君と朝を迎えたい
魔王――僧侶は、血まみれの地面に立ったまま、ふと桜を見上げた。
「魔王さま・・・」
女の声がした。ハイエナから、美しい女へと変身する。デザートローズの妹だ。
「姉たちが待機しております。・・・いかがなされましたか?」
「――」
魔王は視線を桜から離すことなく、ぽつりと言った。
「この花の前に立つと、己が恥ずかしく思えるんだよ」
一方、桔梗と龍胆、白木蓮は庄屋の家を借りて怪我人の手当をしていた。
とはいえ、閉鎖的な村だ。医者を毛嫌いする者も多い。妊婦や子供の患者が多かった。
女性の患者には雪が対応していた。
「昨日の火事で赤ちゃんがびっくりしたのでしょうね。桔梗先生に診てもらいましょう」
雪の背後では、菫と小梅が薬草を、薬研でゴリゴリすり潰していた。
「嫌な匂いですね。ぼくはお薬きらいです」
「鼻が曲がりそうだよ」
小梅と菫はボヤく。すり潰した薬草を煎じれば、真っ黒な汁の薬が出来上がった。
「うえぇ・・・」
「にんげんは、これを飲むのっ?! 正気の沙汰じゃないよ!」
「おいコラ! クソガキども。患者のガキに悪影響だ。黙って煎じろ」
桔梗は淡々と「はい、次の患者!」と診察を続けた。
龍胆は火傷を負った老婆に包帯を巻いてやっている。白木蓮は医学の知識がないので、火の番をしていた。
「ありがとうございます・・・」と龍胆へ、老婆はぺこぺこ頭を下げた。
「村がこんな事になって・・・。出ていくものも増えるでしょうねぇ・・・」
「そうですね。村の半分は焼けてしまいましたから」
龍胆は相槌を打ちながら、さり気なく情報を集める。老婆は続けた。
「ええ。白桜さまの親株も焼けてしまいました。村の桜守が手入れをしていますが、元気になられるかどうか。村の木も、また挿し木からし直さねばなりませんね」
「・・・」
龍胆は雪へ視線を投げた。
(記憶封印されたまま白桜が枯れたら、雪はどうなる?)
すると老婆はくすりと笑った。
「綺麗な奥様でございますね。お医者様も美男子で。こうして手当もしてくださって・・・。きっと幸せになれますよ」
老婆は龍胆の肩を叩いて、去っていった。
診察に追われ、あっという間に夕方になった。
雪の口づけで人間になっていた龍胆の髪も、白髪の鬼に戻った。
龍胆は雪の手を取った。雪は首をかしげた。
「龍胆さま?」
「雪。これから白桜のもとへゆこうと思う。――雪の記憶を取り戻すために。枯れてしまってからでは永遠に取り戻せなくなる。これまでは雪が神隠しされる恐れがあったから連れて行かなかったが、状況が変わった。今すぐゆこう」
「――記憶・・・」
冷たい風がびゅうっと雪の髪を揺らした。
(記憶が戻ったら、わたしはどうなるの・・・?)
この人と結ばれるのだろうか。その未来を、自分は受け入れられるだろうか?
龍胆は雪の頬を両手で包み込む。とっさのことで、雪は目が潤んでしまった。
「怖がることはない。雪。俺は記憶を失ったままの君でも受け入れる覚悟はある。だが、他者に君と俺の思い出を盗まれたままなど耐えられない」
――君との思い出は、俺達だけのもの。
龍胆は雪の黒真珠のような濡れた瞳と青い瞳の視線を絡ませた。
「記憶を取り戻して、婚儀を上げよう。――今度こそ、誰にも邪魔されずに。そして君と朝を迎えたい」
「あ、朝・・・っ!?」
雪は耳まで真っ赤になった。たまらず、離れようともがくが、許されるはずもなく。龍胆は細い手首を引き寄せると、その手ひらに口づけた。
「う」
雪は腰が抜けた。それを素早く支え、引き寄せると、龍胆は「少し刺激が強かったかな?」と笑った。




