お呼び出し
結局、佐藤くんは人違いだったらしく。
出しに出し切り、スッキリルンルンで教室へと舞い戻ったとき。
彼へと集まる視線は歓喜や嫉妬ではなく、若干の同情と憐憫の類へと変わってしまっていた。
哀れ佐藤くん。
どんまい佐藤くん。
本当に。心の底から。ぶっちゃけ話したことないけど同情するよ、佐藤くん。
まあでも、この国には佐藤なんていくらでもいるからね。
むしろサッカー部の陽キャでもそんなことがあるんだから、世の中ってのはままならない。
僕も変な勘違いによる期待には気をつけよう。うん、きっといいことあるよっ☆
と、まあ。
そんな朝のイベントはあっさり片付いて、その他何か特別があるわけでもなく。
今日も一日お疲れ様と。
夢の世界へと手招きする、六つの時限を乗り越えて。
見事帰宅の権利を掴んだ僕は、心底自分を労いながら、掃除もないので早々に帰宅しちゃおうとした。
「……ふむ?」
そんな矢先だった。
下駄箱を開けば、なんとびっくり。
何とも可愛らしい一枚の便箋が、ぼろっちいスニーカーに立て掛けられているではないか。
それを見つけた瞬間。
まず始めにしたのは、不審者もかくやというほどに、周囲を見回し誰かの視線を探ること。
下駄箱に、それっぽい便箋。
刹那、煌めく灰色の頭脳に過ぎった推理は、まさに一つ。
ラブレター。
それもたちの悪い罰ゲーム。陰を巻き込んだ陽のお遊び、はた迷惑な可能性でQ.E.D。
気配、なし。
視線、なし。
なるほど。
別段に監視はなし、と。
……やだ、恥ずかしっ。
他人の悪意よりもまず、下駄箱間違いを考えるべきだったかもしれないね。きゃっ。
ちょっとの自意識過剰に、心を悶えさせながら。
何かしらの情報をと。
便箋を手に取り眺めていけば──なんと「鈴木くんへ」と、裏側の右端に綺麗な文字で名指しされてしまってるではないか。
鈴木くん、か。
クラスに鈴木は僕だけだし、これはいよいよご指名入っちゃった感じかな。
はてさて、鬼が出るやら蛇が出るやら。
誰かに金借りた記憶はないし、果たし状を出される覚えもない。
高校に入ってからは目をつけられる真似なんてしてないし……となればやはり罰ゲーム。
見立ては間違っていなかったと、そういうべきか──おおっ。
「おおっ」
自分宛ということで。
便箋を開き、まずはどんな所用かを確認しようとした、まさにその瞬間。
思わず、声が漏れてしまう。
ネットで流行りの冷笑とは違う、極めて純粋な驚きが。
入っていた紙は、二枚。
一枚には、今日の放課後に二回の空き教室へとお越しくださいと。
そしてもう一枚には──。
『好き。大好きです。愛してる。愛しています。思う度、心が燃えています。浮かべる度、世界に生きる意味が増えてしまう。あなたが応えなくても構わない。ああ、愛しています──』
なんと、愛の告白がびっしりと。
左上から右端まで。
こんなにも無駄なく紙を使い切れる人はそういないだろうなと。拍手したくらいには、それはもう。
ただのお遊びであれば、こんな手間はまずかけない。
ただの罰ゲームであれば、こんな地雷はまず設けない。
だって、そうだ。
こんなおもしろ……怪しさ全開の一枚を同封したら、まず怖がって誘いに乗ってもらえない。
罰ゲームならば、指定場所に来てもらってからが本番。これじゃ、本末転倒だとも。
「……いいじゃん」
けれど、だからこそ。
そんな地雷全開だからこそ、思わず心の底の本音が、口からついて出てしまう。
口元に触れずとも分かる。
きっと、今の自分はにやけている。それはもう、みっともなくニヨニヨしてしまっている。
だって、知りたいのだ。
このラブレターの送り主が、どんな意図を以て、こんな熱烈な恋文を同封するに至ったのか。
もしかしたら、悪ふざけかもしれない。
もしかしたら、間違いかもしれない。
もしかしたら、ああ、抑えきれなかっただけかもしれない。
いずれにしても、とてもそそられる。
だって、だって。
だってこんなにも、面白そうなラブレターを貰えたんだから、ドキドキしないわけにはいかないでしょ?
──ああ、どうにも心臓が高鳴って仕方ない。
今まで感じたことのない、この痛烈なドキドキ感。
こんなにも強い感情を向けるなんて。……ああ、もしかしたらこれが、恋ってやつかもね。
大切に大切に。
名も知らぬ誰かの、僕への熱の証を丁寧に便箋へと戻し、鞄へとしまいながら。
下駄箱を閉じ、ルンルンと。
ついついスキップしてしまいながら、手紙の送り主に指定された場所──空き教室へ。
どの部活も使っていない、人気のない学びの部屋。
偶然告白のブッキングでもなければ、誰がいるはずもないそんな場所に。
──彼女は、いた。
まるで誰かを待っているかのように、綺麗な黒髪の美人さんが、黒板前に立っていた。




