2-06
「つまり、県警が中国系マフィアと癒着している?」
「ああ、末端の巡査まではそうでないにしろ、幹部クラスは確実に腐っている。」
淡路はまた首をすくめると、ぐるりと肩を回した。短くなったセブンスターを灰皿で潰し、また1本取り出す。ついでに三木にも勧めるが、茶髪は首を横に振って受け取らなかった。
「楠本巡査は勘の鋭い方だ。上層部の動きが不審なのを事件発生当時から見抜いていて、8年間、足元をすくえるチャンスをうかがいつつ、ただ一人こつこつと調査を続けてきたんだ。同じく事件の幕切れの不自然さに疑問を抱いていた我々公庁は、4年前に彼の存在を感知し、それからすぐに共同戦線を張った。巡査が独自資料を作成し、我々が近畿圏の中国系暴力団に、シラミ潰しにヒューミントを送り込む、てな具合に。作戦はこれまで順調に進んで来ていたが、先週、ヒューミント要員の一人が我々の人員と接触しているのがバレて、尋問された挙句全て吐いちまってな。その組が当たりだったかどうかは分からんが、念のため巡査の身柄を我々からの正式な呼び出しと言う形で保護し、その息子である章君を保護するよう、ここに依頼した。それがこれまでの経緯だ。」
「で、早速その章君が襲撃された、と言うことは、その組は当たりだったのね。」
淡路は息をついて言ったが、三木は首をひねる。
「そうとも断定できない。君はこの島では、かなり名を知られた人物らしいからね。熊殺し、だっけ?」
三木は笑って言った。勘弁してくれ。
「親父さんに聞いたよ。自慢の悪餓鬼だそうだ。」
「やめてくれ、反吐が出る。」
あの親父、いい気になって何を話しているんだ。とりあえず事は大まかに掴めた。淡路を見ると、もう席を外していいと言われたので、僕はなぜかついてくる小野田と共に部屋を出た。
その後トレーニングの小野田と別れて自室に戻ってみると、勝手に部屋に上がりこんで待ち構えていたナオトにつかまった。格闘ゲームの相手をしろ、とのこと。側にはテレビに接続したゲーム機と、コントローラーが2つ。甘いなナオト。その後数時間圧倒的かつ一方的なドツキ合いを薄型テレビ内で繰り広げ存分に全国ランカーの実力を見せ付けた結果、一勝も出来なかったナオトはすっかり拗ねて、半泣きで部屋から飛び出していった。ざまあ見ろ。
暇を持て余していると、7時を過ぎた頃に小野田が部屋にやって来た。外に出ていたのだろうか、スウェットスーツを着ている。まったく持って今更だが、小野田は明らかに色素欠乏症だ。いつかテレビで見たが、アルビノは兎角日光に弱い。と言うより、確か日光により皮膚癌か何かの病気を発症するリスクが高い、とか言う話だったような気がする。詳しくは覚えていないけど。小野田は夕飯だ、と言ってコンビニの弁当を置いて出て行く。いつもと変わらない飯。絹のようになびく彼女の髪を見送り、15分でその鯖の煮付け弁当を片付けた。
調子の悪いPCをいじりつつベッドに横になっていた午前零時前、また隣の部屋から小野田が顔を出した。Tシャツ短パン。ノックぐらいしたらどうだ、と文句を言おうとしているとやはり先を越された。
「夜の巡回だ、獲物を持って出てこい。」
「このビルは鉄壁じゃないのか?」
「侵入される可能性は限りなく低いが、全く無しと言うけ訳にはいかない。いつもは私とナオト、ほかのメンバーがいる時はそいつらでローテを組んでいるが、これからしばらくはお前も当番だ。」
有無を言わせないこいつの話術は是非見習いたい。僕はテーブルの上の拳銃を腰に回し、履き慣れたナイキのスニーカーの紐を結んだ。
夜も深まると空気は冷たいもので、世間は6月の中旬だと言うのにビルの中は肌寒いほどだった。冷房のかけ過ぎか、と思ったが、どうもそれらしきものは見当たらない。何気なく小野田に聞いてみると、ここの仕様だ、との返事が返ってきた。洞窟かここは。廊下にはほの暗く蛍光灯が灯っている。足音が不気味に反響する中、ふと、思い出したように白い女が呟いた。
「親がいる、と言うのはどんな感覚だ?」
「さあ、考えたことも無いけど。」
唐突な上、何と言ったらいいのか分からなかった。とりあえず、思ったことを口にしてみる。
「鬱陶しくて、面倒くさい。けど、学ぶことも多いし、時々頼りになる。僕の母さんは小学校のときに死んだから、ほとんど親父しか知らないが、少なくとも親父についてはそう思っている。」
「ふうん。」
お前はどうなのか、とは聞かなかった。大体こういう仕事に就いている奴にこんな質問をしたところで、いい返事は期待できないし、そうと分かっていてわざわざ質問するのは野暮と言うものだ。僕が黙ったままでいると、赤い目の女は一言だけ言った。
「いいものだな、父親と言うものは。」
翌朝、2時まで巡回していたと言うのに小野田は無情にも僕を6時に叩き起こした。遠い意識に向こうで、奴はしきりにシゴトダ、シゴトダ、とわけの分からないことを口走っている。5分ほどしてようやく覚醒しはじめた僕に向かい、白い女はえげつない剣幕で怒鳴りつけた。
「仕事だ、お前を一人ここに残すわけには行かないから言っているんだ。聞いているのか!?」
「...うるせえな、聞いてるよ。」
「それなら返事くらいしたらどうだ!」
説教なんて、中学で担任の車を叩き潰して以来久しぶりだ。少し腹が立ったが、こいつとの力量差を考えて諦める。小野田は不機嫌にため息をつくと、吐き捨てるように言い残した。
「6時半までに事務室に来い、この馬鹿。」




