表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「天才」 第二部 奮闘  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
12/44

第12章

 

 春と夏と秋がユージンとアンジェラとともに、最初はアレキサンドリア、次にブラックウッドに訪れて過ぎ去った。ノイローゼに苦しみ、ニューヨークを離れざるをえなくなったことで、ユージンは芸術に費やした努力の最高の成果を多少ふいにした。シャルル氏や他の大勢の人たちが彼に関心をもち、面白くて人目につく形で彼を楽しませようと準備をしてくれていたのである。外出はいくらでもできたが、彼の精神状態では、誰とでもうまく付き合えるわけではなかった。極度の鬱状態にあって、暗い話題を議論し、人生を極度に悲観し、人間は総じて悪だと信じがちだった。情欲、不誠実、利己主義、嫉妬、偽善、中傷、憎悪、窃盗、不貞、殺人、痴呆、狂気、無気力……こういうものや死や衰えが彼の思考を占拠し、光がどこにもなかった。あるのは悪と死の嵐だけだった。これらの考えが、アンジェラとの問題、彼が働けなくなった事実、結婚相手を間違えたと彼が感じる事実、死ぬか発狂するかもしれないと彼が恐れる事実と結びついて、ユージンに恐ろしくて苦しい冬をもたらした。

 

 アンジェラの態度は、いったん最初の感情の嵐が去ってしまえば十分に同情的だったが、それでも根底に批判が含まれていた。アンジェラは何も言わず、忘れることに同意したが、彼女は忘れてはいない、密かに彼を責め続けている、こういう問題の新たな発覚に目を光らせ、あると予測し、それを防ごうと警戒していることをユージンはずっと意識していた。

 

 二人が到着して間もなく始まったアレキサンドリアの春は、ユージンにとってある意味で改善の始まりだった。ユージンはしばらくの間、働くことをあきらめ、ロンドンかシカゴに行く考えをあきらめ、ただ休むだけにした。疲れているのは本当だったかもしれないが、そうは感じなかった。眠れず、仕事もできなかったが、気分は十分爽快だった。彼が惨めだったのは、ただ仕事ができないからだった。それなのに彼はまったく何もしないでいてみようと決めた。そうすれば、彼のすばらしい芸術は復活するかもしれない。その間もユージンは、自分が失っている時間、会いそこなっている有名人、見ていない場所のことを絶えず考えていた。ああ、ロンドン、ロンドン! 自分にそれができればいいのだが。

 

 ウィトラ夫妻は息子が戻って再び自分たちと一緒にいられることがとてもうれしかった。彼らは彼らなりに単純素朴な人たちだったので、どうして自分たちの息子の健康状態がこんな急に悪化したのか理解できなかった

 

「こんなに具合の悪そうなジーンをこれまで見たことがない」ユージンが到着した日にウィトラ氏は妻に言った。「目がとてもくぼんでいるな。いったい何がせがれを苦しめているとお前は思うんだい?」

 

「私が知るもんですか」自分の息子の身を案じてとても苦しんでいる妻が答えた。「ただ疲れてるだけだと思うわ。しばらく休めば多分大丈夫ですよ。あの子の具合が悪そうに見えると思っても、口には出さないでくださいね。大丈夫だって言ってやればいいんです。奥さんのこと、あなたはどう思います?」

 

「とてもすてきな小さい女性のようだね」ウィトラは答えた。「きっとあの子に尽くしてくれるんだ。ユージンがああいうタイプと結婚するとは思わなかったが、まあ本人が決めたことだ。世間だって、私がお前のような女と結婚することはないって思ったはずだからな」ウィトラは冗談めかして付け加えた。

 

「そうね、あなたはとんでもない間違いをしちゃったわね」妻は冗談で返した。「それを実現するためにものすごく働いたんだから」

 

「若かったんだよ! 若かったんだ! それを思い出してもらいたいな」ウィトラは言った。「あの頃はあまり物事を知らなかったんだ」

 

「未だに大してよくわかっていないようですけど」夫人は答えた。「そうでしょ?」

 

 ウィトラは微笑んで妻の背中を軽く叩いた。「まあ、とにかくそれを精一杯活用しないとならないわけだな? もう手遅れなんだから」

 

「確かにそうですね」夫人は答えた。

 

 ユージンとアンジェラは庭と街角がよく見渡せる二階の彼の古い部屋を与えられ、ウィトラ家の両親が望んだ数か月の穏やかな日々を過ごすために落ち着いた。アレキサンドリアのこの地に戻って来た自分が、自分の育った平和な近所、木々、芝生、去ってから何度も取り換えられたはずなのに依然としてまだいつもの場所にあるハンモックを眺めていることに気づくのは、ユージンには不思議な感覚だった。小さな湖や、町を曲がりくねって流れる小川のことを考えるのは、ユージンの慰めになった。今なら釣りやボートに乗りに行くことができた。あっちにもこっちにもすてきな散歩道がいくつかあった。最初の週は釣りに行って楽しみ始めたが、まだ少し寒かったので、しばらくは散歩に専念することにした。

 

 こういう日常はだいたいすぐに飽きがくる。ユージンのような気質の人間を楽しませるものは、アレクサンドリアにほとんど存在しなかった。ロンドンやパリ、シカゴやニューヨークを見た後では、古い故郷の町の静かな通りなど冗談にしかならなかった。〈アピール〉社にも顔を出したが、ジョナス・ライルもケーレブ・ウィリアムズもいなくなったあとで、前者はセントルイス、後者はブルーミントンへ行ってしまった。姉の夫の父親にあたるベンジャミン・バージェス老人は、年月の経過以外の変化はなく、次の選挙で議会に立候補することを考えているとユージンに語った……共和党は彼にそれだけの借りがあった。シルヴィアの夫にあたる彼の息子のヘンリーは地元の銀行の出納係になっていた。ヘンリーは相変わらず辛抱強く静かに働き、日曜日には教会に行き、時々仕事でシカゴに行き、農家や実業家を相手に小口融資の相談に乗っていた。この国のいくつかの金融専門誌を熱心に研究して、とても順調に投資をやっているようだった。シルヴィアは夫がどのくらい順調にやっているかをほとんど話さなかった。十一年も一緒に暮らしているうちに、夫と同じように何だか口数が少なくなっていた。若いのにスリッパを履いた痩せたこの男の鋭さに、ユージンは微笑まずにいられなかった。ヘンリーはとても物静かで、とても保守的で、従来型の成功した人生を築くすべての小さな行いにとても熱心だった。まるで家具職人のように、最終的に完成体を作り上げる小さな部品をはめ込む作業で忙しかった。

 

 アンジェラは、ウィトラ夫人がしぶしぶ分担を承諾した家事に本腰を入れて取り組んだ。働くことが好きなので、ウィトラ夫人が朝食後に洗い物をしている間に家中を片付けた。できるときは、機嫌を損ねないように、ユージンのために特製のパイやケーキを作って、ウィトラ夫人に好かれるような振る舞いを心がけた。アンジェラはウィトラ家をあまりよく思わなかった。自分の実家と比べて大幅にいいわけではなかった……同じくらいいいとは言えなかった。それでもここはユージンの生まれた場所だった。だから大事だった。ユージンの母親とアンジェラの間には人生の本質と生き方を巡って少し意見の違いがあった。ウィトラ夫人は、アンジェラよりももっと気軽で親しみやすい人生観の持ち主だった。アンジェラはもともと心配性だったが、夫人はあまり心配せずに、物事をありのままに受けとめるのが好きだった。この二人には共通の人間的な欠点が一つあった……何事においても他の誰とも一緒に仕事ができなかった。どちらも、やる以上はやるべき仕事を分かち合うより全部やってしまう方が好きだった。二人とも、ユージンのためと、恒久的な家庭円満のために、折り合いをつけたかったので、意見が一致しないことはあまりなかった。どちらも気が利かないわけではなかった。しかし、何かの漠然とした気配は漂っていた……ウィトラ夫人からすると、アンジェラは少し気性が激しくてわがままだった。アンジェラから見ると、ウィトラ夫人はほんの少しだけ秘密主義というか、引っ込み思案、あるいは他人行儀だった。双方で、私にやらせてくれませんか、じゃおねがいね、がたくさんあったが、表面上はすべてが穏やかで円満だった。ウィトラ夫人はかなり年上だったので、やはり落ち着いていて、貫禄と穏やかさを備えた家族の席にいた。

 

 何もしないで椅子に座ったり、ハンモックに寝そべったり、森や野原を散策したり、無駄な考え事をして孤独の中で幸せを満喫するには、そういうこと向いている特別な才能が必要である。ユージンは両親と同じように自分にもそれがあると思ったが、名声の呼ぶ声を聞いてからは、もうじっとしてはいられなかった。それに、ちょうどこのときユージンは、孤独や無駄な考え事ではなく、気晴らしや娯楽を必要としていた。彼には、適切な種類の仲間、陽気なもの、共感を呼ぶもの、夢中になれるものが必要だった。何の悩みもかかえていないときのアンジェラには多少これがあった。彼の両親や姉、古い知人たちにももう少し提供できるものがあった。しかし彼らは永遠にユージンに話しかけたり気を遣うことはできなかったし、彼らの他には何もなかった。この町には面白いものが何もなかった。ユージンはアンジェラと一緒に長い田舎道を歩いたり、時々ボートや釣りに出かけることがあったが、それでも孤独だった。ポーチやハンモックに座って、ロンドンやパリで見たものや、どうやって仕事をすればいいのだろうと考えた。霧の中のセントポール寺院、テムズ川の堤防、ピカデリー、ブラックフライヤーズ橋、ホワイトチャペルやイーストエンドの汚い部分……現状を脱してこういうものを描いていたいとユージンはどれほど願っただろう。絵を描くことさえできたらいいのだが。父親の納屋にアトリエを作って、明かりをとるのに北側の屋根裏の扉を使い、記憶を頼りに一定のものを描いたが、まともなものは何も生み出せなかった。単にひとつの意見にすぎないのに、いつも何か悪いところがあるというこの固定観念が彼にはあった。時折意見を求めると、アンジェラや両親は美しいとかすばらしいと言うかもしれないが、ユージンはそれを信じなかった。こうして少し変更を考え、その影響を受けて物事を変えて変えて変えた後で、気持ちがすさんで、自分の状態に憤慨し、激しく落胆して自分を哀れんでいる自分に気がつくのだった。

 

「どうせ」ユージンは筆を放り出して言った。「この状態を抜け出すまで僕はただ待つしかない。こんな調子じゃ何もできやしない」それから、散歩か、読書か、湖でボートを漕ぐか、ソリティアをするか、父親がずっと前にマートルに買い与えたピアノをアンジェラが演奏するのを聞いた。ユージンはずっと自分の状況を考えていた。自分は何を失い続けているのだろう、陽気な世界はどこか他の場所でどんなふうに急速に盛り上がっているのだろう、この先自分がよくなるまでにあとどのくらいかかるのだろう。ユージンはシカゴに行って、そこの風景で腕試しをしたいと話したが、アンジェラはもうしばらく静養するように彼を説得した。六月にアンジェラは、夏の間二人でブラックウッドに行き、ユージンが望むなら秋にここに戻ってくるか、あるいはニューヨークへ行くかシカゴに滞在するか、彼の気分次第にすると約束した。今、ユージンには静養が必要だった。

 

「それまでには多分ユージンは元気になってシカゴに行くかロンドンへ行くかを決められるわ」アンジェラはユージンの母親に言った。

 

 アンジェラは、自分たちがどこに行って何をするつもりなのかを話せることが、とても誇らしかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ