第13話
その日に王立学院の噂は瞬く間に広がった。
リーデル商会の娘サラ、ヴォルグレフ辺境伯家のアレクセイ、
――そして人気舞台俳優ヤグディン。
三人の名前は、昼過ぎには学院中で囁かれていた。
そして、その噂の中心人物の一人ヤグディンは夕方、王都の商業地区を歩いていた。
目の前に見える大きな看板リーデル商会。
ヤグディンは看板を見上げ、ゆっくり口元を歪めた。
「久しぶりだな。」
幼い頃、何度も来た場所。
サラの父が商談をしている間、サラと店の奥で遊んだこともある。
だが今日は――懐かしさだけではない。
(さて)
王妃の言葉を思い出す。
――どれほど本気なのか見てみたい。
そしてもう一つ王妃の侍女から聞いた話。
リーデル商会の物流責任者が、商会長に内緒で動かした荷。
(面白い)
ヤグディンは扉を押し開けた。
店内はまだ忙しい時間帯だったらしく帳簿を抱えた商人たちが行き交う。
「……あ。」
従業員が気づく。
「ヤグディン!」
自分は王都では有名人だ。
舞台俳優としての顔もあるが、リーデル家と縁のある人物でもある。
ヤグディンは軽く手を上げた。
「久しぶり。サラの父上は?」
「ただいま商談中でして。」
「そうか。」
「じゃあ、ゲオルグは?」
ヤグディンが少し考えたように間を置き、何気なく言ったその名に従業員は少し驚いた。
「物流責任者のゲオルグさんですか?」
「ああ。」
「奥の帳場におります。」
「ありがとう。」
ヤグディンはゆっくり奥へ歩く。
商会の奥、帳簿が積まれた机の前で一人の男が書類を確認していた。
がっしりした体格に落ち着いた視線。
リーデル商会の物流責任者――
足音に気づき、顔を上げるとわずかに目を細めた。
「おっ……ヤグディンか。」
「久しぶり。」
軽い口調だが、視線は笑っていない。
ゲオルグは腕を組んだ。
「舞台俳優が、こんな所に何の用だ。」
「冷たいな。幼馴染の家に顔を出しただけだ。」
「サラに会いに来たのか?」
「まあ、それもある。」
ヤグディンは机の前で立ち止まり、少しだけ声を落とす。
「……それと、確認だ。」
ゲオルグの目が、わずかに鋭くなる。
「何の。」
「火薬の件。」
帳場の空気が、一瞬で止まる。
ゲオルグはしばらく黙ってゆっくり椅子にもたれた。
「なるほど、監視か?」
「いや、確認だ。お前が、まだ王妃側なのかどうか。」
その言葉に、ゲオルグの目がわずかに動く。
ヤグディンは机に手をつき、少し身を乗り出した。
笑顔のままだが、声は低い。
「王妃様の仕事をするなら、覚悟が必要だ。」
「中途半端は困る。それにリーデル商会の商会長がどうやら、帳簿を見て怪しんでいるらしいな。」
その一言で、ゲオルグの眉がわずかに動いた。
ヤグディンは見逃さない。
口元がゆっくり歪む。
「安心しろ。俺は味方だ。ただし――王妃の計画を邪魔するなら、話は別だ。」
「……何が聞きたい。」
「簡単だ。」
「火薬はいつ動く?」




