鎮火
「ワタシを斬ると? やっぱり男は野蛮な生き物ネ」
サンドローズは雪を剛腕で引き寄せると、その髪を引っ張った。
「っ!」
さらけ出された白い首筋を、異国の女は長い舌でべろりと舐めた。
「驚いたワ。奥さん、あなた、とっても美味しい肌をしているのネ?」
龍胆の顔色が変わった。
「俺の妻を薄汚い手でさわるな! その舌斬り取ってやる!!」
「落ち着け龍胆さん。へたすれば喉を噛みちぎられるぞ」
白木蓮が冷静に言う。桔梗は戦いの邪魔にならぬよう、気配を殺した。
サンドローズは、雪を喰うことに集中しているようだ。
「美味しい肌・・・。さあ、血の味はどうカシラ?」
メキメキと音を立て、真珠のようだった白い歯は、どす黒い牙が生えてきた。龍胆と白木蓮は身構える。
「――・・・」
ふと、雪の瞳から光が消え失せた。
――半眼。御仏の表情へ変わる。
サンドローズはぎょっとした。
「そ、その顔は・・・!?」
雪は穏やかに、ほほ笑む。それはすべての罪を受け止め、浄化し、包み込む菩薩の笑み。
仏敵であるサンドローズにとっては、リコリスで嫌というほど見てきた尊顔だ。
「や、やめろっ! その顔でワタシを見るなっ!」
サンドローズは雪を突き飛ばした。
突き飛ばされた雪を受け止め、抱きしめた龍胆の腕から、するりと雪は抜け出した。
衣擦れの音さえたてず、するすると青畳を移動する。
「何を恐れているのですか?」
雪は子供に聴かせるように言霊を並べる。
「やめろっ! こっちに来るな!」
「大丈夫。怖くありません」
雪が語りかけるたび、サンドローズの身体から煙が出てきた。
言霊だけで浄化されているのだ。
「ひぃっ!!」
壁際まで追い詰められたグールは、とうとう座り込み、体を丸めて頭を抱えた。
雪はふっと笑う。小さな子どものように怯える魔物へ、ちゅっと口づけた。
口づけた場所から、黄金の光がほとばしった。
サンドローズの絶叫が館中に響き渡る。光は肉を焼き、骨を砕き、肉体を粉砕していった。
やがてそこには、黄金色の砂がこんもりと残るのみだった。
「ゆき、雪っ!」
龍胆は妻を後から抱きしめた。ようやく、雪の身体から力が抜ける。体制を崩した雪を、龍胆は支えた。
「龍胆・・・。お前の嫁さんすげぇな」
「あやかしとはいえ、女を斬らずにすんでよかった」
桔梗と白木蓮はほっと、ため息をつく。
すると子供たちが二階へ戻ってきた。
「雪お姉ちゃん、大丈夫?」
「お母さん。僕たちはおそとの炎を消してきます。呪術で燃やされているようなので、ぼくの笛で消火できるはずです」
菫も小梅もキリッとしたいい顔をしていた。大人たちは苦笑いする。
「そうか。――小梅、菫。頼んだぞ」
龍胆に「頼りにしている」と褒められた子供たちは勇んで、屋敷を出ていった。
小さな唇を、笛に添える。
やがて、燃える花散里に龍笛の音が響き渡った。
その音は、燃え盛る桜の枝を修復し、蕾を開花させた。
民家も鎮火し、逃げ惑う人々は足を止め、花の美しさに見とれた。
「白桜さまが助けてくださった!」
「万歳! 白桜さま万歳!」
村人は感涙し、むせび泣く。
小梅は桜の枝に座り、心のゆくまま、気の向くままに吹く。
桜も人々も生き生きとし、勢いづいてゆく。
小梅に気づくものはいなかったが、その小さな唇は笑っているようであった。
「子猫。やるね」
向かいの枝に座った菫は、足をブラブラさせた。
「姉さまが殺された・・・」
一人、ぽつんと遠くからそれを見ている女がいた。
腕に赤子を抱いている。デザートローズだ。
足元には、ハイエナがすり寄っていた。




