グールと赤子
流血表現あります
リコリス人の屋敷を、炎はうねりを上げて灰にしてゆく。
「なぜ、誰も出てこないんだ・・・?」
悲鳴一つ聞こえぬ嫌な気配に、老人と村人は動揺していた。
「こんばんハ。皆さん」
背後から、女の声がした。しゃらり、血のように赤いペンダントが音を立てた。
一斉に声の主の方へ村人は振り向く。
ぎょっとした。
女は見たこともない猛獣を引き連れ、優雅にそこに立っていた。
リコリスでは『ハイエナ』と呼ばれる動物だ。夜の闇の中、炎によって赤く照らし出される。ハイエナは闇の中から次から次に、ぐるる・・・とよだれを垂らし、飢えた獣特有のギョロッとした視線を村人へ向けた。
「よくもこの子達が頑張って立てた家を燃やしてくれましたね?」
女は優雅に語る。
「こ、これはいったい・・・!?」
老人は腰を抜かす。
「大勢いたはずの女たちがいないよ!」
赤子をおんぶした女は口の中がカラカラになっていくのを感じた。
リコリスの女――デザートローズは手を口に添え、たっぷりと微笑んだ。
「フフフッ。・・・そうデス。あなたは感がいいデスネ。屋敷を立てたのも、引っ越してきた姉妹も皆、ハイエナ。ワタシ達は『グール』と呼ばれる屍食鬼デスよ」
屍食鬼。その名を聞いた村人は震え上がった。泡を食って逃げ出す。
持参した農機具の鎌や鍬で応戦するものもいたが、闇雲に武器を振るって勝てる相手ではなかった。
ハイエナはあっさり距離を縮めると男の腹へ噛みつく。
血しぶきが上がった。噛まれた男は絶叫する。
ハイエナは獲物を生きたまま喰う。腸を貪り、血をすすった。
「みんな、逃げろっ! わしのことも忘れるな。一緒に連れて逃げてくれ!!」
髭の老人は叫ぶ。しかし全て喋り終わる前に喉笛を噛みちぎられ、絶命する。
「年寄の臭みがある肉なんて、いらないワ」
最後に残ったのは赤子をおぶった女のみ。
デザートローズは口元を隠していたヴェールを取ると、べろり舌なめずりした。その舌は人間の二倍は長い。
「さて。あなた、どうしようカシラ?」
「待って! お願い、殺さないで!!」
女は泣きながらおんぶ紐を外す。そして、あろうことか我が子を差し出した。
(・・・子はまた産めばいい。わたしは死にたくないっ!!)
デザートローズは歩みを止める。・・・やがて、肩を震わせ始めた。
(泣いている?)
赤子の母親は目を見開く。
グールの女はぽろぽろと赤い瞳から大粒の雫を目からこぼしていた。
「可愛そうに」
赤子を取り上げる。泣きながら、女は赤子を抱き、あやし始めた。
「こんな母親を持って・・・。あなたの人生を台無しにする親なんて、必要ないわネ」
母親はわけがわからなかったが、助かるかもしれないと淡い期待を持った。
「かわいい子でしょう? あなたにあげるわ! だから見逃してください!!」
母親は土下座し、地面に額を擦り付けた。
いつの間にか、母親の周りをハイエナがぐるり取り囲んでいた。
あたり一面、無惨に喰い散らかされた死体だらけだ。ごうごうと燃える炎は近場の桜にも引火し、ハイエナの群れと母親を赤く照らし出す。
デザートローズは、しばし口を閉ざすと、聞いたことのない子守唄を歌い始めた。
気をつけて。可愛い子よ。
この世は、神も仏もない。あるのは我ら『魔物』のみ。
救われたくば眠りなさい。黄金の砂漠を夢見て眠りなさい。
砂漠に薔薇は咲いている。いつ何時も咲いている・・・・・・。
歌が終わるのを合図に、ハイエナは一斉に母親に飛びかかった。
母親の絶叫は夜の闇を切り裂き、花散里中に響き渡った。
デザートローズは赤子の頬に口づける。
「あなたは今日から私の子。フフッ」
赤子は母を殺した女の頬をぺちぺちとたたく。キャッキャと笑った。




