300年前に見た太刀筋
「――懐かしい部屋だ」
織田毛介はあたりを見渡し、密かに笑った。
小梅によって連れてこられた部屋は、城の最下層とは思えぬほど見事な調度品で溢れていた。
虎の毛皮の敷物。紅い絨毯。主に赤で統一された部屋は、かつての自城を思い起こさせた。
「お気に召しましたか? 織田毛介さま」
可愛い声がどこからともなく聞こえてきて、毛介は天井を見上げた。
「小僧。その齢にして見事なるぞ」
「お褒めいただき、恐悦至極に存じます」
小梅は姿を表さないが、うやうやしく頭を下げている気配がした。
毛介は鼻で笑うと、部屋の中を土足で闊歩した。
「――人間五十年。よくここで謡ったものよ」
毛介はかつてを思い出していた。
扇を手に死への覚悟を決めていた。・・・魔王と契約を結んでからはめっきり謡わなくなってしまったが。
当時仕えていた小姓、妻、武将たちを思い出されてならない。
「わしの草履を温めた猿には、サルスベリの名をつけてやった。まさかその猿に天下を掠め取られるとは思わなかったが」
「だれに封印されたのですか?」
かわいい声が尋ねる。毛介は「特別に答えてやろう」と無精髭を撫でた。
「あの猿めは、日ノ本中から高僧をかき集めて、このわしを棺桶に押し込め、封印しおったのだ」
長い長い時間が流れ、天下は徳岡の世となった。
「あの桜の木と同化するほど長い時が流れ・・・。天下統一は露と消えた。わしには雪が全てとなった」
「なぜ雪お母さんなのですか? 美人はいっぱいいたでしょう?」
「比べられるはずがない」
毛介はすらりと刀を抜いた。
「雪をひと目見たときから、我が物にすると決めた。天下は取れなかったが、あの女を手に入ればすべて報われる」
――雪は魔王様の娘。
「たとえ馬小屋で寝かせたとしても、わしのものにするためなら止む終えまい」
――雪はわしの女だ!
毛介の気迫はびりびりと部屋中を震わせた。
すると、薄暗い部屋の奥から、白髪の男が足音もたてずゆっくりと現れた。
龍胆だ。
織田毛介はわずかに目を見開く。
(・・・この男の所作、見覚えがある)
龍胆はさして緊張する様子もなく、しかし侮蔑を顔ににじませていた。
「――雪は俺の妻だ」
「ふん。人斬り風情が」
すると、龍胆の後から、桔梗がひょいと顔を出した。
「人妻ほど欲しくなるってか? あいにくと、雪さんはこの龍胆が手放さねぇよ」
「貴様はあのやぶ医者か? 医者が鬼になるとは滑稽だな」
「誰のせいだ!! 俺は三万もの命を死なせるためにてめぇを救ったわけじゃねぇ!!」
奥歯を噛みしめる桔梗。
龍胆は片手で制すと、一歩前に出た。
「桜は散り際をわきまえてこそ美しい。――もはや散る事もできない貴様は、この俺が首を取ってやる」
「首を取る、か」
織田毛介は襟をくつろげると、首元をあらわにした。
「やってみるがいい。猿でさえ取れなかったこの首、取れるものなら取ってみろ。貴様の首を切った暁には、雪との三々九度に貴様の頭の骨に金箔を貼って使ってやる!」
「――ふ。悪趣味な男だ・・・!」
刹那、龍胆の姿がかき消えた。
「!?」
織田毛介の首から、血がブシッ! と吹き出した。
(皮一枚深く斬られていたら危うかった。――こやつ、ただの人斬りではないのか!?)
織田毛介もさすが戦国武将。戦い慣れているが、龍胆は神速で刀を振るう。目がついて行かず、勘でさばくのが精一杯だ。
(ああ。思い出した)
毛介は脂汗をにじませながら、にやりと笑った。
(300年前。俺を窮地に追い込んだ男の名を)
「十六夜 薔薇。やつは不老不死で、大六天魔王さまのお気に入りだった」
龍胆の動きが、わずかに鈍る。それを見過ごさず織田毛介は強靭を叩き込むが、それを防いだ男がいた。――桔梗だ。
「俺だって、戦国の医者だ!」
桔梗は鬼の剛腕で毛介の刃を弾き飛ばす。正気に戻った龍胆は毛介の腹へ鋭い突きを放つと、蹴り飛ばした。




