桜の恋
「記憶封印とは、どういうことですか。師匠・・・?」
「そのまんまの意味さ」
呆然とする龍胆へ、桔梗はにやりと笑ってみせた。
「雪の記憶が戻らないのは、この白桜のせいだ。――10年前、俺達に健康な雪の幻を見せたのもこの木だ」
「ただの桜に、そんな事ができるのか?」
白木蓮は片眉を上げた。
「仮にそうだったとして、桜が雪さんになんの目的があってそんな独占欲じみた感情を抱いてる?」
「独占欲・・・」
龍胆は眉間にシワを寄せる。桔梗は構わず続けた。
「そりゃ簡単だ。――白桜が雪に『恋』したからだ」
「こいってなぁに?」
菫が割って入った。
「僕ら猫にはそれに近しい感情がなくはないけど。樹木が人間に恋するなんてありえないよ」
「ああ、そうだな。だが論理的にありえないことはない」
桔梗は続ける。
「ここには確か、あやめって男が死体を隠してたんだろ? そして、あやめは恋に生きた男だった」
龍胆ははっと息を呑んだ。
「あやめの恋愛感情を、桜が理解し、桜もまた雪に恋をしたということか」
白木蓮は顎に手を添えた。
「確かに、隠されていた女の死体はどれも、雪さんに似ていた気がする・・・」
「仮説だがな」
桔梗はひらりと白衣の袖をひるがえし、桜に背を向けた。
「詳しい調査は、明日にしようぜ。俺は眠い。――龍胆、早く戻れ。嫁が寝取られないうちにな」
風が花びらを散らす。龍胆は桜の花を見上げ、それから幹へと視線を移した。
「――」
「龍胆さん。今桜を斬ったら、記憶は戻らないかもしれんぞ」
白木蓮が龍胆の肩に手をおいた。
「――ああ。わかって、いる」
龍胆は殺気を抑えると、同じく幹に噛みつこうと火車に変身した菫の尻尾を掴み、桜に背を向けたのだった。




