燃える白桜
いきなり、階段から転げ落ちるように菫が降りてきた。
「龍胆さん、火事だよ!」
「なに?」
「村中が焼けてるの。早く来て!」
切迫したものを感じ、龍胆たちは二階へと駆け上がる。
雪の部屋は、障子が開け放たれていた。夜中だというのに赤い光は煌々と部屋を照らす。
「桜が・・・、白桜が燃えている・・・!!」
屍食鬼の館は小高い丘の上にあるから、村の様子が見て取れた。村中の桜という桜が燃え盛っていた。
パチパチと家屋が焼ける嫌な音まで聞こえてくる。村人は焼け出され、這々の体で逃げ惑う。
いつの間にか龍胆の隣に立つサンドローズは、淡々と言ってのけた。
「あんな臭い花を拝み奉る(おろがみまつる)くだらない村なんて、滅べばいいワ」
「なんだと?」
龍胆の片眉が跳ねる。殺気を当てられても、サンドローズは気に留めない。
「桜の加護なんて嘘っぱちよ。だって今、白桜は助けてくれてないじゃない」
ばしっ!と何かを叩く音がした。
「・・・!」
雪が、顔を真赤にしてサンドローズの正面に立っていた。音の正体が、自分の頬を張る音だとサンドローズが気づくには、すこし時間がかかった。
「人が死んでいるのに、何を言っているの!?」
雪は涙目でキッと睨んでいる。サンドローズは頬の痛みに気づくと、じわじわと顔色が豹変した。
「小娘・・・! よくもワタシの美しい顔を傷つけたな!」
サンドローズの右手はメキメキと音を立て、真っ黒な爪が伸びてきた。雪めがけて振り下ろす。
だが、割って入った龍胆の刀の鞘にさえぎられ、あっさり宙を引っ掻いた。
「俺の妻に何をする」
龍胆は唸るように言う。その瞳はらんらんと青く輝き、凄まじい怒気が滲んでいた。
「フッ」
サンドローズはせせら笑った。
「人殺しのあなたが、今度は人を助ける? 人を生かしタリ殺しタリ」
――神にでもなったつもり?
「貴様・・・!」
白木蓮は刀を抜く。それを遮り、桔梗は一歩前に出た。
「こいつはもう人斬りじゃねぇよ。医者である俺の弟子だ」
「アラ? しゃしゃり出てくるの? やぶ医者サン。あなたの悪名はリコリスでも有名なのヨ」
サンドローズはねっとりとふくよかな唇を動かした。
――300年前。第六天魔王に魂を売った将軍がいた。
「将軍を助けたあなたは、医者としては合格だけド、回復した将軍の手により民間人3万人が処刑された。助けた見返りは大量殺人。怨霊から逆恨みされ、鬼にされるなんて」
――哀れなお医者さま。
桔梗はぎりっと唇を噛んだ。桃色の唇から赤い血が垂れた。
「フフッ」
サンドローズは楽しげに笑う。
雪は何も言えない龍胆と桔梗を見やり、胸がきしんだ。
(なぜ、こうも庇護欲を掻き立てるの・・・?)
記憶はまだ戻らない。だが龍胆と桔梗は、この場にいる全員が、雪にとって大切な人なのだと思うと、急にすとんと違和感が消えた。
(この人たちは、いい人。わたしを助けてくれた人)
雪はゆっくり口を開いた。
「あなたに、なにがわかるのですか?」
「は・・・?」
サンドローズは眉間にシワを寄せた。
雪は拳を握り、はっきり告げた。
「善人だの悪人だのとあなたは言うけれど。ただの化け物のあなたに、人間の苦しみや葛藤がわかるはずない!」
桔梗は顔を上げる。龍胆は、すらりと刀を抜いた。
「白木蓮。仕事だ」
――この女を斬る。
龍胆は好戦的な笑みを浮かべていた。




