思わぬ訪問者
「こんばんハ。皆さん」
カタコトの挨拶が玄関から聞こえた。
龍胆はぎょっとし、立ち上がる。玄関へ小走りで向かった。
桔梗だけは「おおっ!? 別嬪さんの声だ!」とご機嫌で雪の肩を抱いた。
「あの、ちょっと離して下さい・・・!」
雪は嫌がったが、桔梗はふっと笑うと流し目を送った。
「旦那様はよその女とお取り込み中だ。――なあ、俺と一緒に旅しねえか? 龍胆と違って、さみしい思いはさせねえぜ?」
刹那、短刀の剛速球が飛んできて、柱に突き刺さった。
「俺の雪になにをする」
ぱらぱらと桔梗の白い髪が散る。桔梗は頬がヒクヒクと引きつった。
「師匠でも殺しかねねぇ。――両手に花でよくぞ言えたもんだ」
龍胆の腕には、昼間のリコリスの女がべったりとくっつき、腕を絡ませていた。
「好き好んでこうなったわけじゃない」
龍胆は心底嫌そうに言う。リコリスの女はニコニコと笑顔で部屋へ乗り込んできた。
何事かと顔を出す白木蓮、桔梗、龍胆。小梅と菫・・・。
「ココは美男子が多くていいですネ! 龍胆サン、紹介してクダサイ。皆さんどうも。ワタシの名前はサンドローズと申しマス。妹は家に置いてきマシタ」
「申し訳ないが、妻は病み上がりです。お帰り下さい」
「暗い夜道を苦労して来たんデス。追い返さないで」
「そうだぞ龍胆。女人には優しく接するべきだ」
「――・・・」
ふと、サンドローズは口を閉ざした。じっくりと桔梗を見つめる。
「・・・」
桔梗も、同じく女を見つめ返す。
(なにかしら?)
雪は首をかしげた。ほんの一瞬だったが、猛獣が鉢合わせしたような緊張感があった。
ふと、雪は白い手ぬぐいを頭から被せられた。
「菫ちゃん?」
「お姉ちゃんの顔を見ていいのは、ぼくだけだよ」
「お母さんはお疲れなんです。浮気者の男どもは勝手にしなさい。病弱なお母さんはもう寝かせますから」
菫と小梅は雪を立たせると、ぐいぐい手を引いてゆく。
「待ってクダサイ。今日は奥様の顔を見に来たノデス」
サンドローズは龍胆から離れると、雪へ小走りで向かう。だが、雪に近づくと次第に歩みが遅くなった。余裕だった表情は崩れ、目を見開いてゆく。
(なんて華奢な、白い手なの・・・)
顔は手ぬぐいで隠されているから見えない。だが花のような香りが鼻腔を満たしてゆく。
(いい香り・・・。歩むたびサラサラ揺れる美しい長い黒髪。たおやかな所作)
――この女の顔が見てみたい。
サンドローズはとうとう手ぬぐいへ手を伸ばした。
「あ・・・」
雪は振り返る。布は床へ落ちた。そして、二人の女は顔を合わせた。
(――なんて穏やかな、黒真珠のような瞳・・・!)
サンドローズは唇を噛んだ。これ以上ないほど、憎しみが燃え上がった。
『砂漠の薔薇』と称された自分にないものを、雪はすべて持っていた。
ほとんど露出がない着物姿だが、体の線も華奢で品が良い。化粧もしていないのに赤い唇は、儚げに微笑み、女でさえ目を奪われる。
(枯れ花の美だわ・・・!)
それは、暴力的な美を持つサンドローズとはまったく異なるものだった。




