赤子と織田毛介
「やっぱり、駄目かもしれねぇなぁ」
村の桜守たちは揃って首を振った。
場所は白桜の真下。手には枯れた枝が握られている。
「こうも片っ端から枯れてたんじゃ、助からねぇよ」
「八割も焼けてしまっているし・・・」
「身を挺して村を守ってくださったんだ。ありがたいことだ・・・」
最後の言葉は涙で潤んでうまく言えなかった。
寺の住職も数珠を持って手を合わせた。
「村人を集めてきなさい。わしは白桜さまに経を読む」
低い声色で読経が始まった。
皆手を合わせ、頷き合うと、桜をあとにした。
住職は一人で桜の下にたたずみ、経を読み続ける。
ふと、岩が転げ落ちるような、鈍くて重たい音がした。
「・・・?」
住職は経を中断し、おそるおそる桜の隣のお地蔵様へ視線を移した。
地蔵の首が落ち、地面に転がっていた。
「なにっ・・・!?」
僧侶は駆け寄り、首を拾い上げた。
「なんと禍々しい邪気じゃ。白桜さまが封じておられる魔物がこれほど強力なものだったとは・・・!」
次いで、ドンと下から突き上げるような地震と、高らかな男の笑い声がわんわんと響き渡った。
フハハハハハハハハハ!!
中年の男のようだ。住職は立っていられなくなり、地蔵の首を置く。地震が弱まった頃合いを見計らうと、急いでその場を逃げ出した。
笑い声は止まらない。
メキメキと音を立て、桜の根は土の中から持ち上がり、のたうち回った。
・・・やがて、薄紅の花は、青色へと変貌した。
根からは大量の真っ黒な邪気が霧のように漂い、それはやがて小さな子鬼へと変わってゆく。
餓鬼の群れだ。
おびただしい数のあやかしが桜の根から花散里の村へ、洪水のように押し寄せた。
それを、大六天魔王は清々しい顔で見ていた。隣にはデザートローズが赤子を抱いている。足元にはハイエナがたむろしていた。
「乱世が始まる」
魔王は、ほほ笑みながらつぶやいた。
「つまらぬ太平の世は終わる。今再び暗黒の時代が来たのだ」
桜の根本に横たえられた棺が、ギイッと不気味な音を立て開いた。蓋が完全に開くと、腐りかけの男の手がにゅっと伸びてきた。
「織田毛介。目覚める時が来たぞ」
魔王は語りかける。
しかし毛介はうまく動けないようだった。起き上がってこない。
「・・・砂漠の薔薇よ。その赤子をわしによこせ」
唐突に言われ、デザートローズは震えが走った。
「こ、この子は・・・っ!」
「わしの言う事がきけんのか?」
魔王はデザートローズの腰を抱いた。
「グールは子を生むことはできない。だがわしの力があれば、可能だろう。事が落ち着いたら、また抱いてやろう。わしとお前の子。このガキよりずっと可愛いはずだ」
「――っ」
デザートローズは魔王に背を向けた。
「ワタシはこの子の母親になると決めマシタ。この子は人間の母親が身代わりに差し出した可哀想な子。・・・これ以上、哀れな目に合わせたくない・・・!」
「この国に移住できるようにしてやったのは誰だ?」
魔王の瞳はギラリと青に輝いた。
情はない。
「リコリスで仏に殺されそうになったところを助けてやったのは誰だ? 全部わしだ。わしがお前たちの砂のような脆い命を拾ってやったのだ」
デザートローズはぽろりと涙を流す。
「乳も出ないお前では、この赤子を育てるのは無理だ。わかったら、わしの言うことを聞け!」
魔王は赤子をひったくると、懐から青い飴玉を出した。かつて、幼い雪を蝕んだ、あの飴玉だ。
赤子の口元へ持ってゆけば、腹が減っていたのだろう、ちゅっちゅと吸い付いてしゃぶり始めた。
「うむ。良い子だ」
デザートローズはその場に泣き崩れた。
ハイエナたちは裏切り者の姉を威嚇する。
魔王はどこ吹く風で、ほがらかに笑った。
「死と桜は美しい。この花散里を拠点に、日ノ本を血に染めてやる。楽しい時代がやってきた!」
飴玉をしゃぶり終わった赤子は、ぐにゃぐにゃと変化し始めた。
巨大化し、成人男性に成長する。ひげをたくわえた武将だ。
赤子――織田毛介の姿があった。




