やったぜ
「……良かった、来てくれた。間違っていたらどうしようかと、ずっと気が気じゃなかったわ」
黒髪の美人さんは、僕と目を合わせたあと。
待ち人は僕で正しいことを裏付けるとばかりに、ホッと安堵の息を零してみせる。
ここで察せないほど、鈍感というわけでもない。
どうにも現実味は湧かないが。
あの熱烈なラブレターの送り主。僕を呼び出した待ち人は、彼女に間違いはなさそうだ。
「えっと、朝の方ですよね。元気そうで何よりで──」
「話の前に、敬語、やめて欲しいんだけど」
「そう? じゃあお言葉に甘えるね。それでどうしたの? 手紙には用件書かれてなかったからさ」
配慮で嫌な思いをされては逆効果だと。
ご要望どおり、さっさと口調を切り替え、いつも通りの態度で問いを投げてみれば。
目の前の美人さんは、納得と小さく頷いたあと。
一拍置き、旋毛が見えちゃうくらいの角度で、こちらへぴしゃりと頭を下げてきた。
うーん、実に流麗。
洗練された一礼。姿勢の良さ一つで、歩んできた生が違うのが一目瞭然だ。
とはいえ、何事? こんな美人さんにかしこまられる善行なんざ、一つも覚えがないけれど。
「まず、改めて朝のお礼を言わせて。おかげで助かったわ。とっても迷惑で、もう少し遅かったら、手が出ちゃいそうで困ってたの」
「?? あー、別に気にしなくていいよ。朝も言ったけど、本当に偶然だからさ」
「それでも、誰も助けてくれなかった。あなたがだけが助けてくれた。だから、素直に受け取って欲しいの。お願い」
「……そっか。じゃあそうするよ。美人の助けになれて、とっても嬉しいな」
なんか物騒な。
こんな美少女には相応しくない、バイオレンスな物言いが耳に入ってきた気はしたけれど。
まあともかく。
別に大したことはないと、苦笑を返す。
何ならもう忘れかけていたくらいの些事ではあるのだが、そう食い下がられては仕方ない。
こういうのは折れるが勝ち。だって、変に粘った所で何一つ面白くないもんね。
……でも、うん。
そこまで感謝されちゃうと、なんか、ちょっと嬉しいな。
ちょっぴり、胸がムズムズする。
十五年と少しを生きた僕だけど、感謝を言葉にされた記憶がそんなにないからさ。
だから、なんか照れくさいや。ちょっぴり、不思議だね。ちなみに、手が出るって何?
「──ところで。鈴木くん」
「うん」
「どうして嘘ついたの? ねえ、鈴木くん?」
「嘘?」
「名前。私、気が気じゃなかったわ。私のせいで、あなたが登校出来てなかったどうしようって、本気で心苦しかったの。だからあなたのクラスに行ったのに、出てきた佐藤は変な男。だから私、今日一日ずっと調べてあなたが鈴木湊くんだと知ったの。ねえ鈴木くん、どうして?」
ベキっと。
何かが砕けるような、場違いな音はともかく。
和気藹々、ほのぼのから一転。
まるで結婚三年目にして浮気がバレて問い詰められているかのような。
春の陽気から梅雨かなってくらいに、空気と黒髪美人さんの声のトーン、目つきが切り替わる。
偽名偽名……ああ。
そういえば、去り際佐藤を名乗ったんだっけか。正直、僕はすっかりと忘れてたよ。
それにしても……朝、ね。
なるほど。つまりはきみが噂の美人、愛咲さんというわけだ。
……うん。確かに騒がれるに相応しい、超絶の美人さんだね。とっても。
「理由は……ごめん、特にないかな」
「は?」
「だって、実際ないからね。美人さんに格好付けたかったとか、そんな思春期心だよ。うん」
素直に話した理由に、ピキリと。
愛咲さんは、血管が裂ける音でも聞こえそうなくらい目をひくつかせてくるが、申し訳ない。
いくら僕より背の高いきみに、全力で睨まれようと。
いくら僕より造形のいいきみに、これ以上なくガンつけられようと。
ないものはないし、出ないものは出ない。
だって実際、ないからね。
僕としてはむしろ、あの場限りのはずのきみにこうして詰め寄られること自体、想定外だ。
「……そう。私が嫌われてるとかじゃなかったのね。……良かった」
けれど、愛咲さんにとってはそうじゃなかったらしい。
胸元に手を置いて、心の底からと。
そんな素振りをまざまざと見せられてしまうと、流石の僕と言えど、少し申し訳なくはある。
──ま、それはそれだけど。
「それで愛咲さん。僕を呼んだ用事は今朝のお礼だけ? だったら最後に一つ、訊いてもいいかな?」
「……まだ終わってないけれど、何かしら?」
「うん。あの手紙。結構びっしり綴ってくれてたけど、結局あれ、何だったの?」
ここまで来て、ようやくこちらのターン。
気になっていたこと。
わざわざこの誘いに応じてまで訊いてみたかった質問を、好奇心のままに尋ねてみると、愛咲さんはびくりと肩を震わし、俯いてしまう。
一秒、二秒、三秒。
二人だけの教室に沈黙と、カチカチという時計の針の進む音だけが、ただ満ちるばかり。
……もしかしなくても、地雷だったかな。
別に、トイレタイムありなら一日だってこのまま待てるけど。
口ごもることを無理に話させるのも悪いし、気になったけど、ここは大人しく退くべきかな。残念。
「……ごめん。話しにくいのなら、別にいいや。それじゃ、また──」
「待って! ……好き、好きなの! 鈴木くん。あなたのことを、好きになってしまったの。一目惚れ、してしまったの……!!」
「はえっ、好き?」
「ええ、そう! だから、私の気持ちを知って欲しくて、抑えられなくて、それで……!!」
かける言葉も見つからず。
申し訳程度に一言だけ謝って、回れ右で教室を後にしようとした。
そんな矢先だった。
愛咲さんは突然に声を上げ、僕の背中へ愛の告白を突き刺しながら、一歩前へと出てくる。
「付き合ってくれとは言わない。受け入れてもらわなくても構わない。……愛させて。尽くさせて。そばにいさせて! 叶うのなら貢がせて! 死ぬその日まで、死んだあとも一緒にいさせて! ああお願い、私の王子様……!!」
そうして愛咲さんは、まるでこちらへ縋るようにう声を潤ませ、真っ直ぐ僕を見つめてくる。
宝石みたいに綺麗なのに、どこか仄暗い紫紺の瞳。
瑞々しく甘酸っぱいそれとはどこか違う、切なさに満ちた眼差し。
少なくとも十代の少女が持つには少々澱んだ、ドロドロとした感情じゃないかなと。
誰よりも僕が、そう感じてしまうほどの必死さが。
ちょっとおっかなさを秘めながら。
けれども、同時に興味をそそられて止まない何かを、今の愛咲さんからはつい感じてしまう。
……それにしても。
王子様だとか、一緒に死なせてだとか、愛させてだとか。
僕なんぞにそう思えるのなら。
僕なんざにそこまでの壮大な言葉を吐けてしまえるのなら。
ああ。
案外、メルヘンで節穴な感性してるんだね。目の前の美人さんには、到底似合わないくらいには。
「……いいじゃん」
──でも、いいじゃん。
とってもいいじゃん。
そんな健気で、不器用で、思わず目が離したくないほど眩い激情。
こんなに激しくて面白い感情。
こうもまっすぐ向けられたのは、生まれて初めてだよ。
そういう熱いの、とってもアオハルらしくて素敵だとも。……ああ、ドキドキしちゃうよ。
「嬉しいよ。じゃあ今日からカップルということでよろしくね、愛咲さん」
喜んでと。
にっこり笑顔で頷きながら、一歩と大きく愛咲さんのそばへと近寄って、彼女の手を握る。
こうして、あっさりカップル成立。
苦節十五年と少し。
年齢=恋人なしだった僕に、なんとこんなにも可愛い彼女が出来ちゃいました。はい拍手。
「え、いいの……?」
「もちろん。それじゃあ帰ろっか。……あ、どうせならこのまま手繋いで行っちゃう?」
呆気にとられる愛咲さんの手を取りながら、二人で空き教室を後にする。
でもまあ、当然だよね。
こんなに可愛くて面白い愛咲さんの告白を、僕の方から断るなんて、そんなのあり得ないとも。
……けどね、愛咲さん。
残念ながら、そう上手くはいかないと思うよ。
だって、うん。
自慢じゃないけど、鈴木湊はきみに愛される謂れのないボンクラだ。
王子様、なんて。
どこをどう取り繕っても、そんな器とは到底呼べやしない。
今朝の偶然が生み出した虚像が解けてしまえば、きっときみのお眼鏡には叶わなくなる。そんな程度に人間だ。
……果たしてきみは、何日くらいで愛想尽くすかな。
まあともかく、愛が冷めるその日まで。
良い感じの、面白い思い出を築いていこうね。──ああ、なんか青春って感じでいいじゃん。




