終章
雪の身体を包んでいた白拍子の衣が霧のように溶けてゆく。
もとの着物の姿に戻った雪は、吐露した。
「紅葉に乗っ取られている間は、身体の奥深くに押し込まれ、怖かった。やっと出て来ることが出来ました。そして・・・・・・何もかも、思い出しました」
龍胆の腕の中で、雪は苦しげな顔で、はにかんで、必死に言葉を紡ぐ。
「両親が殺されたこと。龍胆さまに育てていただいたこと。あやめさんとの戦いも。穢土城での死闘も。小梅ちゃんと菫ちゃんのことも・・・・・・」
でも、と雪はまぶたを伏せた。
「なぜだか、苦しくてたまらないのです」
記憶は良いことばかりではない。悲しい記憶も沢山ある。
「紅葉も雪も。――人殺しではなくとも、あやかしの血の雨に濡れるわたしは、あなたと何も変わらない」
龍胆は、まばたきすると、穏やかにほほ笑んだ。
「ならば俺は傘をさそう」
――歩いてゆこう。血の雨の中でも、共に。
すると、白木蓮の治療を終えた桔梗が、腰に手を当てニヤリと笑った。
「医者でありながら3万人を死に追いやった俺も、傘に入れてもらうとしますかね」
「俺も・・・」
白木蓮は、咳き込みながら起き上がった。
「お母さん!」
「ぼくたちも忘れないでね?」
小梅と菫が駆け寄ってきた。
龍胆を押しのけ、子供たちは雪に抱きつく。雪にようやく笑顔が戻った。
「ごめんね。二人とも。わたしはもう大丈夫だから」
小梅のおでこに口づけ、菫に頬ずりをする。龍胆はようやく胸をなでおろした。
夜が明ける。
日の出とともに、小梅の城は役目を終え、消滅した。
餓鬼はもう現れないだろう。
白桜は枯れた。
邪気が漂う花散里は、これから草木一本生えない不毛の地となる。
将軍の命により、陰陽師は邪気払いに追われることになった。
「花散里を、去ろうと思う」
龍胆は開口一番、重々しく告げた。
囲炉裏を囲み、茶をすすっていた雪と白木蓮はむせた。
「どうされたのですか、急に・・・」
「ここは龍胆さん、あんたにとって大事な場所だろう? 違うのか?」
龍胆はうなずいた。
「たしかに、大切な思い出の家だ。・・・だが、陰陽師も言っていたが、あと百年は花散里の邪気を祓えそうにない。上様の口添えのお陰で陰陽師らは手出ししないが、俺達屍食鬼がいつまでも居座れば、必ず諍いが起こる」
「そうですね・・・」
雪は、膝の上に乗ってきた菫の頭を撫でながら、眉をきゅっとハの字にした。
「・・・わたしも鬼女を体内に飼っているようなものですし。こうなったのも、わたしのせいかもしれません」
「お母さんのせいじゃないですよ!」
小梅が、菫を押しのけながら割り込んできた。
雪の膝を巡って喧嘩する子供たち。桔梗はそれを猫の子をつまむようにひょいと抱えると、「庭で遊んでこい!」とペッと追い出した。
「まったく。ガキは気楽でいいぜ」
桔梗は鼻から長々とため息をつく。
「師匠と白木蓮はこれから、どうするつもりですか?」
「俺は幕府に戻ります」
白木蓮は茶を置き、姿勢を正した。
「上様から『余の犬馬となって働け』と直々に命が下りました。なんとなく、龍胆さんたちとも何度も会う気がしますが」
「そうか。・・・師匠は、どうされますか?」
桔梗は立ち上がる。ふっと儚げな笑みで龍胆と雪を見やった。
「旅にも少し疲れていてな。よかったら一緒に住みたいところだが・・・お前らは新婚だろ? 俺の居場所はなさそうだ」
「わたしたちはまだ結婚式をあげていません。同居しても問題ありませんよ」
珍しく、雪が言った。
龍胆は眉をひそめる。
「雪。どうしたんだね?」
「だって、龍胆さま。桔梗さまは放おっておくとさみしくて死んでしまうウサギのようなところがあるでしょう?」
「それは否定できないが・・・」
「お前ら! 俺を何だと思っとるんだ!?」
雪と龍胆にするどいツッコミを入れた桔梗だが、その顔は嬉しそうだ。
まだまだ、結婚は先のようだ。
やれやれと龍胆はため息をついた。




