醜い桜
第六天魔王は、すっかり青に染まってしまった桜を見上げた。
桜の太い根は地面から半分以上剥き出しで、時期に枯れてしまうことは明白だった。
――俺のどこが嫌いだ?
自ら手折った花へ、魔王は問う。
答えは返ってこない。
虚しい問は、この花が咲く限り永久に終わらないだろう。
――この魔王の魂を震わせ『綺麗だ』と言わしめるのは、桜(お前)だけだ。
魔王は腰掛けていた岩から立ち上がると、ハイエナたちに背を向けた。
「どちらへ向かわれるので?」
グールの女が尋ねる。魔王はふんと鼻で笑った。
「あとは織田毛介にゆだねる」
魔王の周りには真っ黒な霧がたちこめた。立ち去る合図だ。
「青の花びらなど、桜ではない」
そう言い残し、魔王は消えた。
雪は、白木蓮、菫とともに屋根の上から、鳥居に吸い込まれてゆく餓鬼の大群を静かに見つめていた。
ふと、小梅の可愛らしい声がした。
「お母さん。頼みがあるのですが」
「小梅ちゃん! 大丈夫なの? 龍胆さまと桔梗さまは?」
「無事ですよ。まったく、皆ぼくがいないとだめですね」
小梅は威張りながら腰の小刀を雪に差し出した。
「お母さんの御髪をちょうだいしたいのですが」
「わたしの髪・・・?」
雪は首を傾げたが、深く追求せず、数本切って束ねると、小梅に手渡した。
「これでいいの?」
「はい。お母さんのきれいな髪は切りたくなかったのですが、しかたないのです」
受け取ると、小梅はベールを翻し、消えた。
「なんだったのかしら?」
雪は首を傾げる。菫は(後でシメよう)と密かに誓う。白木蓮は
「龍胆さんたちは苦戦しているな」
と、淡々と言った。
その場にいる誰もが、小梅の行動ばかり考えていた。
ふと、雪の視界に真っ黒な霧が入ってきた。
刹那、白木蓮はゴボッと口から血を吐いた。
雪と菫は目を見開く。
どこにも刺し傷はない。霧を吸ってしまったようだった。
「白木蓮さま!」
駆け寄ろうとした雪だったが、身体が金縛りにあったように動けなかった。
それは菫も同じ。喉から猫特有の威嚇をするだけで、精一杯のようだった。
やがて、霧の中から第六天魔王が姿を現した。
「あ、あなたは、だれ・・・?」
雪のこめかみを、冷や汗が滑る。
ただの僧侶でないことはわかった。菫を護らねばと、雪は恐怖心を叱咤する。
魔王は何でもないことのように、にこやかに続けた。
「お前の父であり仏敵だよ」
――記憶を戻してやろう。お前が忘れたいと願った記憶を。




