桜狂いの僧侶と陰陽師
流血表現あります
ぎぃ・・・。
牛車が揺れる。
黒塗りの牛車は牽引する牛も真っ黒で、昼時だがまばゆい日差しに負けず、闇の中からぬらりと現れたような不気味な光を帯びていた。
やや狭い牛車の中には、若い男が二人、乗っている。
二人とも、狩衣を着ていた。
男の一人が口を開いた。
「上様も、困ったお人だ。遠路はるばる我ら陰陽師をゆかせるのだからな」
「まったくだ。しかし、今や陰陽師は朝廷と縁を切り、幕府に仕えている身だ。しかたないさ」
もう一人は徒歩で牛車の後をついてくる部下をちらりと見やった。
ふと、桜の花びらが一枚、中に舞い込んだ。
「もう、桜も終わりだな」
「――そういえばお主、『桜狂いの僧侶』を知っているか?」
なんとなしに話題を振ると、男は扇で膝を叩いた。
「知らん」
「遥か悠久の時代に、各地におもむき桜を愛でては詩を詠む僧侶がいたそうな。狂ったように昼夜とわず桜ばかりを見上げる姿は、不気味がった人々に『桜狂い』と呼称されたとか」
「それはそれは。暇な坊主がいたものだな」
羨ましい、と言わんばかりだ。
ふと、牛車が止まった。
二人の陰陽師は怪訝な顔をした。
「何かあったか?」
外の者へ問うが、返事がない。やむなく、御簾を上げると、一人の僧侶が道を塞いで立っていた。
衣はボロボロ。何日も風呂に入っていないのか、体臭がここまで臭ってくる。笠を目深にかぶっているから、顔までは見えなかった。
「何者じゃ」
陰陽師の一人が問うた。
すると僧侶は顔を上げ、にこりとほほ笑んだ。人懐っこい笑みだ。
「なにやら懐かしい名が聴こえたものでな。俺もお主らの会話に混ぜてもらえぬだろうか?」
陰陽師は怪訝な顔をすると、淡々と言い放った。
「ただの坊主の分際で道を塞ぐとは。無礼討ちにせよ」
そう言って御簾を下ろした。
外からは男の悲鳴が聞こえてくる。陰陽師二人は、深々と溜息をついた。
「春だからか。妙な者が増えて困るなぁ」
「ああ。まったくだ」
男の悲鳴はやまない。いや、むしろ悲鳴の数が増えている気さえする。
「・・・?」
「首を切るだけだろうに、長すぎないか?」
陰陽師は言う。
刹那、いきなり牛車はひっくり返った。
「ぎゃっ!?」
地面へ投げ出された陰陽師たちは、何が起こったのか理解できず、あたりを見渡し、血の海の中心にいるとわかると、途端に悲鳴を上げた。
徒歩の者は皆、ずたずたに斬られていた。
生きている者は誰もおらず、僧侶は返り血も浴びずにこやかに立っているのみだ。
僧侶はおもむろに口を開いた。
「――『桜狂い』とは、俺のことだ」
僧侶は笠をとる。その青い瞳はらんらんと輝き、昼間だと言うのに、男の周りだけ真夜中のような闇色の邪気を放っていた。
僧侶――大六天魔王は、ニヤリと笑った。
「では、話の続きでもしようか」
――あの世でな。
魔王のボロボロの衣から黒い霧が出てきたかと思うと、それは鎌の形になり、あっさり陰陽師二人の首をはねた。




