痴話話より大事なもの
突発的大ハプニング。
朝の朗らかさを一蹴してしまう、鬼ごっこデスマッチをどうにか乗り越え、見事ゴールイン。
あの手この手で連中を撒き、ようやく学校に着いたのは遅刻三分前。
朝の余裕なんざ欠片もなく。
そして教室へと駆け込めたのは、出席取り始めて三秒後。呆れられたが、温情でどうにかセーフにしてもらえたぜ。ラッキー。
「し、死ぬかと思った……」
「おお鈴木ぃ、凡キャラのくせして見事に死にかけてんじゃん。おもしろっ」
汗ダクダクと。
早速とばかりにブレザーを脱ぎ捨て、中学校の頃から愛用している下敷きでパタパタしながら。
硬い椅子に背を預け、己が火照りを冷ましていたとき、ケラケラと声を掛けられる。
柏木。
趣味占い。その的中率、なんと三割のとんでも茶髪ギャル。
他に友達がいないわけではなく、ましてやオタクというわけでもない僕に何故か絡んでくる物好き。
数少ない友達だと、こっちが一方的に思っちゃってるクラスメイトだ。
「んー、随分汗びっしょりだね。すんすん……うへー、くっさ」
「何故嗅いだ?」
「さあ? ほれ制汗剤。この柏木様とおそろな匂いだぞ、精々健やかに感謝しろよー」
わざわざ首筋のそばまで顔を近づけ、すぐさま離れて制汗剤を投げてくれる。
くるくる回りながら、放物線を描いたボトルは、見事机へと着地。
見事なコントロールだと、お礼を言ってから借りてシュッシュすれば、良い感じの匂いが吹き抜けてくれた。
フレッシュな柑橘系。
実に良き匂い。これなら今の僕の、顔をしかめられるほどの汗臭さもスッキリだ。
「ありがとっ。……お揃いだね♡」
「うわキモっ」
「ひどい」
「ひどくなーい。……ま、そんな朝からくさくさな鈴木の世迷い言はさておいて。今日も柏木ちゃんの朝の占いコーナーしてあげる。ほら、付き合ってみんしゃいな」
ドサリと。
いじめられていたわけでもないけど、不登校になってしまった前の席の古図ちゃん。
もしかしたら、GWで五月病に取り憑かれちゃったのかもしれない。
そんな彼の席へ腰掛けた柏木は、どこからともなく水晶玉を取り出し、「むむむ」と占いを開始する。
朝の占いコーナー。
気まぐれだが、中々の頻度でやってくれる。朝からユーモア豊富で面白いよ。
「むむむ……出ました! 今日の朝、一番に話した女性こそあなたの運命の相手になるでしょう!」
「うん、母さんかな?」
「家族以外で!」
「ふうん。じゃあ、近所で飼われてるラブラドールの──」
「最初に話した人間の女性こそ! あなたの運命の相手でしょう! はいっ!」
敢えての冗談にもかかわらず、わざわざ訂正してくれる柏木。朝からノリいいね。
しかし、そうね。
振り返ってみれば、朝一番に話した人間の女性というと……おお、なんということでしょう。
「ま、まあ? 鈴木には登校で一緒になるような女性なんていないだろうし、もしかしたら私になっちゃうかも──」
「……じゃあ、あの娘かな?」
「は?」
「おお顔怖っ。いきなりどしたの?」
グイッと。
僕が思い当たりを口にしかけたその瞬間、柏木は顔を乗り出し、喰い気味に覗き込んでくる。
「誰? 何? もしかして、曲がり角でぶつかりでもした?」
「残念、チャリンコ貸しただけ。……うん、まあでも中々刺激的な朝だったぜ?」
「何それ。意味分かんないんだけど。キモっ」
ひどい。
まあ、僕もさっぱりだ。
どうしてあんなハードな朝になっちまったのか。我ながら、難儀な運命背負ってらぁ。
見合うこと、数秒。
綺麗な琥珀の瞳が、僕を射貫いてしばらく、先に折れたのは柏木の方。
「……まあ、占いは所詮占いだかんね。鈴木に恋だの運命だのなんざ百年早いし、気にしたら負けじゃん?」
「それ、当人が言ったら駄目じゃない?」
「駄目じゃない。占い師にルールは無用なの。さーて、授業の用意してこよっと」
間近にあった顔を離し。
やれやれと、これ見よがしに両手を上げ。
呆れ混じりを露骨にしながら席を立った柏木は、ズカズカと、水晶玉片手に自分の席へと帰っていってしまう。
何だったんだと。
相変わらず、嵐のような彼女へ首を傾げてしまいつつ。
「……運命の相手、ね。いいじゃん」
それが事実だったのなら、少しは面白いなと。
他人事と、呟き零した直後。
ちょっぴり体も落ち着いてくれたせいか、今度は尿意がこちらを侵し始めてきてしま──。
「おーい佐藤。お客さんだぜ。あの愛咲さんが、お前に!」
教室に響く、クラスメイトの誰かの声。
次の瞬間、僕を含めた教室の注目が佐藤くんの一点へと集まる。
あまりに急すぎたで思わずびくってなっちゃったけど。
多分というか、まず間違いなく僕のせいじゃないよね。うん。
……それにしても、あの愛咲さんか。
確か一組の黒髪美人で、バレー部所属。
文武両道。品行方正。
百八十センチを超える長身からなる男子顔負けな圧倒的身体能力は、まさしくつよつよだとか。
誰が呼んだか。
一年生で噂になってた四大美少女、その四天王の一角にしてフィジカル担当だったっけ?
……ああごめん、その辺あんまり詳しくない。興味なかったからさ。
ま、でも仕方ないよね。
一年は一〜四組が一階に対し、余りであるこの五組は二階と別階層。
階層が違えば、噂なんざ入ってこないもの。
人付き合いがほとんどなく、知らない高嶺の花の話題なんてそこまで面白くもないんだから、如何に話題の美少女とはいえね?
……しかし、そっか。
佐藤くんと愛咲さん。サッカー部期待の星と、学年有数の屈強美少女と来たか。
なんともまあ、ありがちな組み合わせだね。普通過ぎる。
いきなり新しい女が出てきて、修羅場が始まるわけでもなし。
正直言って、ありがちすぎる。手垢の付きすぎて古典と化したコミックかなってくらいだ。
しかし、なるほど。
どうやら今朝の占いは僕ではなく、彼らの方だったみたいだね。
当たったら外れたり。流石は柏木の占いだ。
興味よりも尿意優先と。
顛末はどうせ帰ってきたときに、誰かがコソコソ漏らすこと間違いなしな小話で知れば十分だろうと。
クラスの誰もがそちらに目を向ける中、僕はさっさと立ち上がり、空気を読まずに教室を後にする。
「トイレ、トイレ、おっトイレー♪」
走ると怒られるけど、急いでトイレに駆け込みたい。
そんな妥協のスキップを刻みながら、鼻歌混じりに。




