数学室だって
柏木にはああ言ったけれど。
それ以上にクラスの連中、特に佐藤くんが獲物を定めたサバンナの肉食獣くらい鬱陶しくてさ。
あれよあれよと、のらりくらりと。
鬼ごっこみたいだねと、途中からちょっとした面白さを感じながら。
十分休みにされそうな追求を上手く躱し、気がつけば、いつもよりも気持ち早めの昼休みへ。
僕としては、いつものとおりに教室を出て。
道中で昼食を済ませつつ、憩いの図書室で、のんびりと時間を潰したかったんだけど──。
「さあ昼休みだぜ。いい加減、説明してもらおうかぁ!? ああ!?」
「ねえ鈴木ぃ。年貢の納め時、いい加減観念して吐いちゃいなよ。ねえ?」
──このとおり。
未だ微塵も燃え尽きない佐藤くんと、どうにもすっかり反転しちゃった柏木。
この二名の追求が、どうにも僕を逃がしてくれそうにない。どうにもまいったね、これは。
「……えっと、二人とも。そんなに熱くならず、まずはご飯食べた方がいいんじゃないかな」
「もちろん食うよ。……お前がちゃんと、俺に釈明してくれるのならなぁ!?」
怖いよ怖い。
目が血走ってるよ。ガン決まっちゃってるよ。
いつもの余裕に満ちた爽やか陽キャっぷりがまるで皆無すぎて逆に面白いよ、佐藤くん。
あと柏木。
きみは聞くまでもなく、占えばいいんじゃないかな?
『佐藤、あんなにしつこかったっけ?』
『あいつイケメンだし、今までモテる側だったせいで初めての脳破壊だったんだろ』
『ほっとけほっとけ。どうせこの後、部活の遅刻でこってり絞られるんだ。鈴木には悪いが、大目に見てやろうじゃないか』
大目に見ないでよ。
そっちは楽しいかもだけど、いつだって割を食うのはサンドバッグになる方なんだよ?
……はあ、しつこいなぁ。
最初は新鮮で面白かったけど、いい加減飽きてきた。
柏木だけなら別にいいけど、佐藤くんは他人だし。
もう面倒だから、今日から居心地最悪になりそうだけど、邪魔と突っぱねちゃおっかな──。
「──ねえ、そこのお二人さん。彼に用事があるから、どいてくれる?」
そろそろ目の前の二人が鬱陶しくなってきたな、と。
ちょうどそのときだった。
こちらへと声が掛かった女性の声が、まるで水でも投げたかのように、一気に場を覆ったのは。
よく通る、綺麗な声。
人の視線を集めてしまうほど存在感。
そんな長身の黒髪美人──愛咲さんの姿が、どうしてか、うちの教室にあった。
「あ、愛咲さん。どうしたの?」
「迎えに来たわ。私達、恋人なのだもの。お昼を一緒に食べるのは当然でしょ?」
僕が尋ねると、愛咲さんは別段隠すこともなく。
むしろ堂々と。
当然ですと、僕の半日の苦労はなんだったんだとばかりに、はっきりと言ってのけてしまう。
次の瞬間、沈黙から一転。
思わず耳を塞ぎたくなるほど、教室が驚愕の声でいっぱいになってしまうが、まあ無理もない。
何せ、宣言したのはあの愛咲さんだ。
学年でも屈指の美少女である彼女。四大美少女なんてもて囃されるうちの一人。
そんな彼女が、よりにおみょって。
恐らく今日まで記憶になかった人が大半な、クラスの隅っこがお似合いなこの僕を恋人と宣言したのだからそりゃ騒ぐ。実際逆だったら、僕もびっくり仰天側だったよ。
……それにしても。
なんだ、言ってよかったんだ。隠さなくてよかったんだ。
それなら楽で何より。……ま、僕としては、秘密の関係ってのもちょっぴり面白そう惜しいけどね。
「そっか。じゃあどっか行こう。ここ、騒がしいからさ」
「ええ」
ポカンと固まる二人は、別段いいとして。
席を立ち、愛咲さんの手を取って、そのままざわざわどよどよだった教室をあとにする。
この感じじゃ、戻ったときまた面倒臭そうだけど。
……ま、それは別にいいや。
隠さなくていいのなら、別段困ることもない。しつこいのなら、そのときは対応が別なだけだ。
『え、愛咲さんが男と手を繋いでる……!?』
『あのサッカー部の佐藤も一蹴したって、あの愛咲さんが……!?』
『きゃー! 愛咲さん今日も超クー……誰だよあのモブ。ぷふっ、背小さくてみっともなっ』
「……鈴木くん」
「気にしないで。どうせ手繋いでなくたって、好き勝手言いたい年頃なんだから」
通る最中、何か好き勝手言ってるのが聞こえたけれど。
ま、所詮は雑音。
鳥の囀りやセミの鳴き声のようなものをいちいち気にしたら、お昼なんてすぐに終わっちゃう。
……それに、まあ。
愛咲さんと比べなくても、僕の背が低いのは事実だしね。
並の男より背の高い愛咲さんと並んで歩いたら、滑稽で不釣り合いな絵面なのは否定出来ない。
ま、みんなそんなに気にしないでよ。
こんなのどうせ、長続きしない。七十五日を待つまでもなく、彼女の気が変わるだろうさ。
「あの愛咲さん。一緒に食べるのなら、購買に寄りたいんだけど」
「大丈夫。実は食べて欲しくて、あなたの分も作ってきてしまったの──」
「え、まじ!? やった、ありがとっ!」
つい手を握る力を強めてしまい、慌てて謝罪するも心が未だウキウキなまま。
基本的には小食な僕だが、所詮は男子高校生。
食べられるのなら嫌いなもの以外は食べるし、ましてや彼女の手料理ともなれば、そりゃ当然嬉しいわけで。
そうして、世間様の注目を集めながら。
どこか静かに食べられる場所を、と。
ワクワクな僕は定番の踊り場を想像していたのだけど、愛咲さんに連れられたのは、三階の端っこ。
数学室という、使ったことも正直認知さえ朧げな教室だった。
「入るわよ。邪魔するわよ、先輩」
「邪魔するな……ああ、お前かモノクロゴリラ。なら、言っても無駄か。はあっ」
教室の中に入れば、そこには先客が一人。
窓際で青い空を背景に、机に腰掛けながら、文庫本を片手に持っていた金髪の彼女。
そんな彼女は、パタンと。
愛咲さんの声に、金髪の彼女は本を閉じてこちらを一瞥し、大きなため息を零してしまう。
金髪、三白眼、ブレザーは羽織りスタイル。
一見すれば、不良でしかないが。
まあちゃんと登校して、静かに読書をしているのだし、そんなこともないのだろう。
ところで、なに?
も、モノ……? ゴリラ……?
「今日からここで昼食を取るわ。いいでしょ?」
「好きにしろ。……それと、お前。図書室に、よくいるな。静かに利用していてて、偉いぞ」
「はあ。えっと」
「気にするな。俺のことは、空気と思え。それと、精々頑張れ」
それだけ言って。
金髪の彼女は、それ以上はどうでもいいとばかりに、再び本を開き読書を再開してしまう。
なるほど。
まあ、それでいいのならいいのでしょう。
彼女が空気を望むのなら、深入りは出来まい。場所提供、ありがとうございます。
「こっち座って、鈴木くん。ご飯にしましょう?」
愛咲さんが呼んでくるので、軽く一礼だけ済ませ。
彼女の座った席に、最寄りの机と椅子をくっつけて、ようやく待ち望んだランチタイムへ。
愛咲さんが机に置いた包みは、ちゃんと二つ。
その一つ。
一回り大きな方を、少し緊張しているような面持ちで、僕の方へと差し出してくれる。
「はいどうぞ。……あの、そんなに料理するわけじゃないから、あまり期待はしないで欲しいわ」
「ごめんだけど、それは無理な話だよ。……ふふっ、どんなお弁当かなぁ?」
大丈夫だよ。
僕、これでも大概は食べられるから。
河川敷で摘んだ雑草を食したこともあるから。初回はちょっぴりお腹緩くなったけどね。
それにまあ、僕としてはどちらでも。
料理下手、料理上手。
どちらだってきっと面白い。そも男子高校生なんざ、彼女の手作りというだけで百点だよ。
期待に胸を膨らませながら、包みを開き。
露わになった黒い二つ積みのお弁当箱、その片方の蓋を開けてみれば。
「……いいじゃん」
そこにはなんと、見るに堪えないぐちゃぐちゃ──などではなく。
赤、黄、緑と。
謙遜など必要ない、むしろ色鮮やかで見事なお弁当が、目の前には広がっていた。




