゃない。」
「……そう、ですよね」
私は頷いた。
確かに、それはそうだ。
王都でも有数の商会なのだから、荷が多くてもおかしくはない。
――それでも何かが違う
説明はつくのに、納得がいかない。
胸の奥に、小さな棘のような違和感が残る。
「サラ。」
不意に名前を呼ばれ、顔を上げるとアレクセイがこちらを見ていた。
さっきまでの思考の色は消えている。
代わりにあるのは、いつもの――いや、少しだけ強い視線。
「さっきの話だ。」
「夜会ですか。」
「ああ、必ず来い。」
「まだ……考え中です。」
「考える必要があるのか。」
「ありますよ!」
思わず強めに言ってしまう。
「だって、辺境伯家の夜会ですよ!?軽い気持ちで行っていい場所じゃありません。」
つい、声が大きくなってしまい周囲の何人かがこちらを見る。
しまった、と思ったけれどもう遅い。
けれどアレクセイはそんな視線を一切気にしなかった。
「軽い気持ちで来いとは言っていない。」
「……え?」
「重く考えろ。」
予想外の返答に、言葉が止まる。
アレクセイは淡々と続けた。
「その上で来い。君が来ることには意味がある。」
「意味……?」
思わず聞き返す。
けれどアレクセイは、それ以上は言わなかった。
「来れば分かる。」
「完全に囲いにきてますね。サラをそこまでして連れていきたい理由、俺も知りたいな。」
「必要ない。」
アレクセイは即答した。
(……やっぱり、この二人)
何かがある。
言葉の奥で、静かにぶつかり合っている。
けれど次の瞬間
「別にいいですけどね。」
ヤグディンは肩をすくめて、いつもの軽い笑みに戻った。
「サラ、気をつけてね。」
「え?」
「その夜会たぶん、穏やかじゃないから。」
背筋が、ぞくりとした。
「どういう意味?」
思わず聞くが、ヤグディンは答えない。
ただ、にこりと笑うだけ。
「さあ?俺は楽しみにしてるよ。」
そう言って、ひらりと手を振る。
そのまま人混みの中へ消えていった。
残されたのは、私とアレクセイ。
そして遠ざかっていく荷馬車。
「何か、起きるんですか。」
気づけば、そう口にしていた。
アレクセイは少しだけ間を置いてから答える。
「起きるだろうな。だから来い。」
また、それだ。
でも今度は、さっきよりも少しだけ意味が違う気がした。
ただの誘いじゃない。
――巻き込むための言葉。
「俺が見ている以上、君に何もさせない。」
その言葉になぜか少しだけ、安心してしまう自分がいる。




