2-09
BMWの分厚いドアが開くと、タキシードを着た丸刈りのボクサーみたいな若い男2人に続き、白スーツに赤ネクタイ姿の腹の出た中年男が現れた。茶髪に、気合の入ったパンチパーマ、カメレオンみたいな極彩色サングラス。向こうの業界の常識的ファッション。一般人には分からないセンス。僕はこの男に見覚えがあった。かつて僕がやらかしたガラス割り発砲事件の時の、風俗店の元締めだ。
「やあやあユーリ姉さん、殺さず生かしておいてくれたかい?」
丸刈り2人を脇に侍らせ、でかいヤクザは言う。淡路は鼻を鳴らし、銃をホルスターに戻して言う。
「見ての通り、獲物はぴんぴんしてる。それと鎌田、『姉さん』はいい加減やめてくれる?」
「へへへ、ご苦労。料金一割引してくれるならやめてやってもいいぜ?」
「組潰すわよ。」
「冗談だ。あんた相手はマジでやばいからやめてくれ。」
鎌田と呼ばれた極彩サングラスは笑う。未だしゃくり上げながら何やら喚いているガキに目をやると、心底愉快気な笑みを浮かべ、スーツのポケットから煙草を取り出す。マルボロ。口にくわえると、両脇の丸刈りが同時にライターを差し出すのを制し、自らジッポーライターを取り出して火を点けた。
「さてさて、事務的なビジネスの話だ。報酬は予定通り、今日午後3時に指定の口座に振り込んでおく。うちの親父は熱狂的なあんたのファンだからな、色はギトギトに付けてくれるはずだぜ。そして、あんたが欲しがってる情報がこれだ。」
男は胸ポケットから、小さなポリ袋の入った小型のメモリーチップを取り出した。淡路はそれを受け取り、袋ごとジーンズのポケットにしまう。ふと、パンチのヤクザと目が合った。僕はすぐさま目をそらす。鎌田は眉をひそめ、何か考えるように首をひねる。
「この青年は新顔か?」
「諸事情あってうちにいるんだけど、どうしたの?知り合い?」
「いや、どこかで見たことが...青年、名は何と言う?」
おどけたように聞いてくるが、その顔でおどけられても全く面白くない。パパイヤ鈴木か。偽名を使おうか迷ったが、嘘をついても仕方ないので本名を言った。
「楠本章だ。」
「ああ、はいはい。」
ヤクザは急に納得行ったように頷く。
「そうだそうだ、思い出した。あんた、楠本の大将のご子息か。確か昔、うちの店のガラスを叩き破った挙句チャカぶっ放して、若い衆に怪我させた張本人だよな?」
「はぁー!?」
淡路は目を点にしたかと思うと、次の瞬間突如爆笑し始めた。侍っている丸刈り2人はじろじろ僕を睨み付け、右側の奴なんか半身乗り出している。鎌田はそいつの頭を小突いて引っ込めると、自らも笑いながら言った。
「あん時は楠本の大将に上手くやられてなあ、ポリを正面切って相手取る難しさを思い知ったよ。だが何だ、アレでポリ対策を徹底的に勉強し直した結果、今の俺のポストがある。逆に感謝してるくらいだぜ。」
感謝される筋合いなど無かったし、何より昔の自分の行動が意味不明すぎて恥ずかしかったから黙っていた。淡路は腹を抱え、苦しそうに顔をゆがめながら笑い転げている。
「ちょ…ちょ…面白すぎて笑い死ぬ…あんたの組、雁首そろえて何やってんのよ。」
「いやいやどうして、大した手の内よ。店の閉店間際の静かな時間帯を狙って、チャリですれ違いざまにバールでガツンよ。その時間帯なら集金まで時間があったし、普段ならテキメンの時間帯、要するに警備の穴の時間帯だった。だが、この青年が不運だったのは、その日が店の定例報告会の日で、奥に俺の舎弟達がうようよしていたことだ。結局、うちの若いのに追い詰められた兄ちゃんは一か八かでズドン、報告を受けた親父は大層オカンムリだったが、下手に暴れて暴対法でパクられるのも馬鹿らしいって言うんで、ガラスの弁償代に毛が生えたくらいの金で県警と手を売ったんだ。歳の割には上手く進めたと思うぜ?俺達はどうにも兄ちゃんの『保険』にハマった気がしてならなかったんだ。話が上手すぎたからな。」
笑顔のまま、鎌田はマルボロをふかし続けた。こいつの回想は当たっていた。変な所で頭の働く僕は、当時ガチガチに厳しく改定された暴対法を『保険』とし、ポリの息子と言う立場を『盾』とした。妙な正義感の産物にしては、とてつもなくセコい手段。だが、決行までの数日間何度も頭の中でシュミレーションしたいくつかのパターンのうちの最悪の場合の一つであり、考えに考え抜いた予定内の動きであったことには間違いなかった。アホ丸出しだ。
まだひいひい言って笑っている淡路を横に、鎌田はアスファルトの上で震えているガキに向き直った。体をさらに縮める茶髪は、泡を吹きながら吼えた。
「俺にこんな事をしてタダで済むと思うなよ!?貴様ら全員ぶっ殺してやる!!今すぐにでもマフィアに殺させてやる!!」
「黙れクソガキ。お前にそんなチャンスはねえよ。」
白スーツの男は、弾傷のある太ももを蹴り上げる。絶叫。勢い良く胃の中の物をぶちまける。再度笑い出す淡路。極彩グラスの奥の冷徹な目。見てられない光景だ。
「人様のシマを荒らしておいて、まさか謝罪の言葉一つ無し、てのはねえよな?おい、よく聞けよガキ。貴様の素性は割れている。大したオエライ様じゃねえか、親父様は。お前の一族はこれで終わりだ。お前には、己がやった事のヤバさと、そのケジメの付け方を教えてやる。おい、アイカワ、タノウエ。」
「はい。」
「いかがしましょう。」
呼ばれたボクサー風2人が返事をする。
「このガキ、トランクに詰めておけ。少々汚れても構うな、洗車は若い衆にさせればいい。帰るぞ。」
タキシードの男達はそれぞれ懐からロープと、布で出来た小さな黒い袋を取り出した。一人が暴れるガキを蹴り上げつつロープを口に噛ませて黙らせると、すかさずもう一人が袋に顔を被せる。恐怖にわななく身体。ロープの方が流れるような手つきでBMWのトランクを開け、ガキの身体を担ぎ上げて投げ入れる。黒袋の方は後部ドアを開き、鎌田の目を見つつ深々と頭を下げた。
「んじゃ、俺達はここらで。」
「帰り道で職質に会わないようにね。」
淡路が嫌味を言う。カメレオングラスはにやりと笑うと、お互い様だぜ、と言って、最後に僕の方を向いて口を開いた。
「エリちゃんにヨロシクなぁ。あの子、同世代の野郎といるのは久しぶりだから、内心嬉しいのかもしれねえぜ。」
呆れた。低くV8エンジンを唸らせながら去って行くヤクザ共を見送りつつ、淡路は意味有り気に僕の方を見ている。悪意のカタマリみたいな目で。
「あながち外れていないかもね、あいつの言ってること。」
冗談だろう。
あんな化物、こっちから願い下げだ。




