表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「天才」 第二部 奮闘  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
43/44

第43章

 

 この状況の問題点は、ユージンがこれまで経験したことのないほどの大きな権力、快適さ、余裕、贅沢を伴い、大勢の部下たちの間だけでなく、家庭でも東洋の権力者のようになったことだった。アンジェラはこの数年ずっと好奇心を持ってユージンの活躍を見守ってきたが、ついに、彼をあらゆる点で天才である……芸術、金融、出版界、あるいはその三分野のすべてで、何か偉大な抜きん出た存在に運命づけられている……と考えるようになった。アンジェラは、ユージンが今急速にのぼりつつある目もくらむような高みに到達するためには、これまで以上に慎重でなければならないと確信していたので、彼の行動に対して気を緩めなかった。今や誰もがとても注意深く彼を見張っていた。彼にとても従順だからといって、危険であることには変わりはなかった。彼の立場にいる人間は、服装、話し方、歩き方にとても注意しなければならなかった。

 

「そんなに騒がないでくれよ」ユージンはよくアンジェラに言った。「頼むからほっといてくれ」これはただ余計に口論を増やすだけだった。アンジェラは、ユージンの願いに反してでも、彼のためを一番に考えて、彼を管理しようと決めたからだ。

 

 芸術、文学、慈善事業、商業など、さまざまな分野の重要人物がユージンに会いたがるようになった。第一の理由は、彼には理解する心があった。第二に、こっちの方が重要だったが、彼は与えるものを持っていた。人生のあらゆる分野には、それが何であれ、成功した者が象徴となる道を通じて何かを求める人たちが常にいる。こういう人たちは、台頭する有名人の栄光の照り返しを常にあびたがる他の人たちと一緒になって、あらゆる成功者の従者になるのである。ユージンには従者がいた。同じ階級とその下の階級の男女がいて、彼らは盛んに握手を求めた。「おや、これはこれは、〈ユナイテッド・マガジンズ社〉の統括出版の方ですね! ええ、存じ上げてます!」特に女性はきれいに並んだ白い歯を見せながら微笑んで、ハンサムで成功している男性はみんな結婚していることを残念がった。

 

 ユージンがフィラデルフィアから来た翌年の七月、〈ユナイテッド・マガジンズ社〉は新しい自社ビルに移転した。そのときユージンは自分のキャリアの中で最も威厳のある役職を任命された。ユージンの機嫌を取りたくて、立ち回りのうまい部下が花束代の募金をしようと提案した。ユージンの部屋は全体的な装飾の基調とは一線を画して、もっと印象的なものにしようと、紫檀材の家具が置かれて、白と青と金色が使われた。バラやスイートピーやナデシコの大きな花束が、色も国も流派もばらばらの美しく華やかな花瓶に入れられて随所に置かれた。彼の立派な紫檀材の平机は、厚い板ガラスが敷かれ、そのガラス越しに磨き上げられた木目が明るく輝き、花が飾られた。オフィス入りした朝、ユージンが間に合わせのレセプションを開いたところ、そのときに自分たちの新しい部屋を見て回った後で彼の部屋に立ち寄ったコルファックスとホワイトの訪問を受けた。三週間後に開かれた全体のレセプションには、大都市の各界を代表する成功者が集い、大勢の芸術家、物書き、編集者、出版者、作家、広告関係者がビルに詰めかけ、ユージンの晴れ姿を目にした。この時、ユージンはホワイトとコルファックスと一緒に出迎えに立った。ユージンは、どうやってこれほどの大成果をあげたのだろう、と驚く若者たちに遠くから憧れの目で見られた。彼の出世はまるで彗星のようだった。芸術家としてスタートした人が、転身して、出版の側から文学と芸術に支配力を持つ人になるなんて、ありえないように思えた。

 

 自宅でもユージンの周りは同じように派手だった。職場にいるときと同じように大きな存在だった。アンジェラと二人だけのときは、あまり頻繁にはなかったが、当然、二人も多くのもてなしをしたので、ユージンはアンジェラにとって大きな存在だった。アンジェラはずっと前から、ユージンはいつの日か芸術界で権勢を振るう人物になるだろうと考えていた。しかし、彼が都会の商業界の大物であり、大手出版社の代表であり、付き人と自動車を持ち、タクシーに自由に乗り、高級レストランやクラブでランチをとり、常に重要人物と一緒にいるのを見てしまうと話は違った。

 

 アンジェラはもうユージンと一緒にいる自信がなくなり、ユージンをコントロールする力があるのか自信がなかった。二人はささいなことで喧嘩をしたのに、そういう喧嘩を始める気にもならなかった。今やユージンは別人で、一段と深みを増したように見えた。アンジェラはまだ、ユージンが間違いを犯してすべてを失うかもしれないことと、人生のいたるところに現れて、突風のように簡単に吹き荒れる、悪意や、ねたみや、嫉妬の力が、彼に害を及ぼすことを恐れていた。ユージンは呑気に見えたが、時折、自分の身の安全を考えて悩むことがあった。彼は会社の株を持っておらず、コルファックスには受付係程度にしか見られておらず、どれくらいあっさりと処分されるかわからなかった。ユージンは順調にいっていた。

 

 コルファックスは彼に好意的だった。製造の段取りが狂って、発行日に影響が出て、どれほどひどいことになるかがわかって驚くことが時々あったが、ホワイトは必ずうまい言い訳をした。コルファックスはユージンと話をするのが好きだったので、田舎の別荘や山のロッジや、ちょっとしたヨット乗りや釣りの旅などに連れ出したが、アンジェラを招待することはほとんどなかった。コルファックスはそんなことをする必要があるとは感じていないようだった。ユージンは、アンジェラが考えているに違いないことを恐れたのと同じくらい、彼の気づかいをないがしろにする印象を与えることを心配した。ユージンはあっちにいてもこっちにいても、コルファックスからひっきりなしに「大将、どこにいる?」と声がかかった。彼はどうやらユージンから離れたくないようだった。

 

「やあ、大将」コルファックスはサラブレッドか血統書つきの犬でも見るようにじっと彼を見ながら言った。「順調にいってるな。この新しい仕事が性に合ってるんだ。私のところへ来たときは、そんなふうには見えなかったのにな」そしてユージンの着ている最新のスーツを触ったり、つけているネクタイやピンの感想を述べたり、もし完璧に着こなしたいのならその靴はベストではない、と言ったりした。コルファックスは、サラブレッドの調教をするように、新しい獲物を調教していた。そしていつも、ユージンがろくに知らないか無知であるかのように、上流生活についての豆知識、模範的行動、姿を見られてもいい場所、行ってもいい場所を教えていた。

 

「じゃ、金曜日の午後にサヴェッジ夫人のところへ行くときに、トラクストンの旅行鞄を手に入れたらいい。見たことがあるか? まあ、実物がある。ロンドンコートはもっとるのか? じゃ、一着持っておくべきだな。ああいう使用人どもはお前のいろいろなところを見て、それに合わせてお前の品定めをするんだ。一人につき少なくとも二ドルはやらんとな、執事には五ドルだ、忘れるなよ」

 

 コルファックスは、アンジェラを執拗に無視するのをユージンが怒ったのと同じ態度で、強く要求したが、ユージンはあえてこれに意見を言わなかった。コルファックスは気分屋であり、人を憎むことも愛することもでき、中間の立場をめったにとらないことがわかった。ユージンは今のところ彼のお気に入りだった。

 

「金曜日の二時に迎えの車をやるから」週末のレジャーを計画している時などは、まるでユージンが車を持っていないかのように言った。「準備しておくように」

 

 当日の二時にコルファックスの大きな青いツーリングカーが勢いよくアパートの正面に現れ、ユージンの付き人が、鞄、ゴルフクラブ、テニスラケット、週末の娯楽で使ういろいろな道具を積み込むと、車は走り出した。アンジェラは時々置き去りにされたり、ユージンのとりなしで同行したりしたが、ユージンはうまく立ち回って、大体はコルファックスの無関心に合わせなければならないことに気がついた。ユージンはいつもアンジェラに事情を説明した。アンジェラが気の毒だと一応ユージンは思ったが、この分け隔てにも多少の正当性はあると感じた。アンジェラはユージンが今向かい始めている最上の世界に必ずしもふさわしくなかった。そこにいる人たちはアンジェラよりも、冷たく、鋭く、抜け目ない上に、アンジェラでは手の届かないあの極度に洗練された対応の仕方と経験を持っていた。実際、アンジェラには、四百人いるとされる上流階級の人たちと同等かそれ以上の気品はあっても、そのまた上位クラスのメンバーとして輝く人たちのほとんど変わらない特徴である、あの頭の切れと、薄っぺらな自負心や自信が欠けていた。それを感じていようがいまいが、ユージンはこの態度をとることができた。

 

「あら、そんなこと平気よ」アンジェラは言った。「あなたはお仕事でやっているんですもの」

 

 それでもいわれのない侮辱に思えたので、アンジェラはこれにひどく憤慨した。コルファックスは、自分の気分に合わせて付き合う相手を調整することに何の抵抗もなかった。彼は、この上流階級の生活がユージンにはお似合いだと思ったが、アンジェラには似合わないと思った。だからざっくりと区別して、自分の流儀でやった。

 

 こうしてユージンは社交界の不思議な事実を知った。こういう最高位の人たちの間でよくあるのは、妻は受け入れられないが夫は受け入れられるとか、その逆とか、何とかなるのであれば、それがあまり深く考えられないことだった。

 

「あれ、あそこにバークウッドがいる」彼はフィラデルフィアで、若い名士がある人物について言うのを一度聞いたことがあった。「どうしてあんな奴を入れるのかな? 奥さんは魅力的だが、あいつはダメだろう」そしてニューヨークでも一度ある娘が、紹介にあったある奥さんのことを自分の母親に尋ねるのを聞いたことがあった……彼女の夫が同じテーブルにいたのだが……「どなたがあの方を招待したのかしら?」

 

「私が知るわけないでしょう」母親は答えた。「知るもんですか。きっと自分の意思で来たんでしょ」

 

「確かに図太い神経をお持ちね」と娘は答えた……妻が入って来た時にユージンはその理由がわかった。女は見た目が良くなく、服装も調和がとれていないし趣味が悪かった。これにユージンは驚いたが、一応理解はできた。アンジェラへの不満にこういう理由はなかった。彼女は魅力的でスタイルがよかった。唯一の欠点は、歓楽に飽きた上流階級らしいさがないことだった。これは致命的だとユージンは思った。

 

 しかし、彼は自宅や仲間内で一連の催し物をすることで、この埋め合わせをしようと考えた。これは時間が経つにつれてどんどん手の込んだものになった。フィラデルフィアから戻った当初は、ディナーに呼ぶのは少人数、古い友だちだった。彼は自分に自信がまったくなくて、この新しい栄誉を分かち合うためにどれくらいの人が来るのかわからなかった。ユージンは、若いころに知り合った人たちへの愛情を決して失わなかった。彼はお高くとまらなかった。確かに今ユージンは裕福な人たちと自然に付き合っていたが、取るに足らない人たちや昔なじみとも付き合っていた。彼らのことも好きだったし、古い昔を偲びたかった。若い頃はろくでもない連中と付き合っていたから、金の無心に来る者が多かった。しかし彼の名声に惹かれて来る者の方が多かった。

 

 ユージンは、当時の芸術家や知識人のほとんどと親しく楽しく懇意にしていた。自宅や彼のテーブルには、芸術家、出版業者、グランドオペラのスター、俳優、脚本家が現れた。彼の高給、美しいアパートとその土地、豪華なオフィス、親しみやすい態度のすべてがユージンの助けになった。人目を気にするあまり、自分は変わっていない、と豪語した。彼は、いい人、単純な人、自然な人を好きだと言った。そういうのが本当に立派な人たちだったからだ。しかし自分がどれくらい高い階級に選り分けられたのかがわかっていなかった。今は自然に、裕福な人、評判のいい人、美しい人、強い人、有能な人に引き寄せられた。それ以外の人は彼の関心を引かなかった。ほとんど目に入らなかった。見たとすれば、憐れむか施しをするためだった。

 

 貧困を抜け出して贅沢を、かなり野暮な生活を抜け出して洗練された生活を、まったくしたことのない人たちに、新しい生活が最終的に経験のない心を覆って世界を新しい色にしてしまう、ヴェールだか呪文をわからせるのは難しい。人生は、その幻想を完成させよう、呪文をつくろう、と絶えず努力しているようだ。実際には、すべての根底にある究極の本質と原理を除けば、これ以外に何もない。不調和から抜け出した者にとって調和は魔法の呪文であり、貧乏から抜け出した者にとって贅沢は喜びの夢である。もともと美しいものを愛し、工夫のみが作り出せる完成や整然のあらゆる繊細さにとても敏感なユージンは、明らかに一歩一歩、ほとんど無意識に移行しつつあるこのもっと偉大な世界の性質に大きく心を奪われた。彼の目にとまったり彼の感性を癒やした新しい事実はどれも、既存のすべてのものにすぐに順応した。田舎の別荘、都会の豪邸、都会や田舎のクラブ、高級ホテルや旅館、自動車、リゾート、美女、気取った態度、鑑賞力の細かさ、選定の完璧さが、一般的に備わって付随しているこの完璧な世界に、自分が生まれたときからずっと属していたかのようにユージンには思えた。これは本物の天国だった……地上の、物質的にも精神的にも完全なものだった。世界はそれを夢見て、労苦や障害、さもしい考え、さまざまな意見、無理解、肉体が受け継ぐあらゆる苦難から抜け出して、そこへ向かっていた。世界は絶えず高みを目指していた。

 

 ここには病気がなく、どうやら疲れもなく、不健康も苦境もなかった。ここでは存在のすべての不具合、障害、欠陥が入念に一掃され、人はただそこにある美しさと健康と強さしか目に入らなかった。人生は人間の心の贅沢を愛する気持ちに、力を入れて熱心に奉仕しているように見えるが、快適の度合いがその力と熱量でどんどん大きくなるにつれて、彼はますます感銘を受けた。ユージンは自分にとってすてきなもの、広々として手入れの行き届いたすばらしい地方の名所、カントリークラブやホテルやあらゆる海辺のリゾートが配置された絶妙の美しさを持つ景色をたくさん知った。スポーツ、娯楽、運動がものすごくよく組織化されていて、事実上これに人生を捧げている人が何千人もいることを知った。こういう上流階級の安楽な状態を、まだユージンは味わえなかったが、仕事の時間の合間にたっぷり手足を伸ばして気楽に腰掛けて、もしかしたら何もしなくてもいい時が来るのを夢見ることはできた。ヨット、モータースポーツ、ゴルフ、釣り、狩猟、乗馬、テニス、ポロ、このすべての分野に熟練者がいるのを知った。カード遊び、ダンス、食事、だらだらした生活、こういうものが大勢の人たちの日常を絶えず占めているようだった。ユージンはそのすべてをいっときの見世物としか見られなかったが、それでも何もないよりはましだった。それはこれまで経験したことがないものだった。世の中はどう成り立っているのか、富はどこまで拡大して貧困はどこまで底が深いかを、ユージンははっきりとわかり始めていた。最下層の物乞いから最上階の景色までは、何とかけ離れているのだろう! 

 

 アンジェラはとてもじゃないが、こういう精神の巡礼でユージンと歩調を合わせられなかった。確かにアンジェラは今はもう最高の仕立て職人のところにしか行かず、魅力的な帽子や最も高価な靴を買い、タクシーや夫の自動車に乗っていたが、これについて夫が感じたようには感じなかった。これはアンジェラにはまるで夢のように思えた……あまりにも突然、あまりにも景気よくやってきたので、いつまでも続くはずがないように思えた。ユージンはもともと出版の人間でも編集者でも資本家でもなく、芸術家であり、これからも芸術家であり続けるだろう、という考え方が、アンジェラの頭ではずっと続いていた。ユージンは採用された職業で大きな名声を得て大金を稼ぐかもしれないが、おそらくいつかそこを離れて芸術家に戻るだろう。ユージンは健全な投資をしているように見えた……少なくともアンジェラにはそれらが健全に見えた。株と銀行口座は、主に転換社債だったが、将来の安心を保証するほど十分安全に思えた。しかし結局、二人はあまり貯金をしていなかった。生活費は年間八千ドルを超え、支出は減るどころか増える一方だった。ユージンはどんどん贅沢になっているようだった。

 

「私たちの楽しみ方は度が過ぎてると思うわ」アンジェラは一度抗議したことがあったが、ユージンはその不満を聞き流した。「やっていて楽しくないものは僕にはできないよ。楽しむことが僕を成長させているんだ。僕の立場にいる人間はそうしなければならないんだよ」ユージンは最後に、本当に注目に値する人たちに扉を開いた。すると、あらゆる分野の最も賢い人たちのほとんどが……本当にずば抜けて賢い人たちが……やって来て、彼の食事を食べ、彼のワインを飲み、彼の快適さをうらやみ、彼のようになりたがった。

 

 この間ユージンとアンジェラは、お互いの距離が縮まるどころか、実際にはどんどん離れていった。アンジェラはあのひどい過ちを忘れたことも、完全に許したこともなかったし、ユージンの快楽主義的性向が完治したとも信じていなかった。美女が大挙して、アンジェラのお茶会や昼食会、夫婦共同で開催する夜会やパーティーに詰めかけた。今のユージンなら難なく、音楽、演劇、文学、芸術の才能を持つ人を自由にできたので、自ら采配を振るって面白い趣向を凝らした。彼は、木炭やクレヨンですばやく人物をスケッチすることができたり、器用な手品や物まねができたり、歌、踊り、演奏、朗読、ユーモアのある話を面白おかしく即興でできる男女を知っていた。所帯じみた女性を見たくなかったから特に美しい女性だけを招待したいとせがんだ。不思議なことに何十人も見つけたが、彼女たちは特に美しいだけでなく、歌手、ダンサー、作曲家、作家、俳優、劇作家でもあった。ほぼ全員がとても話し上手で、好き勝手に楽しんだ……実際、自分たちが楽しめることをした。ユージンのテーブルは、いつ見てももきらびやかだった。ユージンが「呼び物」にしていたものの一つは、朝の三時まで部屋に居残った十五人から二十人の客を三、四台の自動車に分乗させて、朝食と「日の出見物」をしに町外れの小さなホテルに出かけることだった。車のレンタル料の七十五ドルや、大人数の朝食代の三十五ドルという小さな問題に、ユージンは困らなかった。こんなのはどうってことないと知っていたから、財布を取り出して兌換紙幣の十ドル札を取り出すのが四枚でも五枚でも六枚でも、とてもいい気分だった。同じところから、もっと多くのお金が彼のところに来ていた。経理に人をやれば、いつだって五百ドルから千ドルくらいは引き出せた。彼はいつも財布に五ドル札、十ドル札、二十人ドル札で百五十ドルから三百ドルを持っていた。小さな小切手帳を携行して、ほとんど小切手で支払った。ユージンは自分が知られていると決めてかかるのが好きで、この想定をよく他人に押し付けた。

 

「ユージン・ウィトラ! ユージン・ウィトラ! 実に、立派な方だ」……とか「あんなに出世するなんて、すごいですよね?」、「先日の夜、私はウィトラ邸にいたんですよ。あんなにすてきなアパートをこれまでに見たことがありますか? 完璧ですよ! あの眺めときたら!」

 

 人々は、ユージンがもてなした興味深い人たち、そこで出会った賢い人たち、美しい女性たち、美しい眺めについて論評した。「それにウィトラ夫人はとてもチャーミングなんです」

 

 しかし、こうした話の底には、ねたみや軽蔑も多かった。そしてウィトラ夫人の人柄に大きな関心が向けられることは決してなかった。アンジェラはユージンのように華やかではなかった……というか、意見は割れた。賢い人や、見応えのあるもの、機転、華麗さ、気楽さを好む人は、ユージンのことは好きでも、アンジェラのことはあまり好きではなかった。落ち着き、手堅さ、誠実さ、忠実や努力などの普通の美徳を好む人たちは、アンジェラを称賛した。誰もがアンジェラを夫に忠実な召使い、夫が歩く地面まで崇拝する女と見ていた。

 

「とてもすてきな小さな女性です……とても家庭的で。しかし、彼が彼女と結婚したのは不思議ですよね? 二人は全然違いますから。それでも、共通点もたくさんありそうですね。それって変……ですよね?」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ