雪か紅葉か 弐
「みごとな夜桜でございますね」
紅葉は袖で口元を隠しながらころころと笑った。
「しかし、ちちさまは白い桜がお好きだったはず。青い邪気で御自ら花を染めてしまわれるとは、珍しいこと」
「白桜は、惜しいことをしたと俺も思っているよ」
魔王は腕を組み、唸る。
「織田毛介は龍胆に始末されたようだ。まったく、僅かなお前の髪の薫りに誘われてあっさり負けるとは。――紅葉。罪作りな女だ、お前は」
「そこに控えている野獣どもは、ちちさまのご趣味ですか?」
紅葉はハイエナから人間に変化したグールの女達を見やった。
「ああ。お前ほどではないがな。美しいだろう」
「・・・色に溺れて。見るに耐えませんわね」
「はは。娘に叱られると父は苦しいぞ」
紅葉は罰が悪そうな父親に、にこりと告げる。
「殺しても構いませぬか?」
「いや、待て。殺しては俺の楽しみが・・・!」
紅葉は扇を一振した。
グールの女達からジュッと肉が焼ける音が響く。
身体が燃えているのだ。
女達はのたうち回って苦しむ。やがて黄金の砂があたり一面にこんもりと残った。
魔王は口が半開きになった。
「紅葉・・・!」
「ちちさまが道を違わぬよう、始末いたしました」
紅葉はまたも袖口で口元を隠すと、魔王に流し目をおくった。
「異国の魔物など、この国には合いません。――諦めなさいな」
「お前はいつも人間の味方をする」
魔王はしてやられたと、目を平べったくして、砂の山を見下ろす。
紅葉は倒れたままの白木蓮のもとへ歩み寄ると、口元に白い手をかざした。
白木蓮の口から、大量の邪気が溢れ出した。
やがて、白木蓮は咳き込む。そこに血は混ざっていない。再び気絶したが、正常に呼吸をしていた。
「可哀想なことを・・・。この方は『雪』の大切な友人でございますよ」
「雪は俺の娘ではない。俺の娘は、紅葉。お前だけだ」
「わたくしは、もう二度と目覚めるつもりはなかった」
紅葉の瞳はギロッと父親を睨む。
「何度、同じことを繰り返されるおつもりですか?」
「俺は仏敵。災いの権化。それが俺でありお前の父の本分だ」
「――」
紅葉は腰の太刀をシャンと抜いた。
勢いもそのままに、父親の首をはねた。
胴体から溢れ出すのは鮮血ではなく黒い霧。ゴロゴロと転がる首はにやりと笑っていた。
「お前は、いい女だ」
「あなたは最低の親です」
第六天魔王はそのまま黒い霧に変貌すると、ざあっと月へと去ってゆく。
黒い霧に衣を汚された紅葉は、夜空を見上げてため息をついた。
「雪!!」
龍胆の声。紅葉はびくりと肩が震えた。
おずおずと振り返れば、息を切らせた竜胆と、白木蓮に駆け寄る桔梗の姿があった。
「り・・・りんどう、さま・・・?」
紅葉は目を見開く。父親の首をはねた太刀を取り落とした。屋根の上を刀はカラカラと転がってゆく。
「ゆき」
龍胆はおそるおそる距離を詰める。
「来ないで」
紅葉は、がくりとその場に座り込んだ。
「――見ないで・・・」
紅葉は袖で顔を隠した。
龍胆に見られた。あさましい鬼女の姿を。首を落としたところも。
刹那、紅葉の心臓が脈打った。
(雪・・・。この身体に戻りたいのですね)
夫のもとへ。子供たちのところへ。
龍胆はそれに気づかず、ぎゅっと紅葉を抱きしめる。紅葉は眼がうるんだ。
「龍胆さま・・・」
紅葉は顔を上げると、龍胆と見つめ合う。
すっと、龍胆の唇に自らの唇を喰むように押しあてた。
「ゆき?」
「・・・紅葉も雪も。龍胆さまをお慕いしておりますよ」
龍胆は眼を丸くする。そのまま、紅葉は龍胆に体を預けた。
次に目覚めたときには。
雪は黒真珠のような、あたたかい瞳に戻っていた。




