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わーきゃー

 学校には間に合った。

 当然だね。

 だってトラブルなんてなかったもの。何もなかったのなら、遅刻する方が難しいってもんだよ。


 とはいえ。

 登校にトラブルがなくたって、朝が平和……ということにならないんだな。残念ながら。


「おい鈴木! 今朝のあれ、どういうことだよ!」


 バン、と。

 僕が着席した早々。

 強く強く、とても強めに机にドンしながら、興奮混じりに詰め寄ってくる男が一人。


 クラスメイトの佐藤くん。

 サッカー部に所属している陽キャ。

 昨日まで関わりなんてほとんどなかったし、いじめられたわけでもない。ただのクラスメイト。


 そんな彼が、一体どうしたのだろうか。


「どしたの佐藤くん。今朝のあれ……ああ、寝坊しちゃったこと知ってるの? すごいね」

「そんなわけないだろ! お前の寝坊なんて欠片も興味ねえっての!」


 特に心当たりがなかったので考えて、もしかすればと思いついたというのに。

 バン、バン、バンと。

 祭囃子でも奏でるかのように、佐藤くんはテンポ良く机を叩きながら否定してくる。


 ……まあ、流石に冗談だよ。

 自分でボケといて何だけど、知ってたら流石に怖いよ。

 いくら僕でも男のストーカーなんて嬉しくないし、これっぽっちも面白くないもんね。


「惚けんなよ! お前が愛咲さんと一緒に登校して、一緒に手を繋いでいたことだよ!」


 佐藤くんの一言が響いた直後。

 一気に教室が静かになり、注目が一気にこちらへと集まってくるのが伝わってくる。


「愛咲さんってなになに、どんなゴシップ!?」

「登校したって、あの愛咲さんと!?」

「あの男を寄せ付けない愛咲さんが!?」 


 わらわらと押し寄せてきて、言いたい放題に質問してくるクラスメイト。

 そんなに一気に来られても、聖徳太子でもなければただの雑音でしかないから困っちゃう。

 

 ……でもなんか、ちょっぴり照れくさい。

 入学直後の自己紹介のときだって、こんなに注目されたことはなかったのにこういうときだけ。

 みんな大概に現金だね。うん、人間らしくていいと思うよ。


「どうなんだよ、鈴木!」


 とはいえ、うーん。

 この連中にどう説明したものか、正直な所、結構に迷ってしまう。


 適当に濁した所で、きっとクラスの方々は納得しない。

 当たり前だ。

 ただの女ならいざ知らず、何せ相手があの愛咲さん。

 学年でも有数の人気を誇るあの愛咲さんなのだから、そんな彼女の不祥事とも言える行動に、食い付かないわけがない。


 ……正直な所、僕としては。

 公にした所で面倒が増えるくらいだからいいけど、肝心の愛咲さんの意志が不明だからね。

 

 彼女から告白してくれたけど、だからといって彼女が関係を大っぴらにしたいかは別。

 カップルと言えど、あくまで昨日今日の関係でしかないからね。


 ……ああ、とはいえ。

 彼女の知名度を考慮するのなら、流石にそれくらいは確認しておくべきだったね。

 その辺りの配慮が出来ない辺り、我ながら残念なくらい迂闊だった。そういうところだぞ?


「あー、実はね──」

「ちょっと何の騒ぎ? 揃いも揃って一人を囲って、朝からうっさいんだけどー?」


 どうしようかな、と。

 多分無理だろうなと察しつつも、なるべく頑張って濁そうと口を開きかけた。そんなとき。


 教室の喧騒を、一人の強い声が覆う。

 特別大きくはないはずなのに、それでも全員を止めるだけの存在感が、その声にはあった。


「げ、柏木」

「ふうん? ちょっとちょっと、鈴木困ってんじゃん。何か騒いでるかは知らないけど、そんくらいにしといたあげなよ」


 声の主──柏木は、ズカズカと。

 今さっき登校してきたであろう彼女は、自分の机に鞄を置き。

 座ることなく人混みを掻き分け、やがてこちらの席までやってきて、最前列まで躍り出る。


「いーや柏木、止めてくれるな。俺達には聞く権利がある。みんなだってそうだろ! なあ!?」

「だっさ。昨日愛咲さんに一蹴されたからって、同意を求めなきゃ質問も出来ないの?」

「あ、ああ!?」


 柏木に食いかかろうとした佐藤くんだったが、見事にまあ一蹴され、撃沈してしまう。


 ……それにしても。

 そうなんだ。佐藤くん、昨日愛咲さんに振られちゃったんだ。

 それって多分、も僕が名前出したせいだよね。なんかちょっと悪いことしちゃったな。ごめんね。


「やめとけやめとけ。流石の佐藤と言えど、柏木に喧嘩売るのは無謀と言う他ない」

「便乗した俺達も悪かったが、確かにお前はダサかった。ごめんな鈴木」

「ところでお前。今日朝練あったんだが、なに遅刻してんだー?」

「はいはい撤収ー。柏木っちに好きな人とかパンツの色とか暴かれたくないなら、大人しく解散ー」

「……くっ。お、覚えておけよ鈴木! あとでちゃんと説明してもらうからな!」


 柏木さんの登場で、多少は冷静になってくれたのか。

 解散解散と。

 羽交い締めにされ、肩に手を置かれ、周囲からの同情塗れな若干一名は大変不満そうながら。

 それでも一同は僕の席から離れてくれて、ようやく平穏が帰ってきてくれる。


 ふう、助かった。

 このままだと、この場で変わり身の術でも会得しないといけないかと思ったよ。


「まったくあいつら、普段は鈴木に興味もないってのに……」

「あははっ。ありがと柏木。実の所、無駄に人が多くて、かなり困ってたんだよね」

「だろうね。……で、鈴木ぃ。珍しく絡まれちゃって、なんか悪いことしたん?」


 ごそりと。

 みんなが去ったあと、今日も今日とて来る気配のない古図さんの席へ座った柏木は、ニヤニヤとどこか面白がった様子で問うてくる。

 

 これじゃあ追い払った人達と大差ない気がするんだけど。

 ついでに言えば、まだ諦めきれずにこちらへ聞き耳立ててる人もちらほらだけど。


「いやあ、愛咲さんと手を繋いで登校してるのを佐藤くんが見たらしくてね。まいっちゃうよ」

「へー、そりゃあいつが食い付く……え、なんて?」

「そのままだよ。愛咲さんと、手を繋いで、登校した。うん、言葉にすると実にシンプルだ」

 

 どうも聞き取れなかったのか、それとも信じられなかったのか。

 ポカンと。

 美人が台無しなくらいに大口を開け、呆然としてしまった柏木に、もう一度言ってあげる。


「ちょ、ちょ、ど、どういうこと! え、マジでどういうこと!?」

「柏木ぃ、頭取れちゃうぅ……」

「いや無理、マジで説明寄越して! いくらなんでも、どんな魔法使ったら鈴木が愛咲と──」

「はいお前らおはようさん。ホームルーム始めるから、とっとと席つけ。騒いだら遅刻扱いな」


 こちらの肩を掴んで。

 台風直撃したヤシの木みたいな感じで。

 それはもうぐわんぐわんと肩を揺らされながら問い詰められていると、いつも目に隈のある担任が、相変わらず気怠さ全開と言った様子で指示を投げてくる。


 この担任、やると言ったら本当にやるのは既に周知の事実。

 PTA、何する者ぞ。

 こんなにもやる気がなさそうなのに、何故か我が道を行くばかりの男なので、流石の柏木も折れざるを得ないと手を放してくる。


「あとで、ちゃんと聞くから」

「了解。ああそれと、昨日の占い当たったよ。やっぱり占いの天才だね、柏木は」

「は、はあっ……!? え、ちょ、それ詳しく! マジであとで聞くかんね! マジで!」


 ……それにしても、あの柏木でこれなんだ。

 やっぱり愛咲さんは人気なんだね。ほんと、僕にはもったいない彼女だよ。まったく。

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