第42章
〈ユナイテッド・マガジンズ社〉の経営は、少なくとも広告、営業、製造の分野に限っては、機転と優れた経営判断と勤労努力とで早急に立ち直れないほどひどい状態ではなかった。フローレンス・ホワイトが営業・財務の分野で権力を握ってからは、少なくともその方面の問題はゆっくり好転し始めた。彼には、旬の記事、重要な書籍、売れる芸術品とはどういうものなのかについての判断力は全くなかったが、正しい製造方法、正しい仕入れと正しい在庫の売却、コストと効率の観点から見た正しい労働力の扱い方にかけては独特の直感を持っており、それだけに侮れなかった。雇うべき優秀な製造業者がすぐにわかった。本がどこでどう売れるかを知っていた。紙を大量に最安値で買う方法や、できるだけ低いコストで印刷と製造を行う方法を知っていた。すべての無駄が排除された。膨大な無駄を省いて最小限の人手で済む一連のスケジュールで、機械をフル活用した。労働組合は重複する作業を省いて労働者を削減する方針には反対だったから、この点で彼は絶えず組合と衝突していた。労働者を扱うときの彼は鉄の雇用者であり、粗野で、がさつで、卑劣だった。そして労働者はホワイトを恐れ敬った。
広告部門は状況がかなり悪かった。その理由は、この部門が仕事をとるための前提とされた雑誌の編集があまり順調にいっていないからだった。雑誌はあまり時世をとらえきれていなかった……時代の感覚と感動を先取りしていなかった……そのせいで大衆は精神的な糧を他に求めるようになり始めていた。かつてはすごい発行部数とすごい評判があったが、それは、みんながもっと若くて、最初の出版と編集の人間が全盛期の頃だった。それから、マンネリ、無関心、混乱の日々が続いた。コルファックスが権力を握っただけで希望が戻り始めた。すでに述べたように、彼はこの分野のあらゆる方面で力のある者を探していた。特に、採用した後で彼らをどう統率すべきかを自分に教えてくれる人物を探していた。個別の雑誌ごとに大衆の興味を引きそうなものを思いつくのは誰だろう? 大物の売れっ子作家をこの会社の書籍部門に引き寄せるのは誰だろう? 大衆に興味を起こさせて成功をもたらそうという気持ちで、さまざまな部門を管理する人たちを鼓舞するのは誰だろう? ユージンなら最終的にコルファックスが望む人物になるかもしれないが、果たしてそれはいつのことだろう? 彼を手に入れた今、コルファックスは先を急ぎたかった。
ユージンが状況を知ったのは、広告部の部長に就任して間もなくだった。部下たちを会議に招集したときに、彼らは、発行部数の減少と戦っていますと弱音を吐いた。
「言いたいことを何でも言ってください、ウィトラさん」部下の一人が不景気な顔で言った。「しかし答えは発行部数、発行部数の一言に尽きるんです。ここで雑誌を続けていかねばなりません。製造の人間はみんな、結果が出た時点でわかるんです。我々はいつも外に出て新しい仕事を獲得しますが、それが続かないんです。維持できないんです。雑誌が結果を出してくれませんから。そこをどうするつもりですか?」
「今後の方針を説明しよう」ユージンは静かに答えた。「雑誌のテコ入れをします。その方向で数々の変化が起きていると理解しています。すでにいい仕事をしていますよ。たとえば製造部は調子よくなりました。そのことは把握しています。すぐに編集部もよくなるでしょう。今はみなさんに、この状況の中で精一杯戦ってほしいと思います。できれば、ここは何も変更しません。どうすればいいかは、みなさんに指示するつもりです……個別に行います。我々には世界一の会社がついているとみなさんには信じて欲しい。前にたちはだかるものは何だって一掃できるんです。コルファックス社長をご覧なさい。あの人が失敗すると思いますか? 我々はするかもしれませんが、あの人はしませんよ」
部下たちはユージンの態度と自信に好感をもった。部下たちはユージンが自分たちを信頼してくれたことに好感をもった。ユージンが部下の全幅の信頼を勝ち取るのに十日とかからなかった。ユージンは自分とアンジェラが一時的に泊まっているホテルに、すべての雑誌を持ち帰って慎重に検討した。最新刊の本を何冊も持ち帰ってアンジェラに読んでほしいと頼んだ。自分では、それぞれの雑誌は何を表現するべきかと、それぞれの雑誌に生命と活力を与えるのはどこの誰なのか、を考えようとした。冒険雑誌の担当には、数年前に知り合い、その後は日曜新聞の雑誌付録の編集でかなり成功していたジャック・ベゼナという人物をすぐに思いついた。彼は急進的な作家になるために仕事を始めたが、落ち着いてしまい、とても有能な新聞記者になった。ユージンはこの数年の間に何度か彼に会ったことがあって、その都度彼の人生の判断の力強さと繊細さに感銘を受けていた。ユージンは一度彼に言ったことがあった。「ジャック、きみは自分の雑誌の編集をやるべきだよ」
「そうするよ、そうするつもりだ」ジャックは答えた。今、この件を鑑みて、ベゼルが雇われるべき人物としてユージンの頭に浮かんだ。今の編集者を見たことがあったが、まったく力がないように見えた。
週刊誌にはタウンゼンド・ミラーのような人物が必要だった……彼はどこで見つかるだろう? 今の担当者のアイデアは興味深いものだったが、その魅力は一般受けしなかった。ユージンは表向きは面識を深めるつもりで、いろいろな編集者を見て回ったが、その中の誰にも満足しなかった。
ユージンはいつかコルファックスに言う日が来るまで急がず待って、自分の部門が自分の大きな努力を必要としていないことを確認した。
「編集部門がうまくいってませんね。私が自分の仕事について調べたところでは、それほど根本的に遅れたものは全然なく、対処可能ですが、雑誌はよくありませんね。給料の話は完全に除外して、少し変更を加えさせていただきたいのです。上に適切な人材がいません。あまり急ぎ過ぎないようにやってみます。しかしいくつかの問題は今より悪化しようがありません」
「わかってるとも!」コルファックスは言った。「そのことはわかってるんだ! どうしろと言うんだ?」
「もっとましな人に替えるだけのことです」ユージンは答えた。「もっと新しい発想を持った優秀な人にします。当面は少し費用がかさむかもしれませんが、長い目で見れば利益の方が大きいでしょう」
「その通りだ! その通りだよ!」コルファックスは熱く語った。「私は自分が大声で二度言うに値すると思う判断を下す人物が来るのをずっと待ってたんだ。私が知る限り、お前は今すぐにでも事に当たれるんだぞ! 私が約束した給料はこれにかかっているんだからな。だが、言っておきたいことがある! 言っておきたいことがあるんだ! お前には全権を持ってこれに当たってもらうが、転ぶことも、つまずくことも、病気になることも、どんなミスも犯すなよ。そうなったらお終いだからな! その時、お前が味わうのは生き地獄だからな! 私は優秀な雇い主なんだ、ウィトラ。優秀な人間にはいくらだって金を払うさ、常識の範囲内でだがな。しかし一杯食わされたとか、コケにされたとか、相手がミスを犯していると思ったら、そのときは一切容赦しない……これっぽっちもな。私は普通の人間だ、いつもからっぽ、からっぽ、からっぽの」(そして紙面で繰り返すに耐えない汚い言葉を使った)。「それが私のすべてなんだ。さあ、これで我々はわかり合えたな」
ユージンは驚いて相手を見た。以前にもそこで見たことがある冷酷無情な輝きが、その青い目の中にあった。彼の存在は電気だった……その姿は悪魔だった。
「以前にもそういうことを言われたことがあります」ユージンは言った。サマーフィールドが「石炭シュートに放り込んでやる」と言ったことを考えていた。新しい仕事に就いて早々これほど冷たい明確な課題を突きつけられるとは予想していなかったが、現に突きつけられ、ユージンはそれに向き合わねばならなかった。その瞬間カルヴィンと袂を分かったことを後悔した。
「私は責任を恐れません」ユージンは厳しい顔で答えた。「できれば、転びも、つまずきも、ミスもしません。もししても、あなたに泣き言を言ったりしませんよ」
「まあ、私はただ話をしているだけだ」コルファックスはまた笑顔と愛想を取り戻して言った。あの冷たい光はなくなっていた。「世界で一番いい意味で言ったつもりだ。私は全力と全権でお前を支えるつもりだが、失敗したら神さまに助けてもらえ。私にはできんからな」
コルファックスは自分の机に戻り、ユージンは上の階に行った。枢機卿の赤い帽子を頭にかぶらされて、同時に斧を頭上にかざされた気分だった。ユージンはこれから自分がすることを慎重に考えなければならないのだ。ゆっくりであれ、進まなければならない。ユージンにはすべての力が与えられていた……全権委任だった。今から上の階に行って、その場にいる全員を解雇することだってできた。コルファックスがユージンを支えても、ユージンは部下を入れ替えねばならないだろう。それも迅速かつ効果的に。これは試練の時間だった。重要だが厳しいひとときだった。
彼の最初の行動は、ベゼナを呼び寄せることだった。ベゼナとはしばらく会っていなかったが、今ユージンが持っている、上の方に「ユナイティド・マガシンズ社」、片隅に「統括出版部」と書かれた便箋がすぐに彼を連れてきた。とても多くの有能な人たちがこの仕事に関わっているときに、こうして自分を統括出版部長と呼ぶのは、ある意味で大胆なことだったが、これくらいでユージンは動じなかった。ユージンは始めなければならなかったし始めることを決意した。この便箋……の単なる刻み文字……は彼が権力の座にあることを正式に知らせる最もいい方法だった。このニュースは延焼するようにビルを駆け巡った。彼のオフィスにはこのニュースを伝える者が大勢いた。彼の専属速記者までもが一役買った。編集者とアシスタントはみんな、これはどういうことだろうと不思議に思ったが、仲間内以外では何も質問しなかった。概要さえ何も発表されていなかった。ユージンは同じ便箋でアドルフ・モルゲンバウを呼び寄せた。彼は〈サマーフィールド広告〉でユージンのアシスタントとして優れた手腕を発揮し、その後頭角を現してきた雑誌〈スフィア〉のアートディレクターになっていた。モルゲンバウならそろそろ自分のもとで美術の仕事をさせてもいいかもしれないと考えた。そして彼の目に狂いはなかった。モルゲンバウはかなりの力と知性を備えた人間に成長していて、またユージンと組めることを大喜びした。彼はまた、いろいろな広告担当者、芸術家、作家たちと、この分野で今、最も活躍中の編集者は誰かについて話をして、その相手に自分のところに来る気はあるかを問う手紙を書いた。ユージンがニューヨークに来たのは、〈ユナイテッド・マガジンズ社〉の広告部門だけではなく編集部門も担当するためだったという事実が急速に街中に広まったために、人が続々とやって来た。芸術、書き物、編集、広告に関心を持つ者全員がそれを聞きつけた。昔のユージンを知る者は、自分の耳が信じられなかった。彼はどこでそんな技術を身につけたのだろう?
スタッフ全員に、私が責任者であることが周知された方がいいと思います、とユージンはコルファックスに申し入れた。「私なりに状況を考えてきました」ユージンは言った。「私は自分が何をしたいのかわかっていると思います」
さまざまな編集者、アートディレクター、広告や書籍の担当者たちが本部に呼ばれて、コルファックスが、この場にいる全員に影響を及ぼす発言をしたい、と告げた。「これからはここにいるウィトラ君が、我が社の出版部門の全てを取り仕切ります。私は問題に関して何も口出ししないことにしています。自分がこの問題に彼ほど精通していないとわかっているからです。みなさんは、これまで私にしてきたのと同じように、彼にアドバイスを求めて相談してください。ホワイト君は製造と流通部門の担当を続けます。ホワイト君とウィトラ君が一緒になって働くわけです。私が言いたいのはそれだけです」
一同は解散し、ユージンは再び自分のオフィスに戻った。さっそく、自分の下で働いて、自分と同じようにこの事業部門を運営できる広告担当者を見つけることにした。この該当者を探すのにしばらく時間を費やし、最終的に〈ヘイズ・リッカート社〉でその人物が働いているのを見つけた。優秀な仕事人として以前から多少知っている人物だった。名前はカーター・ヘイズ、三十二歳の、力のある、強引な人物で、自分の選んだ仕事で成功することをとても望んでいて、ここに大きなチャンスを見出した。ヘイズはユージンのことがあまり好きではなかった……過大評価されたのだと思った……しかしユージンのために働くことに決めた。ユージンは年収一万ドルでヘイズを雇い入れて、ヘイズの注意を完全に新しい職務に向けさせた。
経営者側から見る編集と出版の世界は、ユージンにとってまったく新しい世界だった。編集と出版の世界を、芸術や広告の世界ほどよく理解しておらず、ある意味では彼にとって比較的新しい見知らぬ世界であったため、最初からミスをいくつか犯した。彼の最初のミスは、主に雑誌が弱かったせいもあるが、諸々の事情が抑えつけていたとか、とても価値ある存在だとわかるちょっとした評価を待っていただけの優秀な人たちが実際には大勢いたのに、自分の周囲のすべての人間はおおむね非力で非効率と決めつけたことだった。次に、彼は個々の出版物ごとにとるべき正確な方針がはっきりしておらず、教えてくれる人にも謙虚に耳を貸そうとしなかった。最善の策は、担当者を見守り、彼らの言い分を理解し、親切な提案で彼らの努力を補いながら、じっくり時間をかけて進めることだった。なのにそれをせず、抜本的な改革を決意して、就任して間もないのにその実行に取りかかった。〈レビュー〉の編集マーチウッドと、〈ウィークリー〉のゲイラーが解任された。〈冒険小説マガジン〉の編集者の地位がベゼナに与えられた。
しかしこれほどの組織での大改革は、すぐに結果を出せるはずがなく、目立った変化が現れるまでには数週間、数か月がたたなけれならない。ユージンは、部下の一人一人に責任を押し付けて放置して時々批判するのではなく、部下のそれぞれやみんなと一緒になって仕事に取り組み、個別の事例ごとに親身になって方針を示す努力をした。それは簡単なことではなく、時にはユージンを混乱させることもあった。彼には学ぶべきことがたくさんあった。しかし毎日のように各方面に役立つアイデアを出し、それが伝えられた。雑誌はよくなった。ユージンと彼の部下の判断を取り入れた最初の号が、コルファックスとホワイトによってじっくりと吟味された。ホワイトは、何が改善されたのかを特に知りたがった。自分ではちゃんと判断できなくても、意見を聞く手段を持っていた。批判する口実が見つかると期待していたから、ほぼすべてが好意的意見だったので、とてもがっかりした。
コルファックスは、ユージンの毅然とした態度、仕事にかけるエネルギー、進んで責任を負う覚悟を見て、以前よりも一層彼を称賛するようになった。社交の相手……仕事の時間が終わってからも付き合いたい相手……として彼を気に入り、ユージンを自宅のディナーに招待し始めた。アンジェラと会ってもあまり大した感銘を受けなかったから、カルヴィンとは違って、彼は社交の場のほとんどでアンジェラには配慮しなかった。アンジェラはきれいではあったが、夫と同じようなきらびやかな資質はなかった。コルファックス夫人は軽蔑的な意見を述べ、これがまた障害になった。コルファックスはユージンが独身ならよかったと心から願った。
時間が経過した。ユージンはこの状況に関わるさまざまな問題に取り組めば取り組むほど、どんどんゆとりが出てきた。これまでに何らかの重要な管理職に就いたことのある人なら、ある程度の才能があれば、その才能に応じた能力と実力を持つ男女を引きつけることが、どれほど簡単かを知っている。類が友を呼び、自分の才能に応じた出世を志す者は、もっと高い地位にいる自分によく似た人のところへ自然に流れていく。広告担当者、芸術家、流通関係者、編集者、書評家、作家など、ユージンのことを十分に理解しているか彼の真価がわかる人たちがこぞって彼を頼って来たので、次第に応募者全員を各部門の長に引き合わせること学ばざるを得なくなった。彼はある程度、部下に頼ることを学ばざるを得なかった。そしてこれを学んでいるうちに、逆に頼りすぎるようになった。広告部のカーター・ヘイズの場合、ユージンは彼の手際の良さに特に感銘を受けたので、仕事の細かい部分まで彼に丸投げし、ユージンはただ手順書を点検し、困ったときに助言を与えるだけだった。ヘイズは根っからの自己中心的人物だったので、これをありがたがった。しかしこれでは忠誠心は育たなかった。ヘイズはユージンのことを、何かのまぐれ当たりで出世した男であって本当は広告の人間ではない、と考えた。ヘイズはやがて、自分が実際に広告部の部長になって、コルファックスやホワイトと直談判できるような状況になればいいと望むようになった。彼らの方がこの事業の大口投資家だから、ヘイズは彼らをユージンの上司であり、取り入るべき相手だと考えた。他の部署にも同じように感じる者がいた。
ユージンの大きな問題は、部下に忠誠心を起こさせるほどの大きな力がないことだった。ユージンには部下を元気づける力……部下の役に立ちそうなアイデアを部下に与える力……があった。しかし部下は大体これを、自分の利益の拡大のため、つまりは自分たちがユージンを超えたと思う地点まで自分たちを進めるために使った。ユージンの態度は、邪険でも、近寄り難くも、辛辣でもなく、いつも、どちらかといえば、とっつきやすいと思われた。ユージンには、非凡な才能の持ち主、時には特定の専門分野で自分よりもはるかに優秀な人材を選び出す能力があった。ユージンが雇った人たちは、しばらくするとユージンを上司ではなく、自分たちと同じ道を歩む者、自分たちが目指してもおかしくない地位にいる者と見なすようになった。ユージンは仕事全体にかなり温厚な態度で臨んでいるようだった……とてものんびり構えていた。時にはわざわざ相手に、出しゃばり過ぎだと言うこともあったが、ほとんどあまり気にしなかった。物事は順調に進んでいた。雑誌は改善しつつあり、広告部と流通部は著しい利益を上げていた。全体的に見れば、彼の人生は割と完璧なまでに開花したように見えた。波乱や日常的トラブルはあったが、深刻ではなかった。迷ったときはコルファックスが親切にアドバイスしてくれたし、ホワイトは感じてもいない友情を装った。




