第11話
翌朝、王立学院の中庭はいつも以上にざわついていた。
「聞いた?昨日の噂。」
「アレクセイ様がリーデル商会に行ったらしいわよ。」
「それって、例のあの娘に会いにってこと?」
ひそひそ声が、あちこちから聞こえてくる。
(やっぱり……!)
サラは俯いたまま歩いていた。
昨夜の出来事が、頭から離れなくて胸が落ち着かない。
『大切にします。』
あの低い声と、そして――額への口づけ。
思い出した瞬間、顔が一気に熱くなる。
(思い出すな私……!)
両手で頬を押さえながら歩いていると、低く落ち着いた声がした。
「サラ。」
振り向いた瞬間に心臓が跳ねる。
そこに立っていたのは、アレクセイだった。
長身で、整った顔立ちで学院中の女子が憧れる存在。
その彼が、まっすぐサラを見ている。
それだけで周囲の空気が変わり、ざわめきが一気に広がる。
サラは慌てて頭を下げた。
「お、おはようございます。」
「おはよう。」
アレクセイはいつも通り、落ち着いた声だった。
次の瞬間、自然な仕草でサラの髪に触れる。
「どうした。寝不足か?」
「っ……!」
「ち、違います!」
周囲が一斉にどよめいた。
「付き合い始めであの距離感なの!?」
サラは小声で言った。
「ア、アレクセイ様、ここ学院内です。」
「そうだな。」
そう言いながらも、彼は特に気にした様子はない。
むしろ、少し楽しそうに見える。
「しっかり昨日のこと噂になっているらしい。」
「な、なってます……!」
「予定通りだ。」
サラは言葉に詰まった。
困る……でも、嫌じゃない
そう思ってしまう自分に、また顔が熱くなる。
その時、背後から軽い声がした。
「へえ。」
サラは振り返り、そして目を見開いた。
そこに立っていたのはヤグディンだった。
黒髪に、どこか危うい笑み。
人気の高い舞台俳優だけあって、学院でも目立つ存在だ。
中庭の空気が一瞬で変わる。
「ヤグディン!」
「今日学院に来ていたのね!」
「舞台の公演終わったばかりじゃない?」
サラは思わず声を上げた。
「ヤグディン!?」
ヤグディンは肩をすくめる。
「幼馴染に対してその反応はひどくないか?」
その言葉に、中庭が爆発した。
「幼馴染!?」
「ちょっと待って!」
「アレクセイ様と恋人なだけじゃないの!?」
(やめて……!)
サラの頭の中は完全に混乱していたその時、横から落ち着いた声がした。
「サラ。」
アレクセイだった。
静かな声だが、視線はヤグディンに向けられている。
「紹介してくれるか。」
「え、えっと……。」
サラが言葉を探している間に、ヤグディンの方が先に動いた。
彼は姿勢を正すと、アレクセイに向かって丁寧に一礼する。
「初めてお目にかかります。ヤグディンと申します。ヴォルグレフ様のお名前はかねてより伺っております。」
そして少し視線をサラに向け、微笑む。
「サラとは幼い頃からの知り合いでして。」
一瞬、空気が静まる。
次の瞬間、アレクセイが静かに名乗った。
「アレクセイ・ヴォルグレフだ。」
短い言葉だが、その場の空気がわずかに引き締まる。
二人の視線がぶつかった。
表情は穏やかだが、互いにわずかな緊張が走る。
周囲では、すでに噂が爆発していた。
「リーデル商会の娘って何者なの!?」
サラだけが真っ青だった。
(なんでこうなるの……!?)
学院の空気は、
静かに――そして確実に、変わり始めていた。




