第3章 アマチュア・オーガ 01
淡路と小野田の2人は昼前に戻ってきた。涼し気な顔の淡路に対し、実動要員の小野田は全身汗まみれ。長い白髪は、濡れて先の方がくっついてしまっていた。
「はいはいただいま。変なこと無かった?」
「あるわけねぇだろ。そっちこそどうだった?」
安川が言う。淡路は両腰の拳銃――あのデザートイーグルと、P99――を抜き、机の上に置くと、僕と向かい合うように、ソファーに腰を下ろした。
「地下道の『掃除』ってことで結構期待していたんだけど、別に何と言うことも無かったわ。けど、何か嫌な感じ。ヤクザとは無関係のヤクの売人の集会を襲撃。いつもと変わらない繋ぎの仕事。クライアントはカク・タイゲンって言う中国人の金持ちらしいんだけど、これがまたきな臭い。多分、この島に進出しようとしている武器商か何かね。昨日の件と言い、タイミングが良すぎる。一応気を引き締めないと。」
「やたらピンポイントな仕事だな。その中国人には会ったのか?」
「んにゃ。」
問われて、淡路は変な声で否定する。
「先週一方的にメールと情報を受けただけで、顔は見ていない。東京派遣組に連絡して素性を洗ってみたけれど、そんな名前、もしくは偽名を使うの武器商人はいないんだって。と言うか、この名前確か昔のプロ野球選手じゃなかったっけ。めちゃくちゃ怪しかったから鎌田の所に頼んであらかじめ若い衆を回しておいてもらっていたんだけど、別にいらなかった。依頼料の3割も出して損しちゃった。」
淡路は凶悪な笑みを浮かべてみせた。小野田は着ていた防弾ベストを脱ぐと、武器庫の方へと消える。目付きの悪い女はポケットからケータイを取り出した。何年か前に流行った、可変性の有機ELケータイ。全面静電容量方式のタッチパネルで、用途に合わせて自由に変形できると言う優れものだが、確か淡路が手にしている半透明なのは初期型で熱に弱く、特に屋外で使っているとベロベロに伸びて戻らなくなるんじゃなかったっけ。
「中国人の口座振込み、今確認した。やっぱどこかで見てるんだ。わざわざ色まで付けてやんの。見下されてんのは腹立つ、ぶっ殺したくなる。」
「カッカすんなよ。」
安川は白衣の胸ポケットからタバコを抜いた。安物のガスライターで火を点ける。淡路とは違うマルボロ。換気扇くらい回したらどうだ。
「金は入ったんだし、鎌田の所とのラインは太いに超したことは無い。ただ、その『中国人らしき奴』は今後必ず敵対してくるだろうな。公庁の件の追手も中国人だったし。つか、何でお前、そいつが『中国人の武器商』だと思うんだ?偽名も実名もヒットしなかったんだろ?」
「臭いよ。」
淡路は安川の問いに即答した。
「昨日のガキの台詞からの今日の流れ。完璧なモニタリング。とても素人じゃ出来ないレベルだし、何より異様に用心深いから。最初は人民解放軍かもしれないと思ったけど、力のある奴らはここまで慎重でいる必要も無いわけだし。だから、多分こいつはフリーの武器商人。昨日の奴らに武器を流していたドグサレ野郎よ。」
「見え見えすぎて目がくらみそうだ。」
安川はひらひらと手を振り、笑ってみせる。僕は少し引っかかる部分があった。一昨日、昨日からのわずか3日間の間に、3度中国人がらみの仕事。いくらこの島の中国人の比率が高いとは言え、素人にも怪しまれるような依頼の連発とは、どう言う風の吹き回しなのだろうか。逆に、この3件がつながっている事を知らしめたいのではないか?
「…相手が戦争をしたがっているのなら、どうするんだ?」
僕が尋ねると、淡路は口元を引き上げた。クソ人が悪い。
「誰もがそう思っているわよ。この島中の誰もが。んで、そうなると踏んで、この会社の代表でもある私が、あなたに1つ命令を下すわ。」
「僕はここの社員じゃねーよ。」
「誰にメシ食わしてもらっているのよ。」
淡路はジーパンの尻ポケットから、くたびれたセブンスターを引っ張り出した。
「章君、明日は前線に出てもらう。適性テスト。エリのバックアップ頼んだから。」
腹が立つほど軽々しく、近所のコンビニで唐揚げ買ってきて、とでも言わんばかりに命令を下された僕は、当然即座に正面切って突っぱねた。素人にバックアップなんてされたら、小野田の方が迷惑だろう、と。だが淡路は笑って首を横に振ると、タバコの煙をゴジラよろしく吐き出しながら言った。
「あんたが素人のままでいる方が、よっぽど迷惑なのよ。何でいつまでもハンデ背負ったまま仕事しなきゃいけないわけ?それに、迷惑って自覚しているのなら、早くプロになりなさい。」
言い得て妙な話だった。これ以上、全く言い返せない。護衛対象じゃないのか、と聞き返せば、きっと「処遇の指定まではされていない」と言われるのが関の山だ。胃が痛くなる話。
「何、その話。何も聞かされていないぞ。」
結局仕事の内容も聞かされぬまま生きた心地もしない時間は過ぎ、夜中も1時を回った頃、濃い色のTシャツの小野田が見回りだと言って僕を呼びに来た。いつものMP40を両手で持ち銃口を床に向けている。僕はようやく扱いに慣れてきたSIGをホルダーに突っ込み、タオルを首に巻いて廊下に出る。小野田は苦虫を噛み潰したように眉根をひそめていた。
「足手まといには絶対になるな。私より前には決して出ないこと。そして弾も使うな。マガジンを抜いていってもいい。」
「弾ぐらい入れさせろって、それに淡路が許さないだろう。」
「冗談に決まっている。」
こいつの頭に冗談を言うだけのキャパがあったことに驚いた。白い女は小さく溜息を吐く。思い出したように骨董品の機関銃を引き上げ、体の正面で構える。壁に半身を当て、廊下の突き当たりを見据えた。
「ツーマン・セルだ。お前は背後。」
「相方の銃がそれだと、心もとないな。」
「黙って後ろだけ見ていろ。」
小野田は苛立った様子で言う。あちこち塗装の剥げたMP40を信用しろと言われたところで無理があった。第一、何をこだわってわざわざこんなもの使い続けているのだろうか。
「明日は、我々の背後にはナオトが付いている。」
言い聞かせるように、女は言った。
「我々は死なない、安心しろ。幸い、我々は人の生死を司る側だ。」




