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「天才」 第二部 奮闘  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第13章

 

 もし女性との何かの新鮮で刺激的な経験を密かに期待していなかったら、ユージンはどうしようもないほど孤独だっただろう。実は、ユージンにつきまとうこの考えは……ウイスキーを思うアル中の考えとまったく同じで……彼を励まし、彼が完全に絶望しないように防ぎ、常に存在する挫折感から引き離してくれる唯一の気晴らしを彼の心に与えた。もし偶然、明るくて、魅力的な、彼と恋に落ちそうな本当に美しい女性に出会ったら、それは幸運だっただろう。ただアンジェラがこのところ絶えず彼を見張っていた。それなのに、若い女性が増えたら、単純に彼の症状が悪化することを意味するだけだっただろう。それでも欲望の幻覚、美しさに対する純粋な動物的本能の引き寄せる力は、とても強力だったので、そういうものが彼自身の気質が好む美しい若い女性の形をとって近づくと、ユージンは抵抗できなかった。魅力的な目をのぞき込んで、柔らかくて繊細な……少女時代特有の若さと健やかさをそれとなく感じさせるものでいっぱいの……輪郭の顔をちらっと見ると、呪文がかけられた。まるで顔の形そのものが、持ち主の意志や意図に関係なく、見る者に催眠術のような効果を与えるようだった。アラビア人はアブラカタブラという言葉に呪文を唱える魔法の力があると信じていたが、ユージンにとって女性の顔と体の形はまったく同じ力を持っていた。

 

 ユージンとアンジェラが二月から五月にかけてアレクサンドリアに滞在していたときのこと、ユージンはある夜、姉の家で一人の少女に出会った。彼好みでそういう美しさに彼がとても影響を受けやすいという観点からすると、少女は極めて強力な催眠作用の持ち主で、浮気のしやすさと手頃さにかけてはとてもいい立場にあった。彼女はジョージ・ロスという巡回セールスマンの娘で、この男の妻、つまり娘の母親はすでに亡く、かつてユージンが初恋の相手ステラ・アップルトンを愛撫しようとした場所からそう遠くないグリーン湖の畔の古い木陰の家に、父親の妹と住んでいた。娘の名前はフリーダといい、ものすごく魅力的だった。まだ十八歳にもならず、大きく澄んだ青い目と、豊かな黄褐色の髪をしていて、ふくよかだがスタイルは抜群だった。地元の高校を卒業し、年齢の割には発育がよく、明るくて、バラ色の頬を持ち、快活で、たっぷり天性の知性に恵まれていたから、たちまちユージンの注意を引いた。普段から彼は、自然なままの、明るくて、よく笑うタイプが大好きだったが、今の状態のせいで、異常なほどだった。この娘と養母は、ユージンの両親や姉をよく知っていて頻繁に訪れていたので、ずっと前からユージンのことを聞いていた。ジョージ・ロスがこの地に引っ越してきたのは、ユージンが最初にシカゴに向かった後であり、しかも旅に出ることが多かったので、その頃からユージンには会ったことがなかった。フリーダは、これまではいくらユージンが来ても若すぎたから男性に興味を示さなかったが、大人の女性に開花しつつあるちょうどこの年頃ともなると、心は男性に釘付けだった。ユージンが結婚したのを知っていたので、まさか自分が彼に興味を持つとは思わなかったが、芸術家としての評判を聞いて気にはなっていた。彼が誰だかみんなが知っていた。地元の新聞が彼の成功を記事にして肖像画を掲載したことがあった。フリーダは、四十歳くらいの、堅物で、真面目な男性に会うものだと思った。ところが会ったのは二十九歳の笑顔の青年で、かなり痩せて目がくぼんでいたが、それでもそこがまた魅力的だった。ユージンはアンジェラの許しを得て、ゆるめの流れるようなネクタイ、柔らかい折り襟、原則として茶色いコール天のスーツ、ベルトつきのコート、狩猟用のジャケットを今でも愛用し、とても変わったデザインの黒い鉄製の指輪を指の一本にはめ、ソフト帽をかぶっていた。手はとても細くて白く、肌は青白かった。フリーダは、バラ色で、蝶のように考えがなく、青いリネンのドレスを魅力的に着て、笑みが絶えず、評判が高いユージンを恐れていたが、すぐ彼の目にとまった。フリーダは彼がこれまでに知っていたすべての若くて健康的な笑いの絶えない娘たちと同じで愉快だった。ユージンはもう一度独身に戻って彼女と冗談を交えて会話ができたらいいなと思った。フリーダは最初から親しくなりたがっているように見えた。

 

 しかしアンジェラもフリーダの養母もいるので、ユージンは慎重に構えて距離をおく必要があった。養母とシルヴィアとアンジェラは芸術について話をしたり、ユージンの変わったところや独特なところや経験談についてのアンジェラの説明に耳を傾けた。これらは彼らが会う普通の凡人にとって決して尽きない興味の源泉だった。ユージンはその時の気分に合う、疲れや愛想や無関心の表情を顔に浮かべて安楽椅子に座った。今夜は退屈で、少しうわの空だった。ここではこの娘以外に誰も彼に興味を示さなかった。その美貌はユージンの秘密の夢を育んだ。彼はこういう若々しい精神がいつも自分のそばにいてくれることを熱望した。どうして女性は若いままでいられないのだろう? 

 

 みんなが談笑している間にユージンは、アーサー王のヒーローとヒロインたちの興奮を呼ぶすばらしいイラストの入った、ハワード・パイルの『円卓の騎士』を手に取って、いろいろなキャラクターの威厳のある誇張された特徴を研究し始めた。これはシルヴィアが二階で眠っている七歳になる男の子のジャックに買い与えたものだったが、フリーダは数年前の少女時代に読んでいた。ユージンのことが気になって仕方がなかったが、会話のきっかけのつかみ方を知らなかったので、そわそわと動き回っていた。ユージンが時々向ける笑顔はフリーダをうっとりさせた。

 

「あら、私、それ読みました」フリーダはユージンが本を見ているのを見て言った。彼女はユージンの椅子からそれほど遠くない、窓の近くまで来ていた。最初は外を眺めているふりをしていたが、今はユージンに話しかけていた。「よく騎士や貴婦人なんかに夢中になったものだわ……ランスロット卿に、ガラハッド卿、トリストラム卿、ガウェイン卿、グィネヴィア王妃」

 

「ブラッフ卿って聞いたことある?」ユージンはからかって尋ねた。「スタッフ卿は? じゃあ、ダブ卿は?」ユージンは人を馬鹿にしたユーモアの光を目に浮かべてフリーダを見た。

 

「あら、そんな人たちはいないわよ」フリーダはその称号に驚いたが、考えるとおかしくて笑ってしまった。

 

「主人に馬鹿にされちゃだめよ、フリーダ」アンジェラが口を挟んだ。この娘が陽気なことを歓迎し、ユージンが関心を持てる相手を見つけたことをよろこんだ。アンジェラは、フリーダや実の妹のマリエッタのような素朴な西部人タイプの娘のことは恐れなかった。彼女たちは東部の芸術家タイプよりも率直で、親切で、人がよく、その上、自分たちが優れているとは考えなかった。アンジェラはここで面倒見がいい先輩風を吹かしていた。

 

「それがいるんだよ」ユージンはフリーダを相手に真面目に答えた。「彼らは新しい円卓の騎士なんだ。今までにその本の話を聞いたことがないのかな?」

 

「ええ、聞いたことないわ」フリーダは面白がって答えた。「だってそんなものはないもの。私をからかっているだけでしょ」

 

「あなたをからかうですって? そんなことを考えるつもりもありませんよ。それにそういう本は実在します。ハーパー&ブラザーズから出版されていて『新・円卓の騎士』ていうんです。ただあなたが聞いたことがないってだけですよ」

 

 これはフリーダの印象に残った。彼を信じていいのかどうか、わからなかった。フリーダは好奇心の旺盛な女の子みたいに目を丸くした。ユージンはこういうのが大好きだった。彼女のかわいらしい、真っ赤な、ぽかんと開いた唇に自由にキスしたいと思った。アンジェラは、ユージンが本物の本のことを言っているのかどうか、少し疑っていた。

 

「スタッフ卿はとても有名な騎士なんだ」ユージンは続けた。「ブラッフ卿もね。本の中ではかけがえのない仲間同士なんだ。ダブ卿とハック卿とドープ王妃は……」

 

「およしなさいって、ユージン」アンジェラは陽気に叫んだ。「主人がフリーダに話していることをちょっと聞いてみて」アンジェラはミス・ロスに言った。「真に受けちゃだめよ。主人たらいつも誰をからかってるんだから。どうして主人をもっときちんと育ててくれなかったのかしら、シルヴィア?」アンジェラはユージンの姉に尋ねた。

 

「あら、私に聞かれてもねぇ。私たちじゃジーンに何もできなかったわ。今回戻って来るまであの子がこんなに冗談ばかり言う子だったなんて知らなかったし」

 

「とてもすばらしい人たちですよ」みんなはユージンがフリーダに話しているのを聞いた。「全員が豪華絢爛な紳士淑女なんですから」

 

 フリーダはこの魅力的で気だてのいい男性に好感を持った。ユージンの精神は明らかにフリーダの精神と同じくらい若くて快活だった。フリーダはユージンの前に座って、彼のにこやかな目を見つめていた。ユージンはあれやこれや若者の知らないことを話題にしてフリーダをからかった。フリーダの恋人はどんな人だろう? 彼女はどんな恋愛をするのだろう? 日曜日にフリーダが教会から出てくるのを見るために何人の青年が行列を作るのだろう? ユージンにはそれがわかった。「その様子はきっと正装閲兵式の兵隊の行列に見えますよ」ユージンは言ってみた。「全員が立派な真新しいネクタイをしめて、清潔なハンカチをポケットに飾り、靴はピカピカで……」

 

「ああ、おかしい!」フリーダは笑った。そう考えるのはとても魅力的だった。フリーダはユージンと一緒になって笑ったり冗談を言うようになった。二人の友情は確かに成立した。フリーダはユージンを楽しい人だと思った。

 


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